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蛙の王子様4
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「ぞんざいすぎる」等と文句を言いながらも目の前に置かれたベリーを食べる王子。
短い脚で籠から這い出る。ペタペタと歩く姿は体が重そうだった。
少しダイエットした方が良いと思う。
もぐもぐと口を動かしながら王子は話し始めてくれた。
「実はな――」
おもむろに話し出した内容は、さくっとまとめるとこのようなものだった。
王子は隣国王家の5番目の子として産まれた。
光輝くような美しさとやんごとなき身分で、貴族女性どころか庶民女性達にも王子に懸想する者が後をたたなかったらしい。
恋人は両手で足りないほどいたし、一夜の遊び相手ならもっといたそう。
そんな感じで毎日過ごしていたが、ある日朝目が覚めると体が蛙になっていたそうだ。
王や妃が必死に原因を探したがわからない。両親が藁にもすがる思いで自国の神子から神へ尋ねてもらったところ、先日ようやく神託を貰えた。
その内容は「女神エーディンが知っている」というものだったらしい。
「そこで私は遠路はるばる、女神エーディン様が顕現された山へと来たのだ」
「ここなら何か手掛かりがあるかと思ってな」と続ける王子。
そう言った後、オリヴァー達三人の視線がディンに突き刺さる。
「何?」
不思議そうに小首をかしげる姿のディンは、こんな時でも美しい。
三人の様子に気が付かない王子がため息を漏らしながら続きを話す。
「供も乳兄弟と護衛のみしか連れてこられず……」
蛙になっただなんて一大事を不用意に広めないよう、供を増やせなかったそうだ。だから王子が蛙になっていることを知っているのも自国でも限られた人間だけらしい。
そこにひっかかりを覚えたオリヴァーが口を挟む。
「あの、では我が国の王は、殿下がいらしていることは……」
「むろん、知らぬ」
そうだろう、知っていたら王子がひとりで森の中にいるわけがない。
こっそりと身分を偽って入国したらしい。オリヴァーが難しい顔をして黙りこむ。
もしもこの蛙の言う事が本当で、この状態の王子に何かあった場合の問題を考えているようだ。
「供の者はどこにいらっしゃるのでしょうか? 連絡だけでもしておきたいと思うのですが」
ディランが何か考えるような顔で、真剣な様子で王子に尋ねる。
「ああ、そうだな。街の宿屋に居るはずだ。宿屋は乳兄弟の名で取っている。私が夜に外へ出るのは危険すぎるゆえ頼む」
王子が告げたのは、街一番の高級宿だった。
乳兄弟の名前を聞くと、ディランは急いで食事を掻っ込んだ。
蛙はのんびりしているけれど、本当に王子なら護衛も乳兄弟も血眼になって探しているはずだった。
ディランは信じがたい出来事だけれど、宿に行き護衛達と会えば蛙の言う事が本当かどうかわかると考えているようだった。
この教会は山の下にあるので、街からは少し離れている。ディランは「戻りは遅くなるかもしれません」と言い残して外套を着ると出て行った。
「ええっと、エーディン様が知っているとお言葉を頂いたそうですが……」
ロイが恐る恐る尋ねる。
隣国の王子と聞いて怯えているようだ。
「そうだ。どうやら私は女神エーディンに呪われたらしい」
「えぇっ⁉」
「へ?」
ロイが椅子の上で飛び上がり、ディンが目をぱちくりとさせた。
「呪い?」
会ったこともない人にそんな覚えないけれど?
「いや、呪いと言ったのは言葉の綾のようなものだ。我が国が奉る神は女神エーディンが知っているとおっしゃっただけだからな」
視線でオリヴァーとロイに問いかけられるが、覚えのないディンは首を振る。
「だから私は女神エーディンの神殿へ行きたくて森の中にいたのだ」
「あ、それで……」
ディンが頷く。
ようやく王子が森にいた理由が判明した。
「どうしてひとりで森にいたの? だってお供の人がいたんでしょ?」
「それはな、私の乳兄弟はすこしばかり頭が固くてな」
真面目ってことか?
