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9.うつくしい?

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 教会が見える位置まで来たところで、何かに気が付いたようにオリヴァーが足を止めた。

「私としたことが、名前を名乗るのを忘れておりました。私はこの教会で司祭を務めております、オリヴァー・ベネットです。失礼ですが、あなたのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ディンだよ。こっちはモーシュ」
 
 指先でモーシュを撫でるとくすぐったそうに震えた。その様子に思わず笑ってしまう。
 
 オリヴァーは微笑むと、かみしめるようにディンの名前を呟いた。
 
 教会の裏手にある家へ案内されると、ディンは小首を傾げて聞いた。

「ここに家なんてあったっけ?」
「……最近建てました。司祭と騎士が常駐することになったので、教会にある小部屋では手狭になりまして」

 オリヴァーは少し言葉を探すように考えると答えた。
 
 家に入ると、戸口近くで椅子に座らされた。
 モーシュは止まり木になりそうな、手ごろな棚の上でくつろいでいる。首をくるくる回して家の中を確認している。
 
「ここで待っていてください。今お湯を持ってきますので」
「え?どうして?」
「手足が泥だらけですので、部屋へ入る前に洗いましょう。本当は蒸し風呂を使ってもらいたいのですが、今日はもう用意が難しくて。明日是非使ってください。さっぱりしますよ」

 オリヴァーは桶に湯を用意すると膝をついた。
 両手でディンの足を丁寧に持ち上げて片足ずつ桶につける。
 足をもみほぐされてこびりついた泥を落とされると、丁度よいお湯の温度にほぅっと息が漏れた。
 オリヴァーはディンの心地よさそうな表情に嬉しそうだ。
 それを3回繰り返し、すっかり泥が落とされると木靴を持ってきてくれた。ディンの小さな足には大きく感じたが、聞けばオリヴァーの物だそうだ。
 
 それが終わると今度は夕食の準備をし始めた。
 てきぱき動き、こまごまと仕事をこなすオリヴァーに感心するディン。
 
 オリヴァーは背が高く程よく鍛えられた体躯に、金髪で緑の目の持ち主だった。肌も白く、目鼻立ちが整っていてまるでどこかの王子様のような外見に見える。顔だけでなく指先まで繊細で白く美しい。
 外見に興味がないディンでもこの見た目が人を惹きつけるのはわかった。
 
 ――料理なんてしたことありません、みたいな顔してるのにな。人は見かけによらないな。そういえば、さっき美しいって言われたんだっけ?
 
 ディンは自分の外見に興味が沸いて、姿を映せるものがないか家の中を見回った。
 鏡をみつけて覗き込む。
 
 そこには白銀の髪の毛と青く丸い目を持った、青年になったばかりに見える人間が映っていた。
 白い肌はうっすらと頬が上気していて、薄桃色の唇がぽかんと開いていても、愛嬌ととらえてもらえるような愛らしさがあった。
 モーシュが呆れたように声をかけてきた。

「お前自分に見惚れているのか?」
「違うよ。この、映ってるのが俺?」
「それは鏡だ。お前の姿で間違いない。見たことがなかったんだな」
「もっと強そうな見た目かと思ってたんだ」

 お前がか?と言うと、何やらツボに入ったらしく、普段は小難しそうな顔をしている梟が羽をバサバサと振るわせて笑った。



 
 食卓にはグリルした葉野菜とじゃがいもにチーズをかけたもの。それから豆のスープがだされた。
 黒パンは籠に入っていて中央に置かれている。ジャムもあって甘い物が好きなディンはペロッと舌なめずりした。
 飲み物は水にベリーとミントを浮かべたものを出してもらった。オリヴァーはお酒を飲んでいるようだった。
 
 モーシュは塩漬けの肉を出してもらうと、それを掴んで颯爽と飛び去って行った。巣に持ち帰るようだ。

 オリヴァーの食器の使い方を真似しながら、もぐもぐと夢中で頬張っているとオリヴァーが話しかけてきた。

「今夜は客間がありますのでそちらをお使いください。明日は朝から市も立っているので楽しめると思いますよ」
「ありがとう。ええと、騎士さんもいるでしょ?お部屋は大丈夫?」
「ディランですね。彼は今日は祭りですので、街の実家に帰っていますよ。あ、でも客間には鍵がありますので心配なさらないでください」
「心配?」

 ないけれど?と思って首を傾げると、オリヴァーはまたほんのりと頬を赤くして黙ってしまった。
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