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8.月夜の出会い
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街には春がきたようだが、山の雪解けはのんびりだ。
野原には山頂から溶けた雪が流れ、そこここで小川のようになっている。そのそばに小さな白い花のつぼみができていた。
フンフンと花の香りを嗅ぐ。
春は嬉しいな。そう思いながらブラブラと散策をする。
しかし気持ちの良い春とは逆に、ディンにはひとつ納得できないことがあった。
あの雪の日、無事に山を下りた三人だったが、最近再び氷室の洞窟へやってくるようになったのだ。しかも日に日にやって来る人間の数は増えていって、すっかりディンは遊びに行けなくなってしまった。
お気に入りの場所が1つ取られて悲しい。
だが悪い事ばかりではないのかもしれなかった。
そこにもお供え物がされるようになったのだ。
山の中腹にあるからか、夜は人気がなくなり入り放題だ。代わりに森にある石の教会にはオリヴァーとディランが常駐するようになったようだった。
教会から街へ続く道もしっかりと整備され始めている。
今まで自然のままだったのにどうして急に?と、ディンは不思議な気持ちだ。
今夜は街で春の祭りが催されているようだった。
街中にランプが灯され、中央の広場では大きな炎が燃えている。
その周りで楽しそうに踊る人達も遠くで見える。
狼の姿で近くまで覗きにきたのだけれど、もっと近づいてみたくなった。
衣服をねぐらへ取りに行くと、森の中で人間になり着替えた。それを見ていた梟のモーシュが首を傾げて問う。
『お前人間になってどうしたんだ?』
「街へ行ってみようと思って。祭りをやってるみたいなんだ」
『ふぅん。ここ数日騒がしい理由はそれか。どれ、俺も行ってみよう』
肉を食べられるかもしれないしな。と呟くと羽を広げ、ふわりと浮き上がりディンの肩にとまる。
「わ、驚くだろ」
『連れていけ。美味い餌があるかもしれん』
「えー?いいけど、梟を連れた人間っているの?俺見たことないけどおかしくない?」
『まさかお前、自分がこの世のすべてを知っていると思っているのか?』
そうなの?梟を連れた人間もいるの?
納得できなかったが、モーシュも譲る気が無いようだったので、そのまま街へと山を下りるために歩き出したのだった。
ついでに途中、教会に寄って借りていたハンカチをそっと祭壇に返しておいた。
しっかり洗ったけれど、結局血のシミが残ったままになってしまったのが申し訳ない。一瞬返さないほうがいいのかも。と思ったが、綺麗なハンカチだったので返すことにした。
森の中の暗闇を歩くが、狼の目と梟の目があれば難しいことはなかった。
土の冷たい感触が足から伝わる。
下の方からランプを灯して歩く人影が見えた。オリヴァーだ。
一方的に何度もオリヴァーを見ていたディンだったが、直接会うのは雪山以来だった。
いや、違う。それは狼だった。そう考えながら、あれ?人間で会ったのはいつの事だったか。と考えているうちに目の前まできてしまった。
ディンには見えていたが、相手には暗闇から突然現れたように見えたらしく、小さく驚きの声を上げると話しかけてきた。
「驚きました……!こんな時間にどうされました?教会の方からいらしたように見えましたが……」
「こんばんは。山の方から来たんだけど」
その声を聞くと何かに気が付いたような顔をした。
足元を照らしていたランプの光を持ち上げる。ディンと目が合うと、どこか夢見がちな表情のまま時間が止まったように動かなくなってしまった。
ディンは少し返事を待ったが、モーシュが急かすように髪を噛んできたので歩き出すことにした。
「ま、待ってください。もしかして、あの、祭りを見に行くのでしたか?」
「そうだよ」
「あの、今夜はもう街に着いた頃には終わっていると思います」
「え?今日はもう終わっちゃうの?」
がっかりとした声をディンがあげると、オリヴァーは重ねていった。
「祭りは明日もあるのです。よければ今夜は教会に泊まって、明日見に行きませんか?」
「ならまた明日……」
来るからいいよ。と言いかけた所でモーシュがホウ、と鳴いた。意味は「教会に行けば肉が食べられるかも」だ。
「あ、うん。教会に行こうかなぁ?」
オリヴァーはにっこり笑うと、ランプをディンの前に掲げて先導するように歩き出した。
ランプで一部だけを照らされると、他が暗くなり歩き辛いのだけれど、オリヴァーの親切をありがたく受け取ることにする。
「差し出がましいようですが、こんな暗闇を一人で歩くのは感心できません」
「どうして?今夜は月夜だし、見えるから問題ないよ」
「この街には危険な人がいないと信じていますが、それでもあなたのような美しい人が夜に一人で出歩くのは危険です」
「うつくしい?」
オウム返しに聞き返すと、オリヴァーは足を止めてディンを見た。
その頬がほんのりと赤くなっているのが見える。
「ええ……。その、まるで女神がそのまま人になられたかのようで……」
最後の方は呟くような囁きだった。
多分ディンに聞かせるつもりはなかったのだろうが、高性能のディンの耳にはばっちりと聞こえてきたのだった。
