ゲーム「3日間だけ生き延びろ!」の世界。~兄上お願いだからそんなに簡単に死なないで!~

野々宮なつの

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9.1日目の再び

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 ゆらゆらと水の奥から意識が浮上していくようだった。
 段々と意識がはっきりしてくる。そうして見えてきた景色に、ルーサーは胸の奥がグッと苦しくなった。
 
 「では行ってくる」

 石造りの廊下、高い天井。毛足の長い赤い絨毯。
 大きな窓から差し込む光。

 ――戻ってこれたんだ!!

 何度も見て飽き飽きしていたはずの景色に、鼻の奥がツンとして嬉しさで目頭が熱くなっていく。
 いつもの景色がこんなにも嬉しいだなんて。
 
「兄うえぇ……」
 
 零れた声はいつもよりずっと甘えた泣きそうな声だった。
 湧き上がった感情のまま、走り出す。
 
 走って駆け寄って来る弟にぎょっとしたような顔をするアルバートだったが、両手を広げて抱き留めてくれた。

「ど、どうしたんだ? 誰かに泣かされたのか?」
「あ、あにうぇ……。ぐすっ」

 しがみ付き、顔を兄の胸に擦り付ける。
 とまどいつつも、優しく頭を撫でてくれる温度が心地良い。
 何度もループしている。だから絶対会えるって思っていた。でも、自分が死ぬパターンは初めてだったから、この目でアルバートの無事を確認するまでどうなるのか不安だった。
 
 やがて気持ちが落ち着いてくると、ゆっくりと身体を離したルーサーが目じりをぬぐいながらアルバートを見上げた。
 
「あの、兄上良ければ僕もご一緒させてもらえませんか?」
「遠乗りに行くのです。ルーサー様は馬に乗れないでしょう」

 すかさずニールがいつものセリフを挟んでくる。
 彼のいつもの態度で戻って来たなって実感するなんておかしなものだ。

「いえ、乗ったことあります! 二人乗りですけど。だから心配ありません!」
 
 乗ったのは前回の生だけれど、そんなの関係ない。乗ったものは乗ったのだ。

「そうなのか。いつの間に練習してたんだ? 知らなかったぞ」

 アルバートが嬉しそうに顔をほころばせる。
 知らないうちに馬に乗る練習をしていたと思ったようだった。

「ならば一緒に行こうか。馬は俺の馬に乗せるから大丈夫だろう」

 そうニールに話しかけると、ニールはルーサーを睨みつけながらも渋々頷いてくれた。
 
 花瓶の落ちるスポットを避けて、花壇の側を通る。
 太い茨に立派な薔薇の花が並ぶ花壇の中、一際その美しさで目を引く薔薇があった。
 ルーサーが目を奪われているのに気が付いたのか、アルバートが立ち止まった。

「あの花が気になるか?」
「あ、いえ。綺麗な薔薇たちの中でも特に美しいな、と思いまして」

 アルバートが近づき、花に手を添える。
 あっ、と思ったが触っているのは花びらの部分だけだったようだ。
 ホッと胸をなでおろすルーサー。
 
「そう言ってもらえると嬉しいな。母の花だ」

 驚きに肩を揺らすルーサー。
 そういえば、現王妃である母の薔薇は正面のよく目立つ場所にたくさん植えられていたが、アルバートの母の為に薔薇が作られていたという話は知らなかった。
 多分、現王妃が輿入れすることになり庭も随分変更させられたのだろう。
 そして、花壇のたくさん咲いている花達の中に押し込められてしまった。
 申し訳ないという気持ちが湧き上がり、いたたまれなくなっているルーサーには気が付かず話を続けるアルバート。
 
「彼女が嫁いでくることが決まってから品種改良を始めたそうだ。この花は可憐で愛らしくありながらも病気にも強く、摘み取った後も日持ちするんだ。美しく儚い見た目なのにな」
「そうなのですね。僕は薔薇に詳しくなくてよく知りませんでした。ソフトピンクの色合いと、カップのような形が可愛らしいですね」
「ありがとう。俺の母は俺が小さい頃に亡くなってしまったからな。想い出がほとんどないんだ。この花を見ると、母はどのような人であったかを考えてしまう。この花のように可憐であっても強い人だったのだろうかと」

