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8.1日目の夕食
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王宮へ戻って来たルーサーはコリンに言われて入浴することにした。
女の子じゃないんだけど。という不満を顔に出したまま呟く。
「外出したから入浴なんて、リリーじゃないんだから……。それにそんなに汚れてないけれど」
「もうすぐ晩餐のお時間です。アルバート様と一緒に召し上がるんですよね?」
「えへへっ」
帰りに馬上で晩餐を一緒にと約束したのだ。
しまりのない顔で笑うルーサーに仕方ないなぁという顔で微笑むコリン。
「晩餐をご一緒になんて初めてですね。ルーサー様が嬉しそうで僕も嬉しいです。だからこそ! 失礼な格好は出来ませんよ。ふさわしい装いをいたしませんと」
「兄弟だよ?」
拳を握りしめてやる気に満ちた表情だ。
あまり仲が良くないからか、それとも王族はそれが当たり前なのか、全員そろって食堂で食事をする機会はほとんどない。
各自の部屋で食べるのが普通だった。
だから兄王子と一緒に食事をする機会を大切にしたいと思ったのか、コリンは燃えているようだった。
「それでもです。あちらが正装なさっているのに、ルーサー様が狩りから帰られた時と同じなんて許されません。不敬です」
「さすがに僕も狩猟から帰ったままの恰好はどうかと思うけど……。お風呂まで必要?」
「はい」
首を傾げるルーサーに、コリンは顔を寄せて小声で言った。
「どこでどんな人が見ているかわからないのです。兄上様をお支えになるとお決めになったのでしたら、足元をすくわれるような隙を作るのはよろしくありません」
「なるほど」
「それから、こう言ってはなんですがやっぱりちょっと臭います」
「あぁ……」
そう言われてようやく、ルーサーは前向きにお風呂へ入る気持ちになったのだった。
コリンの用意した衣装を身にまとい、仕上げに片側だけ髪の毛を編み込まれる。
左右の耳にはサファイアのピアスをつけてもらう。
「ちょっと可愛すぎない?」
「そうですか?」
ちょっと引っ張ったり、毛先をつまんだりと髪をいじりながら文句を言うルーサーに笑うコリン。
「良く似合ってますけど」
姿見を確認して頬を膨らませる。
そんな少し不貞腐れたような仕草さえ可愛い美少年が鏡の中にいる。
――知ってる。似合ってはいるけど、そういうことじゃないんだよなぁ……。
ルーサーの憧れはアルバートだ。
凛々しくて男らしい姿になりたいとずっと思っていた。
鏡の中で顰め面をしている青年は、どちらかといえば美しいという言葉が似合う。
「まぁまぁ。そうしておけば、アルバート様とのお食事でスープに髪が入り込むこともありませんよ」
「そうかもしれないけど」
編み込みされた髪の毛を引っ張りながら、ぶうぶうと文句を言ったけれど直してくれる気はないようだった。
「僕だってたまには主人を飾り立てて見せびらかしたいって思っているんですよ。ルーサー様は公式の場にお出になる回数も少ないですから」
「……」
「たまには僕らにも腕を振るう機会を与えてくださいよ」
そう言うと、「ねぇ?」と言って後ろにいる使用人達を振り返った。
微笑みながら頷く彼らを見ていると、なんだかたまには主人として使用人孝行してあげるべきなのかも。と思ってしまって、気が付いたら頷いていた。
「わかったよ」
* * *
晩餐は和やかな空気だった。
皿に乗っているのはスモークしたサーモンとサバのパイ包み。
銀のナイフで切り込みを入れると香る魚の香りにルーサーは喉を鳴らす。
「兄上も狩りはお上手なのでしょう? 今度その様子も見てみたいです」
目をキラキラと輝かせてテーブルの反対側に座っている兄へ話しかけるルーサー。
アルバートはルーサーに合わせて薄めたワインの入ったグラスを持ち上げ、ゆらゆらと揺れるワイン越しにルーサーへ微笑む。
「思い出すなぁ」
「何です?」
「俺が狩った獲物を見てひっくり返っただろう。鹿なんて捕まえたらまた倒れてしまうんじゃないか?」
その光景を想像したのかアルバートが笑いをかみ殺す。
「あれは昔のことでしょう! 今は大丈夫ですよ。大丈夫なはずです……」
「そうか」
「……予め教えておいてくだされば」
心積もりさせてもらえるならばそんな醜態をさらすこともないはずだ。
多分。
せっかく狩りへ行く気になった弟の、やる気を兄としてそれ以上削ぐのもどうかと思ったのか、アルバートはただ微笑んだだけだった。
「なら次は一緒に狩りへ行こう」
「はい。楽しみにしています」
皿の上のサーモンを片づけたルーサーへ、今度はマッシュルームのリゾットが運ばれてくる。
給仕が運んできた大皿には冷えて固くなったリゾットがある。調理場で作られてからここに運ばれる間に冷えてしまったのだろう。
ルーサーが断るとあっさりとそれは下げられる。
食事は大皿から食べる分をよそってもらうのだ。
ルーサーはメインが来る前にお腹がいっぱいになるのを避けるために断ったが、アルバートはもりもり食べているようだった。
――兄上たくさん召し上がっている。やっぱり僕とは食べる量が違うんだな。
ルーサーと比べて体の大きなアルバートだ。
食べる量が違うのは自然のことなのだろう。
兄の健啖っぷりを眺めながら薄めたワインで口を湿らせていると、給仕が新しいワインを持ちながら兄へ近づいて来た。
その気配を察して、アルバートはサッと手を振って断ってしまう。
「今日はルーサーに合わせる」
「あ、兄上僕のことはお気になさらず。美味しいワインなんでしょう?」
給仕にそう言うと、彼はラベルをアルバートへ見せながら説明を始めた。
「次の肉料理にこちらのワインはいかがでしょう。本日は西部風牛肉の炭火焼ステーキですが、料理と同じ地方で作っている赤ワインです」
本当ならルーサーもワインを飲みたいところなのだが、以前ワインを飲んで倒れたことがありそれからまともに飲んでいなかった。
急に強いワインを飲んでびっくりしたのだと思う。
だからいつも飲んでいるのは子どもの時と同じように薄めたワイン。
少し悩んでいたようだったが、説明を聞いて結局アルバートはワインを注いでもらったようだった。
礼をして下がっていく給仕。
ルーサーは飲まないと知られているようで、声はかけられなかった。
磨き上げられたグラスの中。赤みの肉を引き立てるような真っ赤なワイン。
それをぼんやりと見つめていたのだが、急に嫌な考えが脳裏をよぎった。
――そういえば暗殺といえば毒殺が定番だよね……。
食事は基本的に大皿から取り分けて食べるスタイルだ。
残った料理は使用人達の食事に回される。だから食事に毒が入ることはほぼないだろうと安心していたのだけれど。
それに仮に食事に混ぜてルーサーとアルバートの両方が死んでしまったら、何も知らない貴族や市民はどう思う?
疑惑の目は王位継承権から最も遠い、第三王子のデーヴィッドへ向けられるだろう。
王妃としてもそれは一番避けたいはずだ。
――でもアルバートだけ殺せるなら? 僕は死なずに兄上だけ死んでしまったら、きっと碌な取り調べもされずに僕が犯人にされてしまうだろう。
白いテーブルクロスの上でルビーよりも暗く輝くワイン。
嫌な予感しかしない。
――僕はワインは飲まない。でも兄上は飲む。それなら絶対、僕ならワインに薬を仕込む……!
「あのっ!」
突然声を上げた弟に、パンを掴んでいた手を離すアルバート。
「どうした?」
「あ、えっと……」
――思わず声をかけけたけど、どう言えば良い? ワイン飲まないでなんて言えないし、そんな事言ったらどうしてって聞かれるよね。毒が入ってるかもって言って何も入ってなかったら笑い話だけど、もし本当に入っていたらどうして毒入りだって知ってるんだってことにならない? なるよね……。なんでさっき断る流れだったのに「僕のことは気にしないで」って言っちゃったんだろう!
兄の後ろ、壁際にはニールが澄ました顔で立っている。
朝は睨みつけられていたのに、今はルーサーへ警戒なんてしていないように見える。
これもきっと今日一日一緒に過ごしたから。
人となりを知ってくれて、ほんの少しでもニールの信頼を得たからなのだろう。
「えっと」
視界の端に肉料理が入った皿が運ばれて来るのが見えた。
――どうする? どういえば良いの? 時間、ない。
視線をぎょろぎょろと動かしたルーサーは手をぎゅっと握りしめて言った。
「あ、あ、あ、あのっ! 僕もワイン飲んでみたいなって思いまして」
「構わないが体調は大丈夫なのか?」
「ええ! 大丈夫です」
「ならば弟にも同じものを」
給仕に指示をする様子を見てルーサーがまた声を上げた。
「あのっ、僕たくさんは飲まないので兄上のを飲ませてもらえませんか?」
「それでもいいが……」
さっきワインを準備していた給仕係が新しいグラスを持って来るのが見える。
その様子は落ち着いていて、薬が入っているかもしれないなんてルーサーの妄想なんじゃないかと思うくらいだ。
でも犯人は給仕とは限らないわけで。
知らないうちにワインに混ぜられているかもしれないのだ。
それに毒を仕込むのはワインだけとは限らないはずだ。例えばグラスの中にとか。
音を立てて椅子から立ち上がるルーサーに何事かと驚く顔をするアルバート。
ルーサーは、身を乗り出してテーブルの上にあった兄の為に用意されたワイングラスを持ち上げる。
「ありがたくいただきます!」
そう言うと、ルーサーは一気にワインを飲み干した。
味を堪能する暇もなく胃へ流し込む様子を見て、驚きで目を丸くするアルバート。
「おい、そんなに一気に飲むものじゃないぞ」
「そ、そうですね……」
馴染の薄い口に広がる渋みに顔を顰めていたら、急に胃の中から何かがせりあがってくるような感覚があった。
アルバートが立ち上がり、ルーサーの元へ近寄る。
不快感に胸の辺りを押さえると、一気にワインを飲んで気持ち悪くなったと思ったアルバートが笑いながら背中を撫でてくれる。
「だから言っただろうに。誰か、水を」
「ありが……っ!」
安心させたくて微笑みたかったのに、ルーサーの視線がまるで酔ったように定まらずグラグラと揺れて。
気が付いたら床に倒れていた。
「ゴフッ、ゴ、グッ……」
「ルーサー!! 医師を早く! 急げ!」
せりあがって来るものを吐き出したくて何度も咳を繰り返す。
その度に赤く染まっていく絨毯。
――あ、これってまさか。本当に毒入りだったってこと……? 僕が死んだらどうなるんだろう。ワンチャン戻れたり……?
目がかすみ、薄れゆく意識の中必死に自分を呼ぶ兄の声だけが最後まで聞こえていた。
「あ……ぶじ……。グッ……」
「ルーサー! ルーサー! 目を閉じるな!」
泣き叫ぶような悲痛な声だった。
――戻る? 駄目、兄上を助けなきゃ。僕は大丈夫です。きっとまた会えます……。言いたいのに声が……、会えるよね? でもどこからだろ。ああ、セーブ……。セーブ欲しい……。
「ルーサー! ルーサー! ああ、神よ……」
ルーサーは兄に抱き込まれ、力強く抱きしめられながらルーサーは静かに意識を落としていったのだった。
女の子じゃないんだけど。という不満を顔に出したまま呟く。
「外出したから入浴なんて、リリーじゃないんだから……。それにそんなに汚れてないけれど」
「もうすぐ晩餐のお時間です。アルバート様と一緒に召し上がるんですよね?」
「えへへっ」
帰りに馬上で晩餐を一緒にと約束したのだ。
しまりのない顔で笑うルーサーに仕方ないなぁという顔で微笑むコリン。
「晩餐をご一緒になんて初めてですね。ルーサー様が嬉しそうで僕も嬉しいです。だからこそ! 失礼な格好は出来ませんよ。ふさわしい装いをいたしませんと」
「兄弟だよ?」
拳を握りしめてやる気に満ちた表情だ。
あまり仲が良くないからか、それとも王族はそれが当たり前なのか、全員そろって食堂で食事をする機会はほとんどない。
各自の部屋で食べるのが普通だった。
だから兄王子と一緒に食事をする機会を大切にしたいと思ったのか、コリンは燃えているようだった。
「それでもです。あちらが正装なさっているのに、ルーサー様が狩りから帰られた時と同じなんて許されません。不敬です」
「さすがに僕も狩猟から帰ったままの恰好はどうかと思うけど……。お風呂まで必要?」
「はい」
首を傾げるルーサーに、コリンは顔を寄せて小声で言った。
「どこでどんな人が見ているかわからないのです。兄上様をお支えになるとお決めになったのでしたら、足元をすくわれるような隙を作るのはよろしくありません」
「なるほど」
「それから、こう言ってはなんですがやっぱりちょっと臭います」
「あぁ……」
そう言われてようやく、ルーサーは前向きにお風呂へ入る気持ちになったのだった。
コリンの用意した衣装を身にまとい、仕上げに片側だけ髪の毛を編み込まれる。
