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蛙の王子様5

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 熱心に祈ってる人がいるな。
 ディンが最初に思ったのはそれだった。
 
 教会内に描かれている美しいフレスコ画には目もくれず、エーディン像に向かって祈り続ける女性がひとり。

 オリヴァーが用事を済ます間、ディン礼拝堂へ移動してきた。ここでもいつもの石の教会のように祭壇の上にある供え物を確認する。ここでは珍しく焼き菓子も供えられていた。
 ぺろりと舌なめずりをするとちらりと女性を見つめた。
 彼女がいるうちは供え物を食べるのは良くないだろう。

 早く帰らないかな。

 ディンの希望とは裏腹に、彼女は目を閉じたまま微動だにしなかった。
 あまり遅くなると、オリヴァーが用事を終えてディンを迎えに来てしまう。
 諦めるべきかな、どうしようかな。
 ディンは、フレスコ画を眺める振りをしながら、女性の様子を遠くから伺った。
 
 女性はモスリンのレースが袖や衿に縫い付けられた、薄桃色の裾の長いドレスを纏っていた。
 ブルネットの巻き髪を結い、ドレスと同じ色の帽子をかぶっている。
 街で見る女性達とは雰囲気から違う。18、9歳くらいの、若い貴族の女性だった。
 ディンにはそんな知識がないので、彼女が貴族だとは気が付かなかったのだけれど。

 一心に祈っていた彼女がエーディン像を見るために、ふと顔を上げた時、彼女のブラウンの瞳から涙がぽろりと零れたのが見えた。

「えっ! どうしたの⁉」

 遠くから彼女を見ているだけのつもりだったのに、予想外の事が起きて思わず声をあげてしまった。
 声をかける気なんてなかったのに。

「あ、嫌だわ……。私ったら」

 彼女は頬の涙をぬぐうとディンに振り向いた。
 人前で涙を流してしまった自分を恥ずかしそうに、けれどディンの顔を見た瞬間彼女の動きがぴたりととまった。
 はらりと零れた涙も引っ込んでいる。

「御使い様……」

 呆然と呟く女性。
 そんな反応、ディンは初めて会う人からは日常茶飯だったので気にせず彼女へ近寄ると、通路をはさんで隣に腰を下ろした。

「御使いじゃなくてごめんね?」

 ちょっと微笑むと、女性が頬を赤らめた。

「何かあったの?」
「あ、いえ、何もありませんわ。あなた……ええと、見習いかしら? 邪魔をしてしまってごめんなさいね」
「邪魔じゃないよ」

 女性はディンの服装から、この教会に仕える見習いだと思ったようだった。
 似せた作りにはなっているけれど、ディンの服装と見習いの服装は違う。それがわからない彼女は、この教会に来るのは初めてなのだろう。そしてこの街にはエーディンを祀る教会しかないので、必然的に彼女はこの街の外から来た人だとわかった。

「でもあなた、なんだかひとりになりたいみたいだから俺はもう行くね」

 彼女の距離を取りたがっている雰囲気を感じ取ったディンが立ち上がる。
 いろいろと疎いところがあり、人間の機微を察することをしないディンだけれど、必要ならば繊細な気遣いだってできるのだ。

「ま、待って」

 ディンが立ち止まる。
 彼女は逡巡すると、意を決した顔をした。
 
「私、誰かに聞いて欲しかったのよ。でも誰にも言えないから、神様に聞いていただきたくて来たの。もし時間があるならそのままいて欲しいの」
「俺が聞いてもいいの?」
「ええ。まるで御使い様のようなあなたに出会ったのもきっとお導きだと思うのよ」

 ディンが再び座ったのを見ると、彼女がまっすぐ前を見ながら話しだした。

「私はオルディラフ国のマルグレーテ・ハーラルソン」

 ディンから反応がないことに少し笑みを浮かべる彼女。
 ディンは知らないことだったが、ハーラルソンは隣国オルディラフでは名門の侯爵家だった。
 この見習いが自分の家の事など何も知らないと気が付いた女性は肩の力を抜いた。

「この国にはね、結婚のために来たのよ。お相手は明後日初めてお会いする予定なの。姿絵はいただいてるけどね。今は、神様に夫となる方と良い関係が築けますようにとお願いしていたところよ」

 結婚するまで相手の顔を見たことがないということは、往々にしてあることだった。

「その人とのことが不安なの?」

 泣くほど嫌なのか。そう思ったディンが心配そうに尋ねる。

「いいえ、違うの。その方は私をもらってくださるの。私にとっては救世主にも等しい方だわ……」

 マルグレーテは手元を見ると手袋をしている手をきゅっと握りしめた。
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