 現王妃の薔薇はルビーのように真っ赤で大ぶりの華やかな見た目の花だった。
 可憐や愛らしいとは無縁のような花で、本人もそんな薔薇に劣らず華やかな印象の人だった。

 アルバートは母との想い出がないと言っていたが、ルーサーも似たようなものだと思う。
 子育ては乳母の仕事だし、関わるのは公式行事に出席した時ぐらいだった。
 デーヴィッドも恐らく似たようなものだと思う。デーヴィッドはルーサーとは違い母に愛されているが、それは出来の良い次期国王候補としてだった。大学生だった悠がイメージするような母子のふれあいとは違うものだろう。
 
 母親を思い出していると、鈴のような美しい声が割り込んできた。

「あら、お兄様方ではありませんの」
「リリーか。久方ぶりだな。そなたも花を見に来たのか」

 リリーはルーサーとは5歳差の、13歳の妹姫だ。
 ルーサーと同じ金の髪の毛を持ち、父王と同じ青い瞳を持つ。豪奢なドレスに身を包み、金の髪をなびかせ堂々と歩く姿は幼いながらも自信に溢れている。
 リリーはアルバートの言葉に器用に片方の眉をあげた。
 ゆったりと見せつけるように扇を開き、口元を隠すと首を傾げた。

「わたくし虫を愛でる趣味はなくてよ」

 目を細めた後、顔をツンと背け鼻を鳴らした。その態度にルーサーの表情がこわばる。
 これは「庭園に来てるんだから花を見てるに気まってるでしょ」というリリーの嫌味だ。
 次期王である兄に対して、褒められた態度ではない。ルーサーが口を開いて注意をしようとした時、隣から豪快な笑い声が聞こえてきた。

「あははっ、そうかリリーは淑女であったな。つい自分の幼い頃と同じ気持ちでいたよ。俺は花壇に虫ばかり見に来ていたからな」

 リリーがぽかんと呆気にとられた顔をしている。
 嫌味を笑い飛ばされると思っていなかったのだ。

「そういえば庭師が小川の近くで大層美しい青い鳥を見たそうだ。きっとリリーも気に入るだろう。時間があるなら見に行ってみてはどうかな?」
「……わたくし暇じゃありませんの」

 さらりと嫌味をかわしたアルバートを苛立ち紛れに睨みつけていたが、やがてふいっと視線を逸らすと侍女達を引きつれて城の方向へ歩いて行った。
 リリーの侍女達は皆高位貴族の娘達だが、リリーの態度に影響されているのか誰もアルバート達へ挨拶もせずに行ってしまった。

 傲慢な妹にルーサーの方が恥ずかしくなってしまう。
 
 デーヴィッドは出来損ないだったルーサーの後に健康に産まれた男子ということで、次期国王にふさわしくあるよう教育をされていた。だから性格は酷く曲がってしまったけれど、一応まともだ。
 
 だがリリーは違う。
 国王も男子が3人もいるし、王女はいずれ他国へ嫁がせる予定だったからだろう。王妃の手元で育てることに異議は唱えなかったらしい。
 まともに教育をしてくれればよかったのだが、王妃も立派な後継ぎを作ったという使命感の解放からか、リリーを自由すぎるほど自由に育ててしまったようだった。
 勉強が嫌いで楽しい事が大好き。綺麗なモノだけ見て好きな事だけをしていたい。
 そんな性格になってしまい、リリーは嫁ぎ先予定の国の言葉もまだろくに話せないらしい。
 
 おまけに、母やデーヴィッドの態度に影響されたのか真似てなのか、ルーサーのみならずアルバートにも見下した態度を取るのだ。順当にいけばいずれ国の王になる人に。まだ少女だからといってそれは問題行動だろうに、誰も注意をしないのだろうか。

 ――リリーの教育は手遅れか……。僕じゃ無視しかされないし、もう嫁ぎ先の夫に任せるしかないな。相手の王子が真っ当だといいけど。でもそれだとリリーとの相性は良くないかもしれないな。だからと言って、逆に気が合い過ぎてうちの国との関係が悪くなっても困るけれど。

 友好関係を深めるために嫁ぐのに、敵対するような態度を取られても困る。

 ――僕が作ったゲームのはずなのに、複雑な問題がありすぎるっ!
 
 なんだか将来的にも問題が山積みになりそうで、ルーサーはこっそりとため息を吐いたのだった。
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