「あやつは情報収集のために街に出ていた。その間に護衛と神殿に行こうとしていたのだが、護衛が渋ったので隙を見て出てきてやったのだ」
「どうして?」
「女神エーディンはとても美しいと聞いている。白銀の髪の毛はまるで月の光のように輝き、淡い微笑みを浮かべた瞳は蒼天の空のようだそうだ。白磁の肌はまるで雪のようで……」
ディンの背中を悪寒が駆け上がる。
妄想に浸っていた王子が、正気に戻ったようで咳払いをして続きを話す。
「恐らく私と同じくらい美しいのだろう。一度見てみたかったのだ。女神の呪いなら解くときに本人に会えるかもしれん。すぐに戻ると書置きをしてきたゆえ、護衛達は問題なかろう。自国でもよく書置きして恋人たちの元へ走ったものよ。懐かしい」
蛙なので表情が分かりにくいが、遠くを見つめて想い出に浸っているようだった。
いつもやっていることだから、今回も大丈夫だろうと思ったということか。
「そうだ話の続きだな。……ここへは教会へ向かうロバのひく荷馬車に乗って来たのだが、教会からは歩きで行かねばならん。神殿に行く前に疲れてしまったのだ」
それであんな場所で寝こけていたと。
テーブルの上の蝋燭が揺らめく。
王子からあらかた事情を聴いたオリヴァーが口をひらく。
「まだお伺いしたいこともありますが、もう夜も遅くなりましたから殿下はそろそろお休みください。粗末な場所で申し訳ありません」
「世話になる」
「ロイ、殿下のことを頼みます。客間にお連れしてあげてください。大部屋ではない方です。ディンは私と後片付けを」
「はい」
「わかりました」
「頼むぞ、見習いよ」
ワインもたっぷり飲んで腹も満たされた王子は抵抗することなく、ロイに客間へと運ばれて行った。
何度も思うが、本当に危機感のない王子だと思う。
後片付けを終えたディンはオリヴァーの部屋へ呼ばれた。
遠慮なくベッドに腰かけると隣に座るオリヴァーにもたれかかる。
オリヴァーは少し笑いをこぼすと、ディンの頭を撫でてくれた。
「オリヴァーはあの蛙の王子様のこと信じてるんだね」
「信じてると言いますか……。最初は疑ってましたよ、ですが嘘をつく理由がありませんし、蛙が話すなんて人知を超えた力によって成されたとしか思えません」
「ん?」
オリヴァーが眉を下げる。
「私はあなたがここに来てから何が起きても不思議ではないと思ってますよ」
「お?」
「蛙も本当に王子だった場合、国際問題に発展しかねません。護衛がいるのならばそこから本当か嘘か見分けられるでしょう。ところでディン、殿下のことですが心当たりはありますか?」
「ないよー。知らない人だし」
そもそも自分が誰かを呪えるなんて思わなかった。
だがオリヴァーは心当たりがあるようだった。
「そうですか……。あの、ディンは以前私と一緒に街の教会へ行ったことを覚えていますか?」
「うん? 覚えてるよ」
先々月だっただろうか、オリヴァーの用事に付き合って街の教会へ降りた。
修道院に付属した教会で、歴史としては森の中にあるディンの住んでいる石の教会の方が圧倒的にあり、大切にされているが立派さ荘厳さでは街の教会に負ける。
いわゆる、見せる用の教会だ。
「あの時にご婦人とお話されていたように思うのですが」
「そういえば話したかも」
「その時のことを思い出してもらえませんか?」
短い脚で籠から這い出る。ペタペタと歩く姿は体が重そうだった。
少しダイエットした方が良いと思う。
もぐもぐと口を動かしながら王子は話し始めてくれた。
「実はな――」
おもむろに話し出した内容は、さくっとまとめるとこのようなものだった。
王子は隣国王家の5番目の子として産まれた。
光輝くような美しさとやんごとなき身分で、貴族女性どころか庶民女性達にも王子に懸想する者が後をたたなかったらしい。
恋人は両手で足りないほどいたし、一夜の遊び相手ならもっといたそう。
そんな感じで毎日過ごしていたが、ある日朝目が覚めると体が蛙になっていたそうだ。
王や妃が必死に原因を探したがわからない。両親が藁にもすがる思いで自国の神子から神へ尋ねてもらったところ、先日ようやく神託を貰えた。
その内容は「女神エーディンが知っている」というものだったらしい。
「そこで私は遠路はるばる、女神エーディン様が顕現された山へと来たのだ」
「ここなら何か手掛かりがあるかと思ってな」と続ける王子。
そう言った後、オリヴァー達三人の視線がディンに突き刺さる。
「何?」
不思議そうに小首をかしげる姿のディンは、こんな時でも美しい。
三人の様子に気が付かない王子がため息を漏らしながら続きを話す。
「供も乳兄弟と護衛のみしか連れてこられず……」
蛙になっただなんて一大事を不用意に広めないよう、供を増やせなかったそうだ。だから王子が蛙になっていることを知っているのも自国でも限られた人間だけらしい。
そこにひっかかりを覚えたオリヴァーが口を挟む。
「あの、では我が国の王は、殿下がいらしていることは……」
「むろん、知らぬ」
そうだろう、知っていたら王子がひとりで森の中にいるわけがない。
こっそりと身分を偽って入国したらしい。オリヴァーが難しい顔をして黙りこむ。
もしもこの蛙の言う事が本当で、この状態の王子に何かあった場合の問題を考えているようだ。
「供の者はどこにいらっしゃるのでしょうか? 連絡だけでもしておきたいと思うのですが」
ディランが何か考えるような顔で、真剣な様子で王子に尋ねる。
「ああ、そうだな。街の宿屋に居るはずだ。宿屋は乳兄弟の名で取っている。私が夜に外へ出るのは危険すぎるゆえ頼む」
王子が告げたのは、街一番の高級宿だった。
乳兄弟の名前を聞くと、ディランは急いで食事を掻っ込んだ。
蛙はのんびりしているけれど、本当に王子なら護衛も乳兄弟も血眼になって探しているはずだった。
ディランは信じがたい出来事だけれど、宿に行き護衛達と会えば蛙の言う事が本当かどうかわかると考えているようだった。
この教会は山の下にあるので、街からは少し離れている。ディランは「戻りは遅くなるかもしれません」と言い残して外套を着ると出て行った。
「ええっと、エーディン様が知っているとお言葉を頂いたそうですが……」
ロイが恐る恐る尋ねる。
隣国の王子と聞いて怯えているようだ。
「そうだ。どうやら私は女神エーディンに呪われたらしい」
「えぇっ⁉」
「へ?」
ロイが椅子の上で飛び上がり、ディンが目をぱちくりとさせた。
「呪い?」
会ったこともない人にそんな覚えないけれど?
