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29.取り消したいっ!
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ひやりとする空気の中を私はなるべくゆっくりと歩いた。
私に合わせてライムントもゆったりと歩く。
門限とか気温の低さとか気になることはあるけれど、今は好きな人に会えたこの幸運を噛みしめて歩きたかった。
「父が王都に来たのでエンベルの泊まっているホテルに連れて行きました」
「そうか。エンベルはいたか?」
「はい。ホテルにいてくれて助かりました」
にこりと笑顔を作るとライムントも笑みを深めて微笑む。
そこからはぽつぽつとあたりさわりのない会話をしていた。
どんな些細なことでもライムントと話せるのは幸せで。
でもだからこそ、私は気になっていたことを無視できなかった。
「あの、公示を見たのですが婚約解消されたんですね」
「そうだな」
まっすぐ前を見ながらあっさりと答える。
こっちは気合を入れて聞いたつもりだったからその温度差に肩透かしをくらった気分だ。
「エレナ様がフィデリオと婚約なさったのは驚きました。あまり聞かない方が良い事なら黙りますが……」
「別に問題ない。俺とエレナは元々そういう約束だったし、解消したのもフィデリオが18になってすぐしたから……秋にはしてたな」
秋?
じゃあダンスパーティーに誘った時にはもう解消していたのね……。誘う時、エレナ様のことで悩んだのに、そんな必要全くなかったってことじゃない。
「知りませんでした」
思わず出た言葉にライムントは苦笑を浮かべた。
「まぁ、婚約と違って解消はいたずらに広めるものでもないからな」
吐き出した白い息が空へ舞い上がる。
ライムントの落ち着いた静かな声が私の耳朶をくすぐる。
「俺と彼女は元々知り合いで年も同じ位だったから、そういう話は前々からあったんだ。だが俺は興味がなかったし、彼女も上昇志向が強い女性だったから具体的な話は進んでなかった。だがある日、彼女から解消前提で婚約者になって欲しいと言われて。詳しい事は今言えないけれど、いつか必ず教えるからと言われた。俺もその頃には家に来る婚約の打診をいちいち断るのが面倒になっていたから都合が良いと思って了承したんだ」
話を聞きながら私は生徒会室で会ったフィデリオとエレナ様の様子を思い出していた。
気心が知れた関係だけが醸し出す空気感。
あの時、ふたりの間には確かに繋がりのようなものがあった気がする。
「フィデリオと彼女は少し歳が離れているから言い辛かったんだろう」
エレナ様の年齢は知らないけれど、ライムントと近いのなら年齢を理由にフィデリオとエレナ様の仲が反対されることもあるかもしれない。
男性が年上なら問題なくても女性の方は適齢期もあるだろうしね。
いくらフィデリオとエレナ様が真剣でもフィデリオはまだ少年だっただろうし。
エレナ様としてもフィデリオの本気を見極める時間だって欲しかったのかも。
「来年結婚するんでしょうか」
「ああ。高等部卒業の後、式を挙げるらしい」
大学に行くと聞いているので、学生結婚か。
フィデリオなら大学をあっという間にスキップして卒業してしまいそうだ。
「彼女と比べてフィデリオが若すぎることだけが問題だっただろうが、俺とは違ってフィデリオは嫡男だ。それに何よりフィデリオはちゃんと彼女を愛している。彼女の家も文句ないだろう」
何か言いたかったのに、少しだけ突き放すような冷たさを感じて私は黙ってしまった。
「ここだけの話、彼女の両親は娘が仕事に没頭しているのを心配していたから、フィデリオと無事に結婚して本当に安心しただろうと思う」
「そうですか」
石畳の上を歩く足音だけが響く。
ポツポツとある街灯を頼りに歩く。
高等部の広い敷地をぐるり囲んでいる煉瓦の壁沿いに進みながら、ライムントが固い声で言った。
「俺も聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう」
「何かあったのか?」
「――っ」
「エンベルの頬もそうだが、君のお父上も来ているのだろう? もうすぐ休みなのに……」
普通に考えたら何かあったって思うよね。
