21 / 29
蛙の王子様5
しおりを挟む
熱心に祈ってる人がいるな。
ディンが最初に思ったのはそれだった。
教会内に描かれている美しいフレスコ画には目もくれず、エーディン像に向かって祈り続ける女性がひとり。
オリヴァーが用事を済ます間、ディン礼拝堂へ移動してきた。ここでもいつもの石の教会のように祭壇の上にある供え物を確認する。ここでは珍しく焼き菓子も供えられていた。
ぺろりと舌なめずりをするとちらりと女性を見つめた。
彼女がいるうちは供え物を食べるのは良くないだろう。
早く帰らないかな。
ディンの希望とは裏腹に、彼女は目を閉じたまま微動だにしなかった。
あまり遅くなると、オリヴァーが用事を終えてディンを迎えに来てしまう。
諦めるべきかな、どうしようかな。
ディンは、フレスコ画を眺める振りをしながら、女性の様子を遠くから伺った。
女性はモスリンのレースが袖や衿に縫い付けられた、薄桃色の裾の長いドレスを纏っていた。
ブルネットの巻き髪を結い、ドレスと同じ色の帽子をかぶっている。
街で見る女性達とは雰囲気から違う。18、9歳くらいの、若い貴族の女性だった。
ディンにはそんな知識がないので、彼女が貴族だとは気が付かなかったのだけれど。
一心に祈っていた彼女がエーディン像を見るために、ふと顔を上げた時、彼女のブラウンの瞳から涙がぽろりと零れたのが見えた。
「えっ! どうしたの⁉」
遠くから彼女を見ているだけのつもりだったのに、予想外の事が起きて思わず声をあげてしまった。
声をかける気なんてなかったのに。
「あ、嫌だわ……。私ったら」
彼女は頬の涙をぬぐうとディンに振り向いた。
人前で涙を流してしまった自分を恥ずかしそうに、けれどディンの顔を見た瞬間彼女の動きがぴたりととまった。
はらりと零れた涙も引っ込んでいる。
「御使い様……」
呆然と呟く女性。
そんな反応、ディンは初めて会う人からは日常茶飯だったので気にせず彼女へ近寄ると、通路をはさんで隣に腰を下ろした。
「御使いじゃなくてごめんね?」
ちょっと微笑むと、女性が頬を赤らめた。
「何かあったの?」
「あ、いえ、何もありませんわ。あなた……ええと、見習いかしら? 邪魔をしてしまってごめんなさいね」
「邪魔じゃないよ」
女性はディンの服装から、この教会に仕える見習いだと思ったようだった。
似せた作りにはなっているけれど、ディンの服装と見習いの服装は違う。それがわからない彼女は、この教会に来るのは初めてなのだろう。そしてこの街にはエーディンを祀る教会しかないので、必然的に彼女はこの街の外から来た人だとわかった。
「でもあなた、なんだかひとりになりたいみたいだから俺はもう行くね」
彼女の距離を取りたがっている雰囲気を感じ取ったディンが立ち上がる。
いろいろと疎いところがあり、人間の機微を察することをしないディンだけれど、必要ならば繊細な気遣いだってできるのだ。
「ま、待って」
ディンが立ち止まる。
彼女は逡巡すると、意を決した顔をした。
「私、誰かに聞いて欲しかったのよ。でも誰にも言えないから、神様に聞いていただきたくて来たの。もし時間があるならそのままいて欲しいの」
「俺が聞いてもいいの?」
「ええ。まるで御使い様のようなあなたに出会ったのもきっとお導きだと思うのよ」
ディンが再び座ったのを見ると、彼女がまっすぐ前を見ながら話しだした。
「私はオルディラフ国のマルグレーテ・ハーラルソン」
ディンから反応がないことに少し笑みを浮かべる彼女。
ディンは知らないことだったが、ハーラルソンは隣国オルディラフでは名門の侯爵家だった。
この見習いが自分の家の事など何も知らないと気が付いた女性は肩の力を抜いた。
「この国にはね、結婚のために来たのよ。お相手は明後日初めてお会いする予定なの。姿絵はいただいてるけどね。今は、神様に夫となる方と良い関係が築けますようにとお願いしていたところよ」
結婚するまで相手の顔を見たことがないということは、往々にしてあることだった。
「その人とのことが不安なの?」
泣くほど嫌なのか。そう思ったディンが心配そうに尋ねる。
「いいえ、違うの。その方は私をもらってくださるの。私にとっては救世主にも等しい方だわ……」
マルグレーテは手元を見ると手袋をしている手をきゅっと握りしめた。
ディンが最初に思ったのはそれだった。
教会内に描かれている美しいフレスコ画には目もくれず、エーディン像に向かって祈り続ける女性がひとり。
オリヴァーが用事を済ます間、ディン礼拝堂へ移動してきた。ここでもいつもの石の教会のように祭壇の上にある供え物を確認する。ここでは珍しく焼き菓子も供えられていた。
ぺろりと舌なめずりをするとちらりと女性を見つめた。
彼女がいるうちは供え物を食べるのは良くないだろう。
早く帰らないかな。
ディンの希望とは裏腹に、彼女は目を閉じたまま微動だにしなかった。
あまり遅くなると、オリヴァーが用事を終えてディンを迎えに来てしまう。
諦めるべきかな、どうしようかな。
ディンは、フレスコ画を眺める振りをしながら、女性の様子を遠くから伺った。
女性はモスリンのレースが袖や衿に縫い付けられた、薄桃色の裾の長いドレスを纏っていた。
ブルネットの巻き髪を結い、ドレスと同じ色の帽子をかぶっている。
街で見る女性達とは雰囲気から違う。18、9歳くらいの、若い貴族の女性だった。
ディンにはそんな知識がないので、彼女が貴族だとは気が付かなかったのだけれど。
一心に祈っていた彼女がエーディン像を見るために、ふと顔を上げた時、彼女のブラウンの瞳から涙がぽろりと零れたのが見えた。
「えっ! どうしたの⁉」
遠くから彼女を見ているだけのつもりだったのに、予想外の事が起きて思わず声をあげてしまった。