左右の耳にはサファイアのピアスをつけてもらう。
「ちょっと可愛すぎない?」
「そうですか?」
ちょっと引っ張ったり、毛先をつまんだりと髪をいじりながら文句を言うルーサーに笑うコリン。
「良く似合ってますけど」
姿見を確認して頬を膨らませる。
そんな少し不貞腐れたような仕草さえ可愛い美少年が鏡の中にいる。
――知ってる。似合ってはいるけど、そういうことじゃないんだよなぁ……。
ルーサーの憧れはアルバートだ。
凛々しくて男らしい姿になりたいとずっと思っていた。
鏡の中で顰め面をしている青年は、どちらかといえば美しいという言葉が似合う。
「まぁまぁ。そうしておけば、アルバート様とのお食事でスープに髪が入り込むこともありませんよ」
「そうかもしれないけど」
編み込みされた髪の毛を引っ張りながら、ぶうぶうと文句を言ったけれど直してくれる気はないようだった。
「僕だってたまには主人を飾り立てて見せびらかしたいって思っているんですよ。ルーサー様は公式の場にお出になる回数も少ないですから」
「……」
「たまには僕らにも腕を振るう機会を与えてくださいよ」
そう言うと、「ねぇ?」と言って後ろにいる使用人達を振り返った。
微笑みながら頷く彼らを見ていると、なんだかたまには主人として使用人孝行してあげるべきなのかも。と思ってしまって、気が付いたら頷いていた。
「わかったよ」
* * *
晩餐は和やかな空気だった。
皿に乗っているのはスモークしたサーモンとサバのパイ包み。
銀のナイフで切り込みを入れると香る魚の香りにルーサーは喉を鳴らす。
「兄上も狩りはお上手なのでしょう? 今度その様子も見てみたいです」
目をキラキラと輝かせてテーブルの反対側に座っている兄へ話しかけるルーサー。
アルバートはルーサーに合わせて薄めたワインの入ったグラスを持ち上げ、ゆらゆらと揺れるワイン越しにルーサーへ微笑む。
「思い出すなぁ」
「何です?」
「俺が狩った獲物を見てひっくり返っただろう。鹿なんて捕まえたらまた倒れてしまうんじゃないか?」
その光景を想像したのかアルバートが笑いをかみ殺す。
「あれは昔のことでしょう! 今は大丈夫ですよ。大丈夫なはずです……」
「そうか」
「……予め教えておいてくだされば」
心積もりさせてもらえるならばそんな醜態をさらすこともないはずだ。
多分。
せっかく狩りへ行く気になった弟の、やる気を兄としてそれ以上削ぐのもどうかと思ったのか、アルバートはただ微笑んだだけだった。
「なら次は一緒に狩りへ行こう」
「はい。楽しみにしています」
皿の上のサーモンを片づけたルーサーへ、今度はマッシュルームのリゾットが運ばれてくる。
給仕が運んできた大皿には冷えて固くなったリゾットがある。調理場で作られてからここに運ばれる間に冷えてしまったのだろう。
ルーサーが断るとあっさりとそれは下げられる。
食事は大皿から食べる分をよそってもらうのだ。
ルーサーはメインが来る前にお腹がいっぱいになるのを避けるために断ったが、アルバートはもりもり食べているようだった。
――兄上たくさん召し上がっている。やっぱり僕とは食べる量が違うんだな。
ルーサーと比べて体の大きなアルバートだ。
食べる量が違うのは自然のことなのだろう。
兄の健啖っぷりを眺めながら薄めたワインで口を湿らせていると、給仕が新しいワインを持ちながら兄へ近づいて来た。
その気配を察して、アルバートはサッと手を振って断ってしまう。
「今日はルーサーに合わせる」
「あ、兄上僕のことはお気になさらず。美味しいワインなんでしょう?」
給仕にそう言うと、彼はラベルをアルバートへ見せながら説明を始めた。
「次の肉料理にこちらのワインはいかがでしょう。本日は西部風牛肉の炭火焼ステーキですが、料理と同じ地方で作っている赤ワインです」
本当ならルーサーもワインを飲みたいところなのだが、以前ワインを飲んで倒れたことがありそれからまともに飲んでいなかった。
急に強いワインを飲んでびっくりしたのだと思う。
だからいつも飲んでいるのは子どもの時と同じように薄めたワイン。
少し悩んでいたようだったが、説明を聞いて結局アルバートはワインを注いでもらったようだった。
礼をして下がっていく給仕。
ルーサーは飲まないと知られているようで、声はかけられなかった。
磨き上げられたグラスの中。赤みの肉を引き立てるような真っ赤なワイン。
それをぼんやりと見つめていたのだが、急に嫌な考えが脳裏をよぎった。
――そういえば暗殺といえば毒殺が定番だよね……。
食事は基本的に大皿から取り分けて食べるスタイルだ。
残った料理は使用人達の食事に回される。だから食事に毒が入ることはほぼないだろうと安心していたのだけれど。
それに仮に食事に混ぜてルーサーとアルバートの両方が死んでしまったら、何も知らない貴族や市民はどう思う?