エンベルの頬だってあんなに腫れてるのだし。
私は呼吸を整えてから、軽い口調で言った。
「あ、婚約破棄されたんです。お父様はその説明に来てくれました」
ただ結婚しなくなっただけ。
私は傷ついてもいないし、泣き暮らしてもいない。
気にしているって思われたくなかった。
だからことさら、何でもないことのように装って言った。
「破棄だと?」
ライムントから怒りを含んだ声が返って来て驚いてしまった。
彼なら「そうか」で終わらせるかと思っていたから。
「どうしてそうなったんだ、もしかしてそれが原因でエンベルの頬が腫れていたのか?」
「あ……」
そこで私はエンベルは何もライムントに言っていなかったことに気が付いた。
図書館で会ったと言っていたから、てっきり少しぼかして話すくらいはしていたのかと思っていた。
ライムントを見つめる。
どういえばいいのか考えをまとめたくて。
その時間が言いよどんでいると感じたのだろう。
ライムントは苦しそうに表情を歪めた。
「エジェ、俺は信用ならない男だろうか?」
「いえ、そんなまさか!」
私がブローチの事を聞きたくて無理やり強引にお願いした日の事は今でも覚えている。
迷惑だったろうし、忙しいライムントの時間を犠牲にさせていた。
それでもやると言った以上は嫌な顔もせず、私のつまらない相談にさえ乗ってくれたりした。
ライムントのことを知れば知る程、彼の優しさを知る。
そうよね、彼には私の精一杯の誠実で返さないといけない。
「すみません、ライムントが言いふらすとかそう思っていたわけじゃないんです。ただ、婚約破棄はやっぱり良い印象はありませんから。ただ言いにくかっただけです」
ライムントが静かに頷く。
「エンベルの顔は私のせいです。一方的に手紙が送られてきたらしく、エンベルが事情を聞きに相手の家まで行ったんだそうです。その時に私の酷い事をたくさん言われたらしくて。腹が立って思わず殴りかかったそうです。でも、あの子あんなひょろひょろですから。殴るどころか返り討ちにされたんです。元婚約者に」
「なんだと?」
「も、もちろん暴力はいけないことです。エンベルにもしっかり言ってきかせますから」
私の言葉にライムントは青い瞳を怒りに染めた。
「そっちなわけあるか! 俺は君の元婚約者に怒ってるんだ!」
「あ」
「君の相手だった人を悪く言いたくはないが、エンベルのような青年を殴ったらどうなるか想像できないわけじゃないだろう」
「ええ。その通りだと思います」
剣幕に私は下を向いて呟いた。
自分の事じゃないのに怒られているような気持になったからだ。
でも、この怒りは私とエンベルの事を思っての怒りだ。
そう考えると嬉しいという気持ちが湧くのを止める事はできなかった。
「すまない、君に怒りをぶつけるのは違った」
「いえ、怒っていただいてありがとうございます」
「――最後にひとつだけ聞かせてほしい。君は元婚約者を愛していたのか?」
「へっ?」
あ、そうか。
私の婚約の経緯を知らないからそういう発想になったのね。
自分は打算の婚約だったのに、私は愛しているって思うのね。なんだか面白い。
「違います! 愛してなんかいません! あれはお父様が田舎故、相手を見つけるのが大変だろうということで探して来てくれたんです。手紙のやりとりはしてましたがそれも義務で……。情なんてありません。絶対に! むしろ婚約がなくなってせいせいしているくらいですから!」
そうは言ったけれど、ライムントの顔は渋いままだった。
どうしよう、もしかして言えば言う程好きだったって肯定しているような感じになっている?
本当は辛いのをけなげに我慢しているように見えるのだろうか。
エンベルに手をあげるような男性だ。ダメ男好きって思われたら嫌すぎる!
「本当にそう思ってるんです。むしろ、そういう煩わしさがなくなって勉強に集中できてうれしいんです! 学院へ来た意義を果たせますもの! 私、もっとたくさん勉強して先生になりたいんです」
そういえば、元婚約者の町の近くでシュミット先生に教師の空きを探してもらっていたんだった。
そのお断りの手紙も書かなきゃ。
今も探してくれているなら急がなきゃいけない。
さすがに評判を落とされているらしい町で教師なんてしたくない!