「いや、呪いと言ったのは言葉の綾のようなものだ。我が国が奉る神は女神エーディンが知っているとおっしゃっただけだからな」
視線でオリヴァーとロイに問いかけられるが、覚えのないディンは首を振る。
「だから私は女神エーディンの神殿へ行きたくて森の中にいたのだ」
「あ、それで……」
ディンが頷く。
ようやく王子が森にいた理由が判明した。
「どうしてひとりで森にいたの? だってお供の人がいたんでしょ?」
「それはな、私の乳兄弟はすこしばかり頭が固くてな」
真面目ってことか?
「あやつは情報収集のために街に出ていた。その間に護衛と神殿に行こうとしていたのだが、護衛が渋ったので隙を見て出てきてやったのだ」
「どうして?」
「女神エーディンはとても美しいと聞いている。白銀の髪の毛はまるで月の光のように輝き、淡い微笑みを浮かべた瞳は蒼天の空のようだそうだ。白磁の肌はまるで雪のようで……」
ディンの背中を悪寒が駆け上がる。
妄想に浸っていた王子が、正気に戻ったようで咳払いをして続きを話す。
「恐らく私と同じくらい美しいのだろう。一度見てみたかったのだ。女神の呪いなら解くときに本人に会えるかもしれん。すぐに戻ると書置きをしてきたゆえ、護衛達は問題なかろう。自国でもよく書置きして恋人たちの元へ走ったものよ。懐かしい」
蛙なので表情が分かりにくいが、遠くを見つめて想い出に浸っているようだった。
いつもやっていることだから、今回も大丈夫だろうと思ったということか。
「そうだ話の続きだな。……ここへは教会へ向かうロバのひく荷馬車に乗って来たのだが、教会からは歩きで行かねばならん。神殿に行く前に疲れてしまったのだ」
それであんな場所で寝こけていたと。
テーブルの上の蝋燭が揺らめく。
王子からあらかた事情を聴いたオリヴァーが口をひらく。
「まだお伺いしたいこともありますが、もう夜も遅くなりましたから殿下はそろそろお休みください。粗末な場所で申し訳ありません」
「世話になる」
「ロイ、殿下のことを頼みます。客間にお連れしてあげてください。大部屋ではない方です。ディンは私と後片付けを」
「はい」
「わかりました」
「頼むぞ、見習いよ」
ワインもたっぷり飲んで腹も満たされた王子は抵抗することなく、ロイに客間へと運ばれて行った。
何度も思うが、本当に危機感のない王子だと思う。
後片付けを終えたディンはオリヴァーの部屋へ呼ばれた。
遠慮なくベッドに腰かけると隣に座るオリヴァーにもたれかかる。
オリヴァーは少し笑いをこぼすと、ディンの頭を撫でてくれた。
「オリヴァーはあの蛙の王子様のこと信じてるんだね」
「信じてると言いますか……。最初は疑ってましたよ、ですが嘘をつく理由がありませんし、蛙が話すなんて人知を超えた力によって成されたとしか思えません」
「ん?」
オリヴァーが眉を下げる。
「私はあなたがここに来てから何が起きても不思議ではないと思ってますよ」
「お?」
「蛙も本当に王子だった場合、国際問題に発展しかねません。護衛がいるのならばそこから本当か嘘か見分けられるでしょう。ところでディン、殿下のことですが心当たりはありますか?」
「ないよー。知らない人だし」
そもそも自分が誰かを呪えるなんて思わなかった。
だがオリヴァーは心当たりがあるようだった。
「そうですか……。あの、ディンは以前私と一緒に街の教会へ行ったことを覚えていますか?」
「うん? 覚えてるよ」
先々月だっただろうか、オリヴァーの用事に付き合って街の教会へ降りた。
修道院に付属した教会で、歴史としては森の中にあるディンの住んでいる石の教会の方が圧倒的にあり、大切にされているが立派さ荘厳さでは街の教会に負ける。
いわゆる、見せる用の教会だ。
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