疑惑の目は王位継承権から最も遠い、第三王子のデーヴィッドへ向けられるだろう。
王妃としてもそれは一番避けたいはずだ。
――でもアルバートだけ殺せるなら? 僕は死なずに兄上だけ死んでしまったら、きっと碌な取り調べもされずに僕が犯人にされてしまうだろう。
白いテーブルクロスの上でルビーよりも暗く輝くワイン。
嫌な予感しかしない。
――僕はワインは飲まない。でも兄上は飲む。それなら絶対、僕ならワインに薬を仕込む……!
「あのっ!」
突然声を上げた弟に、パンを掴んでいた手を離すアルバート。
「どうした?」
「あ、えっと……」
――思わず声をかけけたけど、どう言えば良い? ワイン飲まないでなんて言えないし、そんな事言ったらどうしてって聞かれるよね。毒が入ってるかもって言って何も入ってなかったら笑い話だけど、もし本当に入っていたらどうして毒入りだって知ってるんだってことにならない? なるよね……。なんでさっき断る流れだったのに「僕のことは気にしないで」って言っちゃったんだろう!
兄の後ろ、壁際にはニールが澄ました顔で立っている。
朝は睨みつけられていたのに、今はルーサーへ警戒なんてしていないように見える。
これもきっと今日一日一緒に過ごしたから。
人となりを知ってくれて、ほんの少しでもニールの信頼を得たからなのだろう。
「えっと」
視界の端に肉料理が入った皿が運ばれて来るのが見えた。
――どうする? どういえば良いの? 時間、ない。
視線をぎょろぎょろと動かしたルーサーは手をぎゅっと握りしめて言った。
「あ、あ、あ、あのっ! 僕もワイン飲んでみたいなって思いまして」
「構わないが体調は大丈夫なのか?」
「ええ! 大丈夫です」
「ならば弟にも同じものを」
給仕に指示をする様子を見てルーサーがまた声を上げた。
「あのっ、僕たくさんは飲まないので兄上のを飲ませてもらえませんか?」
「それでもいいが……」
さっきワインを準備していた給仕係が新しいグラスを持って来るのが見える。
その様子は落ち着いていて、薬が入っているかもしれないなんてルーサーの妄想なんじゃないかと思うくらいだ。
でも犯人は給仕とは限らないわけで。
知らないうちにワインに混ぜられているかもしれないのだ。
それに毒を仕込むのはワインだけとは限らないはずだ。例えばグラスの中にとか。
音を立てて椅子から立ち上がるルーサーに何事かと驚く顔をするアルバート。
ルーサーは、身を乗り出してテーブルの上にあった兄の為に用意されたワイングラスを持ち上げる。
「ありがたくいただきます!」
そう言うと、ルーサーは一気にワインを飲み干した。
味を堪能する暇もなく胃へ流し込む様子を見て、驚きで目を丸くするアルバート。
「おい、そんなに一気に飲むものじゃないぞ」
「そ、そうですね……」
馴染の薄い口に広がる渋みに顔を顰めていたら、急に胃の中から何かがせりあがってくるような感覚があった。
アルバートが立ち上がり、ルーサーの元へ近寄る。
不快感に胸の辺りを押さえると、一気にワインを飲んで気持ち悪くなったと思ったアルバートが笑いながら背中を撫でてくれる。
「だから言っただろうに。誰か、水を」
「ありが……っ!」
安心させたくて微笑みたかったのに、ルーサーの視線がまるで酔ったように定まらずグラグラと揺れて。
気が付いたら床に倒れていた。
「ゴフッ、ゴ、グッ……」
「ルーサー!! 医師を早く! 急げ!」
せりあがって来るものを吐き出したくて何度も咳を繰り返す。
その度に赤く染まっていく絨毯。
――あ、これってまさか。本当に毒入りだったってこと……? 僕が死んだらどうなるんだろう。ワンチャン戻れたり……?
目がかすみ、薄れゆく意識の中必死に自分を呼ぶ兄の声だけが最後まで聞こえていた。
「あ……ぶじ……。グッ……」
「ルーサー! ルーサー! 目を閉じるな!」
泣き叫ぶような悲痛な声だった。
――戻る? 駄目、兄上を助けなきゃ。僕は大丈夫です。きっとまた会えます……。言いたいのに声が……、会えるよね? でもどこからだろ。ああ、セーブ……。セーブ欲しい……。
「ルーサー! ルーサー! ああ、神よ……」
ルーサーは兄に抱き込まれ、力強く抱きしめられながらルーサーは静かに意識を落としていったのだった。
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