【完結】乙女ゲームの男爵令嬢に転生したと思ったけれど勘違いでした

野々宮なつの

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エピローグ Side アデム殿下

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 たくさんの兄弟姉妹達がいた。
 その中で今でも元気に過ごしているのは何人だろう。
 自分でさえそうなのだ、きっと祖父の時代の王子に産まれた者たちにとってはもっと厳しい状況だっただろう。

 
 自国、アナトリアから初めてやって来た時に買った屋敷は、治安や立地も気に入っているし屋敷自体の古さも味があってすぐに気に入る事ができた。
 室内だけじゃなく、庭もアナトリア風に工事をして自分の気に入る屋敷に仕上げたつもりだった。
 もうすぐこちらの国に居る方が長くなる。
 それなのに。
 もう何年も離れているというのに、アナトリアの焼けつくような強い太陽の光が時々恋しくなるのは何故なのだろう。
 
 主寝室の隣、寛ぐためのプラーベートな空間。
 倉庫から探して持ってこさせた小さな絵は、祖父が子どもの頃のハレムの様子が描かれている。その中に数人の妃とたくさんの王子と姫達。
 画家が描いたんじゃなくて、姫が描いたものだと聞いている。いつか嫁ぐ時に、家族を忘れないように自分で描いたんだそうだ。
 だから絵は拙い。
 けれど、絵の中の人物たちはみんな思い思いにくつろぎ、自然な表情をしている。

 絵の中に小さな王子がいる。これが祖父だと聞いている。
 その側にもっと小さな姫も。祖父によく似た顔立ちをしているから母親が同じなのだろう。

 結局絵を描いた姫は嫁ぐ前に病気で死んでしまったらしい。だから絵だけが残った。
 それを王宮の宝物庫で、埃をかぶっていた中から見つけて自分が貰ったのだ。

 自分もハレムにいられない年齢になると同時に、この国へ少数の供と一緒にやってきた。
 もう二度と故郷へは帰れない。そう言われていた。
 帰ると後継者争いが起こるからだそうだ。

 馬鹿馬鹿しい。
 王座なんてそんなもの、欲しいと思ったことは一度とてないのに。
 でも自分とは関係のない場所で、誰かの思惑に巻き込まれることもあることを自分は知っている。
 今力のある家はどこか。重要な地位にいる者は誰か。近隣諸国との関係はどうなっているのか。好き嫌いという単純な人間関係も絡み合い、闇を抱えながら王宮は複雑なバランスを取っている。

 陽が落ちて、薄暗くなりかけた室内。
 灯りが欲しいと思った時、タイミングよく明かりが灯される。
 いつもそばに控えてくれている従者のベルカントだ。

「殿下、お手紙が届いています」
「どこからだい?」

 仲良くしている姉妹だろうか。
 それともここで出来た貴重な友人から?

「ウゼルリ様の奥方様からです」

 姉だ。
 アナトリア国の重鎮の子息へ正妻として嫁いだ。
 黒髪が美しい、溌溂とした気の強い女性だ。最後に会ったのは、嫁いだばかりなのに国を出る自分を見送りに来てくれた時だった。自分は幼かったが彼女も少女の面影を強く残したままの顔だった。

「なんだろうね」

 手紙を開ける。
 流れるように美しい文字が紙の上に並ぶ。
 格式ばった定型的な挨拶から始まる文を流し読む。
 最後まで読むと、思わず浮かびそうになる笑みを隠さずにベルカントを振り返った。

「どうやら兄上様にご子息がお生まれになったようだよ!」
 
 姫は何人かいたが、王子は初めてだ。
 ようやく。その思いの方が強い。
 
 茶器を下げていたベルカントが顔を上げる。

「だから祝いついでに一度帰って来たらどうかと言ってるね」
「帰られるのですか?」

 子どもの頃から一緒に居る忠臣は、表情を読む限りでは絶対反対のよう。
 手紙をぴらぴらと弄びながら笑うと、ベルカントが近寄り手紙を回収してしまう。

 「さぁ、どうしようかな?」

 半分悩んでいるのは本当だ。
 でも彼はこれから旅支度に忙しくするのだろう。

 僕が彼の考えていることがわかるように、ベルカントも僕の考えが手に取るようにわかるのだろう。

「まぁ、僕は姉上に招待されただけだからねぇ。兄上にも陛下にもお会いするわけじゃないしね。僕もおばあ様に土産話を届けたいしね」

 ベルカントは顰め面をしていたが僕はにやにやと零れる笑みを抑えることができなかった。
 やがて、諦めたようにベルカントはため息を吐きだすと別の事を呟いた。

「ブローチを直して差し上げられますね」
「そうだね」

 ヘルツォ嬢のブローチ。
 青く輝く石。
 アナトリア国は宝石の産出と加工技術で世界一の国だ。どこの国も出来ないこともアナトリアなら出来る。

「――あのブローチも最後のご主人が幸せになれるように頑張ったんだろうね」

 最後に見た時、もうほとんど魔術の気配が感じられなかった。
 どんなものにも永遠なんてない。
 きっと幾日もたたないうちに、あのブローチはただの美しい装飾品になるだろう。
 それでいい。
 
 かけられていた魔術のことを考える。
 「スルタンの気を引く」
 以前、ヘルツォ嬢にはそう言った。
 単純に考えれば「魅了」かと思うけれど、しっくりこない。
 自国の秘密をヘルツォ嬢やライムントへ明かすわけにいかなかったから言えなかったが、王族の男子は昔から「魅了」の魔術にかからないように、防御のアクセサリーを肌身離さずつけている。
 自分だってつけている。スルタンならなおさらそうだろう。

 絵の中の少女をぼんやりと見つめる。
 
 この姫が必要なものはなんだろう?
 王族の女性達は全て自国の都合でどこかへ嫁いでいく。中にはその運命に抗いたいと考える人もいただろう。
 そして絵の中の少女はそれを成し遂げたのか。
 
 一度嫁いだ先から帰るにはどうしたらいい?

「好かれたいじゃなくて、嫌われたい――?」
 
 危険な賭けだ。
 嫌われ過ぎると殺される可能性だってあった。

 頭を振って考えを切り替える。
 わからない時は視点を変えてみるべきだろう。

 ベルカントを振り向く。
 
「山越えとはどんなものだろうかね」 
「私は超えたことがありませんのでわかりませんが……。そういえばこちら側の人達は登れないと思っているみたいですね」
「僕たちの方と比べて険しいんだろうね。山岳民もいないようだし。ライムントがそう言っていたね」

 アナトリア国には複数の山岳民族がいる。
 どれも小さな集団だけれど、山を登る必要がある時は彼らの手を借りることができる。
 とはいえ、わざわざ山に登るなんて、調査目的か今の時代なら登山が趣味の人か……。
 
 それ以外ではこっそり国を抜け出したい人か。
 
「ブローチを見たらおばあ様もうっかり口を滑らせてくれるかもしれないね?」

 帰る日が楽しみだ。
 



 END



 最後までお読みくださりありがとうございました。
 ヒーローとヒロインはラブラブで終わらせようと思っていたのにおかしいな……?^^;
 まぁ、ふたりは両想いなのでそのうちちゃんと付き合うと思います。
 
 読んでくださった方々の、いいねのハートやしおりの反応が励みになり最後まで投稿することができました。
 本当にありがとうございました。
 このお話がちょっとでも皆さんにお楽しみいただけたのなら嬉しいです!
 また次のお話をよろしくお願いします。
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