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2 教会で

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 自分の声が教会に響くのを黙って聞いた後、両手が使えるようになったので、試しにお供え物を持ってみる。
 二個しか持てなかった。
 これじゃ口で咥えたのと変わらないじゃないか。
 
「もっと持ちたい……。寒いし」

 ぱっと顔を上げる。
 目の前の女神像にはよく見ると洋服が着せられていた。前合わせで着せることができるような、白い木綿の簡素な衣服でウエストの部分が布で絞られている。その上から赤いポンチョのようなものを被っていた。

「あったかそう」
 
 躊躇なく石像からはぎ取ると、衣服を見様見真似で着込んだ。
 胸がないので布があまり、裾がズルズルと地面を引きずっている。歩きにくいので、裾を前と後ろの真ん中で合わせてぎゅっと縛る。ひらひらしていた裾が、股下に余裕があるズボンのようになった。
 ポンチョにはお供え物を詰め込めるだけ包んで背負う。

「これ貰ってく。ありがとう!」

 像に向かってそう言うと、意気揚々とねぐらへと歩き出したのだった。
 しかし元気に歩けたのは森の出口までだった。
 歩いても歩いても遅々として進まない。走ってみたが、速度も狼と比べて遅すぎる。
 
「疲れたしちょっと休憩……。足も痛いんだけど、人間はどうしてたっけ?」

 はだしだっただろうか?
 多分、とっても足の皮が固いんだろうなと思った。
 
 よいしょ、と足の裏を見てみると白く柔らかそうな肌が土に汚れている。
 大地を踏みしめる爪もないし、どこもかしこも鍛えられた狼の足とは大違いだった。
 黒土の森の中はまだしも、この先にある石や岩の転がる場所なんて、足の裏の痛みでのたうち回る想像しかできなかった。
 ふと狼だった頃の自分を思い出す。

 ーーもっと早く走りたいなぁ。

 するとまたしても瞬きする間に狼の姿に戻っていたのだ。
 自分の変化に呆気にとられたのは一瞬で、なんだ便利じゃん!と荷物と脱げた衣服を咥えて再び歩き出したのだった。




 図らずも衣服を手に入れた最近のディンの楽しみは、人間を近くで観察することだ。
 ディンというのは自分の名前だ。
 
 森にある石の教会の近くに巣を構える梟のモーシュに聞いたら、皆生き物には親からもらった名前があると言っていた。でもディンには名前がない。あったのかもしれないが忘れた。
 それなら新しく人間の名前をつけようと思ったのだ。
 山からも行きやすくて、人間が集まる場所は教会しか知らないディンだったので、教会に向かったのは自然なことだった。
 教会では女神像に向かって「エーディン様」とみんなが言っていた。そこから名前をもらったのだ。
 
 今日は30日に一度の石の教会での集まりの日だ。
 集まる日はその時によって30日だったり、31日だったりするが、だいたいそれくらいで街に住む人たちがわざわざ森の奥にあるこの場所にで祈りをささげに来ていた。
 ディンは先日手に入れた衣服を身に着けて、教会の小窓からこっそりと中をのぞいた。

 ――いっぱい人間がいるぞ。こんなにたくさん人間が街にいるのかな?
 
 ちょうど説教の時間なのか、村の人間よりも質の良さそうな衣装を身にまとった男性が人々の前に出て何かを喋っている。
 何人かいる司祭のうち、金髪の特に目立つ若い男が講壇こうだんに立った時、女性たちから遠慮がちながらも色めき立つ声が聞こえて、ディンは笑いをかみ殺した。

 どうせ話を聞くなら見目麗しい人から聞いたほうが楽しいに決まってる。
 それくらいはディンだってわかった。
 男の金の髪は光を浴びてキラキラと輝き、長いまつげは瞳に影を落としている。静かだが落ち着いた声色はディンにも心地よく聞こえてきた。
 もっとずっと聴いていたいような気になる。

 しばらくすると、年嵩の男と入れ替わり金髪の若い男はどこかへ出て行った。それを残念に思いながらも、次に出てきた背が低くて少しぽっちゃりした優しそうな男を観察し始めた。
 人の良さそうなおじいちゃんと言ったところだ。
 髪がないのを剃っているのか、禿げているのかどうでもいいことを真剣に考えていたせいで、人の気配に気づくことが遅れてしまった。

「よければ中で聴きませんか?」
「わっ!」
 
 飛び上がり、後ろを振り返るとさっき見た金髪の司祭が立っていた。
 見つかった!そう思って驚いたディンだったが、驚いたのは相手の方も同じだったようだった。
 緑の目を大きく開くと、ディンの顔を見つめて動かなくなってしまった。
 ここではないどこかを見ているように、呆然としているようにも見える。

「あ、あの……。ええと、ここで大丈夫です」
「……」

 初めて人と話したので、どぎまぎしてしまう。
 返事がないのを焦ってディンはさらに言葉を重ねた。
 
「ええと、服はごめんなさい。洗って返すので怒らないで……」
「……あ、いえ。あの、この街の方ではない……ですよね?」

 我に返った様子で言う司祭に、ディンは少し困ってしまった。
 街の人間じゃないのだが、それだとまずいだろうか?街の人間と答えたいけれど、相手は確信して聞いているようだった。

「あの、森から来ました」

 結局ふんわりと答えたのだが、それはさらに司祭を混乱させただけだったようだった。
 美しい緑の瞳に困惑の色を浮かべる。

「森ですか……」

 ディンは何かおかしなことを言ってしまったのだと焦った。
 自分は怪しい者じゃないし、ここで見させてもらっていただけだし……。
 拙いながらも、どうにか言葉を重ねたが、上滑りしているような感覚に襲われる。
 うまく言えている自信もなかった。
 段々と彼の瞳を見ているのが怖くなり、視線があちこちとさ迷う。

「あの、ええと、さよならっ!」
「ちょっと待ってください……!」


 そして、彼の続く言葉を聞くのが怖くなり、止める声を振り切ってディンは森へと逃げるように走って行ったのだった。
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