学院が休みに入る前に手紙を出さなきゃ。ってことは今晩書かなきゃ。年末に入ったら郵便屋さんも届けてくれなくなる。ここからシュミット先生に届くまでどれくらい時間がかかるの? とにかく速達で出さないと!
突然思い出したやることリストに意識を削がれて一瞬沈黙が降りる。
ライムントは視線を地面に落とすと、意を決したような表情で私を見つめた。
「そうか」
「え? ええ」
無意識にぼんやりと呟いていた。
「俺は君の夢を応援したいと思っている。だが同時に君との未来も諦めたくないんだ」
「へ?」
「今君には夢があり、やることがあるというのは知っている。だがほんの少しでいいから俺のことも考えてみてくれないだろうか」
「――!」
声にならない叫びが出た。
これは、今、私は、もしかして告白されている?
「エジェ、好きだ」
「あ、あ、わ……」
意味不明の言葉が口から勝手に零れる。
急に全身の血が勢いよく巡り始めたようだった。
雪が降りそうなほど寒いはずなのに勝手に指先まで熱くなり、それなのに頭への血がさっぱりなのか思考が停止してしまっているよう。
私も好きです!
大好きです!
そう言いたい。
でも、ちょっと待って。私は直前になんて言ったっけ? 「むしろ、そういう煩わしさがなくなって勉強に集中できてうれしいんです!」って言ってたよね?
煩わしいって言った。
婚約が煩わしいって!
ああ、30秒前の私。何てことを言ったのよ。
取り消したい。
今からでも好きって言っていいわよね?
「ライムント、私……」
「エジェがそんな気持ちになれないのはわかっている。婚約解消したばかりだ。授業や弟のこともあるだろう。だが君の卒業まで時間はまだある。良ければ俺にもチャンスをくれないだろうか」
「あ……、チャンスだなんてそんな……」
青い瞳が今まで見たことのない色を浮かべて私を見つめている。
好きです! 大好きです! って言いたい。
でもね、こんな真摯に伝えてくれる人にさっきのは間違いですって言える?
私は言えなかった。
まるでコロコロ意見を変える意思のない人間のようじゃない……。
だから、せめて……、せめてなるべく早く自分の気持ちをちゃんと伝えようと思ったのだった。
私に合わせてライムントもゆったりと歩く。
門限とか気温の低さとか気になることはあるけれど、今は好きな人に会えたこの幸運を噛みしめて歩きたかった。
「父が王都に来たのでエンベルの泊まっているホテルに連れて行きました」
「そうか。エンベルはいたか?」
「はい。ホテルにいてくれて助かりました」
にこりと笑顔を作るとライムントも笑みを深めて微笑む。
そこからはぽつぽつとあたりさわりのない会話をしていた。
どんな些細なことでもライムントと話せるのは幸せで。
でもだからこそ、私は気になっていたことを無視できなかった。
「あの、公示を見たのですが婚約解消されたんですね」
「そうだな」
まっすぐ前を見ながらあっさりと答える。
こっちは気合を入れて聞いたつもりだったからその温度差に肩透かしをくらった気分だ。
「エレナ様がフィデリオと婚約なさったのは驚きました。あまり聞かない方が良い事なら黙りますが……」
「別に問題ない。俺とエレナは元々そういう約束だったし、解消したのもフィデリオが18になってすぐしたから……秋にはしてたな」
秋?
