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蛙の王子様6

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「私ね、祖国では婚約者がいたのよ。普通の男性。家格も同じ侯爵家で嫡子の方だったの。だから、条件は良かったわね。でも性格は大人しくて覇気のない男性だったわ。優しいとも言えるのだけどね」

 伏せた瞳に長いまつげが影を作る。

「いつもデートは同じ公園、同じ店。プレゼントも一度好きだと言った花をずっと持ってくるような人でね。そんな人だから当然会話も不器用で女性を楽しませるような話題なんて持っていなかったの。そんな婚約者に私は少し退屈を感じていたわ……。周りのお友達はね、婚約者が話題のオペラに連れて行ってくれたり、言わなくても流行りの素敵な物をプレゼントしてくれたり華やかで楽しそうだった。そして私はいつもその方々と自分の婚約者を比べてた……劣ってるって思ってしまったの」
 
 「愚かよね」と呟くマルグレーテ。

「そんなある日、素敵な方と出会ってしまったの。お相手のことは詳しくは言えないけれど、そこに居るだけで目が離せなくなるような、光輝くような殿方だったのよ。あ、美しさで言ったらあなたの方が美しいのだけれどね」

 ディンは目をぱちぱちとさせた。

「よく言われるよ」
「あら、まぁ」

 ふふっと笑うマルグレーテ。

「それでね、そう。愚かだった私はその方にあっという間に恋をしてしまったの。夜会では視線でいつも彼を探し、彼の話で笑い、彼からのプレゼントを身に着けた。婚約者の事なんてどうでも良くなってしまった。彼が手に入れば……。そう思ってしまったの」
「彼も同じ気持ちだったのではないの?」

 「だってプレゼントまでくれたんでしょう?」と続けるディンに、マルグレーテは唇を歪めて笑った。

「ここからはよくある話よ。つまらない、退屈な、ね。彼にとって私はたくさんいる恋人のひとりでしかなかったのよ。彼を彩る花の一輪でしかなかった。それなのに、私は気が付いていなかったの。私と彼は同じ気持ちで、将来も一緒に居られると勘違いしていた。ひとりで舞い上がってただけだった」

 マルグレーテの瞳が揺れる。
 ディンは、膝の上に置いた手をぎゅっと握った。

「ある日ね、私の秘密の恋が婚約者にバレたの。そこからはあっという間。私は婚約破棄されて、一族の恥さらしになった。オルディラフは恋に大らかな国風でね、この国の人には考えもつかないことかもしれないけれど、結婚していても恋人がいる人も多いんだから。けれど、それは既婚者だけよ。やっぱり未婚のうちは貞淑さが求められるから」

 一瞬、マルグレーテの瞳に強い光が宿ったように見えた。
 ディンが瞬きをしている間にそれは消えてしまったけれど。
 
「結婚できなかった私は、修道院に行くように言われたわ。でもその時、今の旦那様になる方が私をもらってくださることになったの。オルディラフの貴族と縁を結びたいんですって」

 微笑んでいたが、その笑顔は寂し気だった。
 ディンが言葉を探して口を閉じたり開いたりしているのを見てマルグレーテが言う。

「慰めなくていいのよ、子どもだったの。……今はね、私がまだ家の為に役立てることがあるならむしろ喜ばしいことだと思っているわ。それが、色々な人に迷惑をかけて、婚約者からの信頼を裏切った私への罰でもあるのよ。今度はきちんと役目をこなしたいわ。そのためにね、旦那様と良いご関係を築けるようにってお願いしていたの」

 マルグレーテは行き場のない気持ちを、どうにか理由を見つけて折り合いをつけようとしているように見えた。
 ディンは眉をきゅっと寄せた。
 
「旦那さんと良い関係を築けるかはマルグレーテ次第だよ。マルグレーテが、旦那さんとどうなりたいか考えて、ふたりで話し合ってゆっくり関係を作って行くことが大切なんじゃないかな?」
「……そうね、そうだわ。神様にお祈りしちゃ駄目よね、こんなこと」
「ううん、エーディンも応援しているよ。マルグレーテを」
「そうかしら?」
「もちろん。今の話もエーディンはちゃんと聞いていたと思うから」

 にっこりと微笑むディンに、恥ずかしそうな顔をするマルグレーテ。

「貞淑なエーディン様からしたら信じられないお話でしょうね」

 もじもじとして頬を赤らめたディンが尋ねる。

「エーディンの事知っているの?」
「様、よ。エーディン様。もちろん知っているわ。愛を貫き通して人間と添い遂げた方よ。私の国の神様は立派な戦神様だけれど女性関係が派手なの。少しだけエーディン様の一途さを見習っていただきたいわ」

 「神話の中のお話だけどね」と言っていたずらっぽく笑うマルグレーテ。
 柔らかい表情を作るディン。

「その戦神様も多情だけれど、誰に対しても誠実なんだよ。だから皆に愛される」
「そうなのね。……あの方もあの方なりに誠実であろうとしてくれていたのよね。私が愚かだったんだわ」

 寂しく呟くマルグレーテを見ながら、ディンは自分に置き換えて考えてみた。
 
 全く同じ状況にはならないから、似たような状況を考える。
 もしも、自分が誰かと浮気をする。自分はこっぴどく仕置きを受けるのに、同じように浮気をしたオリヴァーは咎め無しだったらどうだろう?
 とてつもなく腹が立つ。煮えくり返るほどに。
 そんな事許されて良いわけがない。
 誰が許しても、自分は絶対に許さないだろう。浮気は覚悟を持ってしてもらわねば!

「ねぇ、もしもその人にちょっとだけ罰を受けてもらうならどんな罰が良い?」
「え? そんなの望みませんわ」

 眉を下げるマルグレーテにディンがいたずらっぽく微笑む。

「ここだけの話でいいよ」

 マルグレーテが本当に何も望んでいないならディンもそれを受け入れよう。
 でも何一つ思う所がないのなら、気持ちの整理をつけるため教会へ行こうだなんて思わなかったんじゃない?
 マルグレーテは両親から失望され、婚約者にも別れを告げられて貴族社会を追い出されてひとり異国に来たのだ。恋をしたのが罪だとしたら、彼女は十分すぎるほど対価を払ったのではないか?
 それに比べて相手は何かを失ったりした?

「お相手は何か罰を受けたの?」
「まさか!」

 口元に手を当てて悲鳴のような声を上げる。

「尊い方ですもの……。でもそうですわね、でしたらここだけの話ですわよ?」
「うん」

 内緒話のように声を潜める。
 
「あの方の美しさはまるで天上の神々に愛されているようでした。ご本人もそれをわかってらして……。だから、それが使えなくなったら私のような女性も減るのではないかしら」
「ふんふん?」
「そうね、ちょっとの時間だけ蛙になるのはどうかしら」
「どうして蛙なの?」
「だって、女性は苦手ですもの、蛙」

 「女性に悲鳴をあげられて逃げられたことなんてない方ですわ」と言ってクスクス笑うマルグレーテに、ディンは満面の笑みを浮かべて言った。

「聞き届けたよ」
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