そしてなぜかそれを聞いたディンは、胸の奥に小さな火が灯ったような気がしたのだった。
野原には山頂から溶けた雪が流れ、そこここで小川のようになっている。そのそばに小さな白い花のつぼみができていた。
フンフンと花の香りを嗅ぐ。
春は嬉しいな。そう思いながらブラブラと散策をする。
しかし気持ちの良い春とは逆に、ディンにはひとつ納得できないことがあった。
あの雪の日、無事に山を下りた三人だったが、最近再び氷室の洞窟へやってくるようになったのだ。しかも日に日にやって来る人間の数は増えていって、すっかりディンは遊びに行けなくなってしまった。
お気に入りの場所が1つ取られて悲しい。
だが悪い事ばかりではないのかもしれなかった。
そこにもお供え物がされるようになったのだ。
山の中腹にあるからか、夜は人気がなくなり入り放題だ。代わりに森にある石の教会にはオリヴァーとディランが常駐するようになったようだった。
教会から街へ続く道もしっかりと整備され始めている。
今まで自然のままだったのにどうして急に?と、ディンは不思議な気持ちだ。
今夜は街で春の祭りが催されているようだった。
街中にランプが灯され、中央の広場では大きな炎が燃えている。
その周りで楽しそうに踊る人達も遠くで見える。
狼の姿で近くまで覗きにきたのだけれど、もっと近づいてみたくなった。
衣服をねぐらへ取りに行くと、森の中で人間になり着替えた。それを見ていた梟のモーシュが首を傾げて問う。
『お前人間になってどうしたんだ?』
「街へ行ってみようと思って。祭りをやってるみたいなんだ」
『ふぅん。ここ数日騒がしい理由はそれか。どれ、俺も行ってみよう』
肉を食べられるかもしれないしな。と呟くと羽を広げ、ふわりと浮き上がりディンの肩にとまる。
「わ、驚くだろ」
『連れていけ。美味い餌があるかもしれん』
「えー?いいけど、梟を連れた人間っているの?俺見たことないけどおかしくない?」
『まさかお前、自分がこの世のすべてを知っていると思っているのか?』
そうなの?梟を連れた人間もいるの?
納得できなかったが、モーシュも譲る気が無いようだったので、そのまま街へと山を下りるために歩き出したのだった。
ついでに途中、教会に寄って借りていたハンカチをそっと祭壇に返しておいた。
しっかり洗ったけれど、結局血のシミが残ったままになってしまったのが申し訳ない。一瞬返さないほうがいいのかも。と思ったが、綺麗なハンカチだったので返すことにした。
森の中の暗闇を歩くが、狼の目と梟の目があれば難しいことはなかった。
土の冷たい感触が足から伝わる。
下の方からランプを灯して歩く人影が見えた。オリヴァーだ。
一方的に何度もオリヴァーを見ていたディンだったが、直接会うのは雪山以来だった。
いや、違う。それは狼だった。そう考えながら、あれ?人間で会ったのはいつの事だったか。と考えているうちに目の前まできてしまった。
ディンには見えていたが、相手には暗闇から突然現れたように見えたらしく、小さく驚きの声を上げると話しかけてきた。
「驚きました……!こんな時間にどうされました?教会の方からいらしたように見えましたが……」
「こんばんは。山の方から来たんだけど」
その声を聞くと何かに気が付いたような顔をした。
足元を照らしていたランプの光を持ち上げる。ディンと目が合うと、どこか夢見がちな表情のまま時間が止まったように動かなくなってしまった。
ディンは少し返事を待ったが、モーシュが急かすように髪を噛んできたので歩き出すことにした。
「ま、待ってください。もしかして、あの、祭りを見に行くのでしたか?」
「そうだよ」
「あの、今夜はもう街に着いた頃には終わっていると思います」
「え?今日はもう終わっちゃうの?」
がっかりとした声をディンがあげると、オリヴァーは重ねていった。
「祭りは明日もあるのです。よければ今夜は教会に泊まって、明日見に行きませんか?」
「ならまた明日……」
来るからいいよ。と言いかけた所でモーシュがホウ、と鳴いた。意味は「教会に行けば肉が食べられるかも」だ。
「あ、うん。教会に行こうかなぁ?」
オリヴァーはにっこり笑うと、ランプをディンの前に掲げて先導するように歩き出した。
ランプで一部だけを照らされると、他が暗くなり歩き辛いのだけれど、オリヴァーの親切をありがたく受け取ることにする。
「差し出がましいようですが、こんな暗闇を一人で歩くのは感心できません」
「どうして?今夜は月夜だし、見えるから問題ないよ」
「この街には危険な人がいないと信じていますが、それでもあなたのような美しい人が夜に一人で出歩くのは危険です」
「うつくしい?」
オウム返しに聞き返すと、オリヴァーは足を止めてディンを見た。
その頬がほんのりと赤くなっているのが見える。
「ええ……。その、まるで女神がそのまま人になられたかのようで……」
最後の方は呟くような囁きだった。
多分ディンに聞かせるつもりはなかったのだろうが、高性能のディンの耳にはばっちりと聞こえてきたのだった。
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