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14.お告げ

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***地震と津波の表現がありますので、ご注意ください!!***

 
 

 息を飲んだ音はどちらから聞こえたのか。
 ディンはゆっくりと口を開いた。

「夜明け頃に大きな波が来るよ。この丘には来ないから避難させて」

 信じてもらえるか不安だったけれど、それを聞いた二人は膝をついて礼をとった。
 ディランが立ち上がり、急いで丘を降りていく。
 丘の下で様子を伺っていた村人の元へ走っていくと、話しながら村長の家へと向かっていった。
 
 オリヴァーはゆっくりとディンに近づき、白いむき出しの肩に自分が着ていた外套をかけた。

「風邪を引きます。服はどうしましたか?」
「向こうにあるよ。でももう泥だらけだからこれ借りるね」

 どこか固い表情のオリヴァーだったが、ディンの言葉を聞いて頬をゆるませる。

「教会に戻ったら新しい物を用意しますね」
「うん」

 そっと肩を引き寄せられる。オリヴァーの胸にディンの耳が当たると、ドクドクという心音が聞こえた。
 少し早い心臓の音。
 その音を聞きながらうっとりと目を閉じる。
 いつも落ち着いているオリヴァーでも驚くのかと思うと少し面白い。

 オリヴァーはディンを礼拝堂の腰掛けに座らせると、ここで待っていてください。と言って自らも村へと駆け出していった。

 村人たちの動きは遅かった。
 寝ているところを起こされて、何かと思えば夜明けに大波が来るなんて信じられないだろうな、とぼんやり村を見下ろす。
 
 けれどしばらくすると、村長の家から老婆が男女の小さな子ども二人に手を引かれて丘へ登って来た。
 老婆はしっかりと服を着ていたが、子どもは寝間着のままで、子どもの女の子の方はぬいぐるみを持っていた。
 礼拝堂にいたディンに気が付くと、子供たちはぽかんと口をあけて動きを止めてしまった。
 こうなると動かなくなってしまうと学習しているディンは、代わりに老婆の手を引いて礼拝堂の椅子に座らせる。老婆はお礼を言うと、礼拝堂の像に向かって祈りの言葉を呟き始めた。
 女の子は老婆の隣に座ると、同じように像に向かって祈り始め、男の子のほうは村へと走って戻っていった。



 
 夜明け前には村の人たちが丘の上に集合していた。
 ディンが驚いたことに全員いるらしい。
 
 身一つ着の身着のままの住人もいれば、荷車に家財を載せられるだけ載せて持って来ている家もあるようだ。
 小さな子どもは集まって礼拝堂の屋根の下で寝ている。
 ヤギと馬が礼拝堂の横の木につながれていて、動物たちも落ち着かない様子だった。
 ディンはオリヴァーたちの馬に近づくと、なだめるように首筋を撫でる。
 
 日に焼けた男たちがぽつぽつと仕事の時間だと言い始めている。
 それに呼応するように、女たちもソワソワとしだして口々に好きなことを喋り始めた。もう戻っても良いのかをオリヴァーに聞き始める者もいた。
 不満そうな顔を隠しもせずに文句を言っている人もいれば、ただ座って時が経つのを待っている人もいる。
 
 それを横目に見ながらディンはまたぼんやりと海を眺めていた。
 ディンは大波が来ることは伝えたけれど、村人がそれを信じようが信じまいがどうでもよかった。
 波が来ると知ったら、きっとふたりは皆を救うため必死になるだろう。自分を顧みず。
 ディンはただ、オリヴァーが死んでほしくなかったから伝えた。それだけだ。

 老婆だけが変わらずに礼拝堂の中で一身に祈りを捧げていた。



 
 突然小さな振動が足の裏から伝わって来た。

「あっ」

 ディンはとっさにしゃがみ込む。
 するとすぐに、ドンッ!という大きな音が聞こえて、次いで悲鳴が聞こえてきた。
 グラグラと揺れる地面に耐えられず、皆座り込んでいるのが見える。
 倒壊するのでは思ったが、礼拝堂の中にいる老婆と子どもたちは地震に気が付いていないようだった。
 
 長かったのか短かったのかわからない時間が流れ、気が付けば揺れはおさまっていたようだった。
 おさまった?という誰かの呟きでディンも顔を上げる。
 
「お、俺の家がぁ……」

 叫んで駆けだそうとしていたところを、数人で押さえられている村人がいる。
 揺れで倒壊してしまった家屋の家主だろう。
 みれば、他にも潰れている家がある。
 
 先ほど仕事があると言っていた日焼けした男の中の、やけに大柄な男性がオリヴァーに神妙な面持ちで話しかけているのが見える。

 自然と身を寄せ合い、丘の上でひとかたまりになる。
 もう揺れないのか、もう戻っていいのか……。
 そんな不安が声になってさわさわとディンの耳にも聞こえてきていた。
 
 そして段々と空か白み始め、水平線が赤い光を反射し始めた頃、ディンには轟音が聞こえてきた。
 
 人々のざわめきを聞きながら、ディンは身を震わせた。

「ああ……」

 みんなは気が付かないの?
 そうか、人間は音も聞こえないし、見えもしないんだっけ。
 
 しかし、しっかりと陽光が海を照らすと、さすがに皆気が付いたようだった。
 
 白波が海の上を走り、その勢いのまま砂浜を駆けのぼる。
 水が三回往復する間もなく、村は村長の家の屋根だけ残して水の下へと沈んでいたのだった。
 
 誰もが言葉を発することも忘れて見入っていた。
 
 気が付いたら丘の下は海になっていた。
 
 ディンは礼拝堂の中にいた老婆に話しかけた。
 この騒ぎの中ずっと祈っていたのだ。

「おばあさん大丈夫だった?」

 老婆はぼんやりと顔をあげて、焦点の合っていない目でディンを見ると、しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにしてにっこりと微笑んだ。

「はい、リール様、エーディン様のおかげでございます」
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