じゃあダンスパーティーに誘った時にはもう解消していたのね……。誘う時、エレナ様のことで悩んだのに、そんな必要全くなかったってことじゃない。
「知りませんでした」
思わず出た言葉にライムントは苦笑を浮かべた。
「まぁ、婚約と違って解消はいたずらに広めるものでもないからな」
吐き出した白い息が空へ舞い上がる。
ライムントの落ち着いた静かな声が私の耳朶をくすぐる。
「俺と彼女は元々知り合いで年も同じ位だったから、そういう話は前々からあったんだ。だが俺は興味がなかったし、彼女も上昇志向が強い女性だったから具体的な話は進んでなかった。だがある日、彼女から解消前提で婚約者になって欲しいと言われて。詳しい事は今言えないけれど、いつか必ず教えるからと言われた。俺もその頃には家に来る婚約の打診をいちいち断るのが面倒になっていたから都合が良いと思って了承したんだ」
話を聞きながら私は生徒会室で会ったフィデリオとエレナ様の様子を思い出していた。
気心が知れた関係だけが醸し出す空気感。
あの時、ふたりの間には確かに繋がりのようなものがあった気がする。
「フィデリオと彼女は少し歳が離れているから言い辛かったんだろう」
エレナ様の年齢は知らないけれど、ライムントと近いのなら年齢を理由にフィデリオとエレナ様の仲が反対されることもあるかもしれない。
男性が年上なら問題なくても女性の方は適齢期もあるだろうしね。
いくらフィデリオとエレナ様が真剣でもフィデリオはまだ少年だっただろうし。
エレナ様としてもフィデリオの本気を見極める時間だって欲しかったのかも。
「来年結婚するんでしょうか」
「ああ。高等部卒業の後、式を挙げるらしい」
大学に行くと聞いているので、学生結婚か。
フィデリオなら大学をあっという間にスキップして卒業してしまいそうだ。
「彼女と比べてフィデリオが若すぎることだけが問題だっただろうが、俺とは違ってフィデリオは嫡男だ。それに何よりフィデリオはちゃんと彼女を愛している。彼女の家も文句ないだろう」
何か言いたかったのに、少しだけ突き放すような冷たさを感じて私は黙ってしまった。
「ここだけの話、彼女の両親は娘が仕事に没頭しているのを心配していたから、フィデリオと無事に結婚して本当に安心しただろうと思う」
「そうですか」
石畳の上を歩く足音だけが響く。
ポツポツとある街灯を頼りに歩く。
高等部の広い敷地をぐるり囲んでいる煉瓦の壁沿いに進みながら、ライムントが固い声で言った。
「俺も聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう」
「何かあったのか?」
「――っ」
「エンベルの頬もそうだが、君のお父上も来ているのだろう? もうすぐ休みなのに……」
普通に考えたら何かあったって思うよね。
エンベルの頬だってあんなに腫れてるのだし。
私は呼吸を整えてから、軽い口調で言った。
「あ、婚約破棄されたんです。お父様はその説明に来てくれました」
ただ結婚しなくなっただけ。
私は傷ついてもいないし、泣き暮らしてもいない。
気にしているって思われたくなかった。
だからことさら、何でもないことのように装って言った。
「破棄だと?」
ライムントから怒りを含んだ声が返って来て驚いてしまった。
彼なら「そうか」で終わらせるかと思っていたから。
「どうしてそうなったんだ、もしかしてそれが原因でエンベルの頬が腫れていたのか?」
「あ……」
そこで私はエンベルは何もライムントに言っていなかったことに気が付いた。
図書館で会ったと言っていたから、てっきり少しぼかして話すくらいはしていたのかと思っていた。
ライムントを見つめる。
どういえばいいのか考えをまとめたくて。
その時間が言いよどんでいると感じたのだろう。
ライムントは苦しそうに表情を歪めた。
「エジェ、俺は信用ならない男だろうか?」
「いえ、そんなまさか!」
私がブローチの事を聞きたくて無理やり強引にお願いした日の事は今でも覚えている。
迷惑だったろうし、忙しいライムントの時間を犠牲にさせていた。
それでもやると言った以上は嫌な顔もせず、私のつまらない相談にさえ乗ってくれたりした。
ライムントのことを知れば知る程、彼の優しさを知る。
そうよね、彼には私の精一杯の誠実で返さないといけない。
「すみません、ライムントが言いふらすとかそう思っていたわけじゃないんです。ただ、婚約破棄はやっぱり良い印象はありませんから。ただ言いにくかっただけです」
ライムントが静かに頷く。
「エンベルの顔は私のせいです。一方的に手紙が送られてきたらしく、エンベルが事情を聞きに相手の家まで行ったんだそうです。その時に私の酷い事をたくさん言われたらしくて。腹が立って思わず殴りかかったそうです。でも、あの子あんなひょろひょろですから。殴るどころか返り討ちにされたんです。元婚約者に」
「なんだと?」
「も、もちろん暴力はいけないことです。エンベルにもしっかり言ってきかせますから」
私の言葉にライムントは青い瞳を怒りに染めた。
「そっちなわけあるか! 俺は君の元婚約者に怒ってるんだ!」
「あ」
「君の相手だった人を悪く言いたくはないが、エンベルのような青年を殴ったらどうなるか想像できないわけじゃないだろう」
「ええ。その通りだと思います」
剣幕に私は下を向いて呟いた。
自分の事じゃないのに怒られているような気持になったからだ。
でも、この怒りは私とエンベルの事を思っての怒りだ。
そう考えると嬉しいという気持ちが湧くのを止める事はできなかった。
「すまない、君に怒りをぶつけるのは違った」
「いえ、怒っていただいてありがとうございます」
「――最後にひとつだけ聞かせてほしい。君は元婚約者を愛していたのか?」
「へっ?」
あ、そうか。
私の婚約の経緯を知らないからそういう発想になったのね。
自分は打算の婚約だったのに、私は愛しているって思うのね。なんだか面白い。
「違います! 愛してなんかいません! あれはお父様が田舎故、相手を見つけるのが大変だろうということで探して来てくれたんです。手紙のやりとりはしてましたがそれも義務で……。情なんてありません。絶対に! むしろ婚約がなくなってせいせいしているくらいですから!」
そうは言ったけれど、ライムントの顔は渋いままだった。
どうしよう、もしかして言えば言う程好きだったって肯定しているような感じになっている?
本当は辛いのをけなげに我慢しているように見えるのだろうか。
エンベルに手をあげるような男性だ。ダメ男好きって思われたら嫌すぎる!
「本当にそう思ってるんです。むしろ、そういう煩わしさがなくなって勉強に集中できてうれしいんです! 学院へ来た意義を果たせますもの! 私、もっとたくさん勉強して先生になりたいんです」
そういえば、元婚約者の町の近くでシュミット先生に教師の空きを探してもらっていたんだった。
そのお断りの手紙も書かなきゃ。
今も探してくれているなら急がなきゃいけない。
さすがに評判を落とされているらしい町で教師なんてしたくない!
学院が休みに入る前に手紙を出さなきゃ。ってことは今晩書かなきゃ。年末に入ったら郵便屋さんも届けてくれなくなる。ここからシュミット先生に届くまでどれくらい時間がかかるの? とにかく速達で出さないと!
突然思い出したやることリストに意識を削がれて一瞬沈黙が降りる。
ライムントは視線を地面に落とすと、意を決したような表情で私を見つめた。
「そうか」
「え? ええ」
無意識にぼんやりと呟いていた。
「俺は君の夢を応援したいと思っている。だが同時に君との未来も諦めたくないんだ」
「へ?」
「今君には夢があり、やることがあるというのは知っている。だがほんの少しでいいから俺のことも考えてみてくれないだろうか」
「――!」
声にならない叫びが出た。
これは、今、私は、もしかして告白されている?
「エジェ、好きだ」
「あ、あ、わ……」
意味不明の言葉が口から勝手に零れる。
急に全身の血が勢いよく巡り始めたようだった。
雪が降りそうなほど寒いはずなのに勝手に指先まで熱くなり、それなのに頭への血がさっぱりなのか思考が停止してしまっているよう。
私も好きです!
大好きです!
そう言いたい。
でも、ちょっと待って。私は直前になんて言ったっけ? 「むしろ、そういう煩わしさがなくなって勉強に集中できてうれしいんです!」って言ってたよね?
煩わしいって言った。
婚約が煩わしいって!
ああ、30秒前の私。何てことを言ったのよ。
取り消したい。
今からでも好きって言っていいわよね?
「ライムント、私……」
「エジェがそんな気持ちになれないのはわかっている。婚約解消したばかりだ。授業や弟のこともあるだろう。だが君の卒業まで時間はまだある。良ければ俺にもチャンスをくれないだろうか」
「あ……、チャンスだなんてそんな……」
青い瞳が今まで見たことのない色を浮かべて私を見つめている。
好きです! 大好きです! って言いたい。
でもね、こんな真摯に伝えてくれる人にさっきのは間違いですって言える?
私は言えなかった。
まるでコロコロ意見を変える意思のない人間のようじゃない……。
だから、せめて……、せめてなるべく早く自分の気持ちをちゃんと伝えようと思ったのだった。
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