上 下
20 / 29

蛙の王子様4

しおりを挟む
「ぞんざいすぎる」等と文句を言いながらも目の前に置かれたベリーを食べる王子。

 短い脚で籠から這い出る。ペタペタと歩く姿は体が重そうだった。
 少しダイエットした方が良いと思う。

 もぐもぐと口を動かしながら王子は話し始めてくれた。
 
「実はな――」

 おもむろに話し出した内容は、さくっとまとめるとこのようなものだった。

 王子は隣国王家の5番目の子として産まれた。
 光輝くような美しさとやんごとなき身分で、貴族女性どころか庶民女性達にも王子に懸想する者が後をたたなかったらしい。
 恋人は両手で足りないほどいたし、一夜の遊び相手ならもっといたそう。

 そんな感じで毎日過ごしていたが、ある日朝目が覚めると体が蛙になっていたそうだ。

 王や妃が必死に原因を探したがわからない。両親が藁にもすがる思いで自国の神子から神へ尋ねてもらったところ、先日ようやく神託を貰えた。
 その内容は「女神エーディンが知っている」というものだったらしい。

「そこで私は遠路はるばる、女神エーディン様が顕現された山へと来たのだ」
 
 「ここなら何か手掛かりがあるかと思ってな」と続ける王子。
 そう言った後、オリヴァー達三人の視線がディンに突き刺さる。

「何?」

 不思議そうに小首をかしげる姿のディンは、こんな時でも美しい。

 三人の様子に気が付かない王子がため息を漏らしながら続きを話す。

「供も乳兄弟と護衛のみしか連れてこられず……」

 蛙になっただなんて一大事を不用意に広めないよう、供を増やせなかったそうだ。だから王子が蛙になっていることを知っているのも自国でも限られた人間だけらしい。
 そこにひっかかりを覚えたオリヴァーが口を挟む。

「あの、では我が国の王は、殿下がいらしていることは……」
「むろん、知らぬ」

 そうだろう、知っていたら王子がひとりで森の中にいるわけがない。
 
 こっそりと身分を偽って入国したらしい。オリヴァーが難しい顔をして黙りこむ。
 もしもこの蛙の言う事が本当で、この状態の王子に何かあった場合の問題を考えているようだ。

「供の者はどこにいらっしゃるのでしょうか? 連絡だけでもしておきたいと思うのですが」

 ディランが何か考えるような顔で、真剣な様子で王子に尋ねる。
 
「ああ、そうだな。街の宿屋に居るはずだ。宿屋は乳兄弟の名で取っている。私が夜に外へ出るのは危険すぎるゆえ頼む」

 王子が告げたのは、街一番の高級宿だった。
 乳兄弟の名前を聞くと、ディランは急いで食事を掻っ込んだ。
 蛙はのんびりしているけれど、本当に王子なら護衛も乳兄弟も血眼になって探しているはずだった。

 ディランは信じがたい出来事だけれど、宿に行き護衛達と会えば蛙の言う事が本当かどうかわかると考えているようだった。
 この教会は山の下にあるので、街からは少し離れている。ディランは「戻りは遅くなるかもしれません」と言い残して外套を着ると出て行った。

「ええっと、エーディン様が知っているとお言葉を頂いたそうですが……」

 ロイが恐る恐る尋ねる。
 隣国の王子と聞いて怯えているようだ。

「そうだ。どうやら私は女神エーディンに呪われたらしい」
「えぇっ⁉」
「へ?」

 ロイが椅子の上で飛び上がり、ディンが目をぱちくりとさせた。

「呪い?」

 会ったこともない人にそんな覚えないけれど?
 
「いや、呪いと言ったのは言葉の綾のようなものだ。我が国が奉る神は女神エーディンが知っているとおっしゃっただけだからな」
 
 視線でオリヴァーとロイに問いかけられるが、覚えのないディンは首を振る。

「だから私は女神エーディンの神殿へ行きたくて森の中にいたのだ」
「あ、それで……」
 
 ディンが頷く。
 ようやく王子が森にいた理由が判明した。
 
「どうしてひとりで森にいたの? だってお供の人がいたんでしょ?」
「それはな、私の乳兄弟はすこしばかり頭が固くてな」

 真面目ってことか?

「あやつは情報収集のために街に出ていた。その間に護衛と神殿に行こうとしていたのだが、護衛が渋ったので隙を見て出てきてやったのだ」
「どうして?」
「女神エーディンはとても美しいと聞いている。白銀の髪の毛はまるで月の光のように輝き、淡い微笑みを浮かべた瞳は蒼天の空のようだそうだ。白磁の肌はまるで雪のようで……」
 
 ディンの背中を悪寒が駆け上がる。
 妄想に浸っていた王子が、正気に戻ったようで咳払いをして続きを話す。

「恐らく私と同じくらい美しいのだろう。一度見てみたかったのだ。女神の呪いなら解くときに本人に会えるかもしれん。すぐに戻ると書置きをしてきたゆえ、護衛達は問題なかろう。自国でもよく書置きして恋人たちの元へ走ったものよ。懐かしい」

 蛙なので表情が分かりにくいが、遠くを見つめて想い出に浸っているようだった。
 いつもやっていることだから、今回も大丈夫だろうと思ったということか。
 
「そうだ話の続きだな。……ここへは教会へ向かうロバのひく荷馬車に乗って来たのだが、教会からは歩きで行かねばならん。神殿に行く前に疲れてしまったのだ」

 それであんな場所で寝こけていたと。

 テーブルの上の蝋燭が揺らめく。
 王子からあらかた事情を聴いたオリヴァーが口をひらく。

「まだお伺いしたいこともありますが、もう夜も遅くなりましたから殿下はそろそろお休みください。粗末な場所で申し訳ありません」
「世話になる」
「ロイ、殿下のことを頼みます。客間にお連れしてあげてください。大部屋ではない方です。ディンは私と後片付けを」
「はい」
「わかりました」
「頼むぞ、見習いよ」
 
 ワインもたっぷり飲んで腹も満たされた王子は抵抗することなく、ロイに客間へと運ばれて行った。
 何度も思うが、本当に危機感のない王子だと思う。
 
 後片付けを終えたディンはオリヴァーの部屋へ呼ばれた。
 遠慮なくベッドに腰かけると隣に座るオリヴァーにもたれかかる。
 オリヴァーは少し笑いをこぼすと、ディンの頭を撫でてくれた。
 
「オリヴァーはあの蛙の王子様のこと信じてるんだね」
「信じてると言いますか……。最初は疑ってましたよ、ですが嘘をつく理由がありませんし、蛙が話すなんて人知を超えた力によって成されたとしか思えません」
「ん?」

 オリヴァーが眉を下げる。

「私はあなたがここに来てから何が起きても不思議ではないと思ってますよ」
「お?」
「蛙も本当に王子だった場合、国際問題に発展しかねません。護衛がいるのならばそこから本当か嘘か見分けられるでしょう。ところでディン、殿下のことですが心当たりはありますか?」
「ないよー。知らない人だし」
 
 そもそも自分が誰かを呪えるなんて思わなかった。
 だがオリヴァーは心当たりがあるようだった。

「そうですか……。あの、ディンは以前私と一緒に街の教会へ行ったことを覚えていますか?」
「うん? 覚えてるよ」

 先々月だっただろうか、オリヴァーの用事に付き合って街の教会へ降りた。
 修道院に付属した教会で、歴史としては森の中にあるディンの住んでいる石の教会の方が圧倒的にあり、大切にされているが立派さ荘厳さでは街の教会に負ける。
 いわゆる、見せる用の教会だ。

「あの時にご婦人とお話されていたように思うのですが」
「そういえば話したかも」
「その時のことを思い出してもらえませんか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

冤罪で投獄された異世界で、脱獄からスローライフを手に入れろ!

風早 るう
BL
ある日突然異世界へ転移した25歳の青年学人(マナト)は、無実の罪で投獄されてしまう。 物騒な囚人達に囲まれた監獄生活は、平和な日本でサラリーマンをしていたマナトにとって当然過酷だった。 異世界転移したとはいえ、何の魔力もなく、標準的な日本人男性の体格しかないマナトは、囚人達から揶揄われ、性的な嫌がらせまで受ける始末。 失意のどん底に落ちた時、新しい囚人がやって来る。 その飛び抜けて綺麗な顔をした青年、グレイを見た他の囚人達は色めき立ち、彼をモノにしようとちょっかいをかけにいくが、彼はとんでもなく強かった。 とある罪で投獄されたが、仲間思いで弱い者を守ろうとするグレイに助けられ、マナトは急速に彼に惹かれていく。 しかし監獄の外では魔王が復活してしまい、マナトに隠された神秘の力が必要に…。 脱獄から魔王討伐し、異世界でスローライフを目指すお話です。 *異世界もの初挑戦で、かなりのご都合展開です。 *性描写はライトです。

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

【完結済】転移者を助けたら(物理的にも)身動きが取れなくなった件について。

キノア9g
BL
完結済 主人公受。異世界転移者サラリーマン×ウサギ獣人。 エロなし。プロローグ、エンディングを含め全10話。 ある日、ウサギ獣人の冒険者ラビエルは、森の中で倒れていた異世界からの転移者・直樹を助けたことをきっかけに、予想外の運命に巻き込まれてしまう。亡き愛兎「チャッピー」と自分を重ねてくる直樹に戸惑いつつも、ラビエルは彼の一途で不器用な優しさに次第に心惹かれていく。異世界の知識を駆使して王国を発展させる直樹と、彼を支えるラビエルの甘くも切ない日常が繰り広げられる――。優しさと愛が交差する異世界ラブストーリー、ここに開幕!

転生したので異世界でショタコンライフを堪能します

のりたまご飯
BL
30歳ショタコンだった俺は、駅のホームで気を失い、そのまま電車に撥ねられあっけなく死んだ。 けど、目が覚めるとそこは知らない天井...、どこかで見たことのある転生系アニメのようなシチュエーション。 どうやら俺は転生してしまったようだ。 元の世界で極度のショタコンだった俺は、ショタとして異世界で新たな人生を歩む!!! ショタ最高!ショタは世界を救う!!! ショタコンによるショタコンのためのBLコメディ小説であーる!!!

狼くんは耳と尻尾に視線を感じる

犬派だんぜん
BL
俺は狼の獣人で、幼馴染と街で冒険者に登録したばかりの15歳だ。この街にアイテムボックス持ちが来るという噂は俺たちには関係ないことだと思っていたのに、初心者講習で一緒になってしまった。気が弱そうなそいつをほっとけなくて声をかけたけど、俺の耳と尻尾を見られてる気がする。 『世界を越えてもその手は』外伝。「アルとの出会い」「アルとの転機」のキリシュの話です。

処理中です...