声をかける気なんてなかったのに。
「あ、嫌だわ……。私ったら」
彼女は頬の涙をぬぐうとディンに振り向いた。
人前で涙を流してしまった自分を恥ずかしそうに、けれどディンの顔を見た瞬間彼女の動きがぴたりととまった。
はらりと零れた涙も引っ込んでいる。
「御使い様……」
呆然と呟く女性。
そんな反応、ディンは初めて会う人からは日常茶飯だったので気にせず彼女へ近寄ると、通路をはさんで隣に腰を下ろした。
「御使いじゃなくてごめんね?」
ちょっと微笑むと、女性が頬を赤らめた。
「何かあったの?」
「あ、いえ、何もありませんわ。あなた……ええと、見習いかしら? 邪魔をしてしまってごめんなさいね」
「邪魔じゃないよ」
女性はディンの服装から、この教会に仕える見習いだと思ったようだった。
似せた作りにはなっているけれど、ディンの服装と見習いの服装は違う。それがわからない彼女は、この教会に来るのは初めてなのだろう。そしてこの街にはエーディンを祀る教会しかないので、必然的に彼女はこの街の外から来た人だとわかった。
「でもあなた、なんだかひとりになりたいみたいだから俺はもう行くね」
彼女の距離を取りたがっている雰囲気を感じ取ったディンが立ち上がる。
いろいろと疎いところがあり、人間の機微を察することをしないディンだけれど、必要ならば繊細な気遣いだってできるのだ。
「ま、待って」
ディンが立ち止まる。
彼女は逡巡すると、意を決した顔をした。
「私、誰かに聞いて欲しかったのよ。でも誰にも言えないから、神様に聞いていただきたくて来たの。もし時間があるならそのままいて欲しいの」
「俺が聞いてもいいの?」
「ええ。まるで御使い様のようなあなたに出会ったのもきっとお導きだと思うのよ」
ディンが再び座ったのを見ると、彼女がまっすぐ前を見ながら話しだした。
「私はオルディラフ国のマルグレーテ・ハーラルソン」
ディンから反応がないことに少し笑みを浮かべる彼女。
ディンは知らないことだったが、ハーラルソンは隣国オルディラフでは名門の侯爵家だった。
この見習いが自分の家の事など何も知らないと気が付いた女性は肩の力を抜いた。
「この国にはね、結婚のために来たのよ。お相手は明後日初めてお会いする予定なの。姿絵はいただいてるけどね。今は、神様に夫となる方と良い関係が築けますようにとお願いしていたところよ」
結婚するまで相手の顔を見たことがないということは、往々にしてあることだった。
「その人とのことが不安なの?」
泣くほど嫌なのか。そう思ったディンが心配そうに尋ねる。
「いいえ、違うの。その方は私をもらってくださるの。私にとっては救世主にも等しい方だわ……」
マルグレーテは手元を見ると手袋をしている手をきゅっと握りしめた。
44
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
【完結】雨を待つ隠れ家
エウラ
BL
VRMMO 『Free Fantasy online』通称FFOのログイン中に、異世界召喚された桜庭六花。しかし、それはその異世界では禁忌魔法で欠陥もあり、魂だけが召喚された為、見かねた異世界の神が急遽アバターをかたどった身体を創って魂を容れたが、馴染む前に召喚陣に転移してしまう。
結果、隷属の首輪で奴隷として生きることになり・・・。
主人公の待遇はかなり酷いです。(身体的にも精神的にも辛い)
後に救い出され、溺愛されてハッピーエンド予定。
設定が仕事しませんでした。全員キャラが暴走。ノリと勢いで書いてるので、それでもよかったら読んで下さい。
番外編を追加していましたが、長くなって収拾つかなくなりそうなのでこちらは完結にします。
読んでくださってありがとう御座いました。
別タイトルで番外編を書く予定です。
僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
異世界に転移したショタは森でスローライフ中
ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。
ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。
仲良しの二人のほのぼのストーリーです。
【完結】前世は魔王の妻でしたが転生したら人間の王子になったので元旦那と戦います
ほしふり
BL
ーーーーー魔王の妻、常闇の魔女リアーネは死んだ。
それから五百年の時を経てリアーネの魂は転生したものの、生まれた場所は人間の王国であり、第三王子リグレットは忌み子として恐れられていた。
王族とは思えない隠遁生活を送る中、前世の夫である魔王ベルグラに関して不穏な噂を耳にする。
いったいこの五百年の間、元夫に何があったのだろうか…?
猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…
えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。
恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる
琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。
落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。
異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。
そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる