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23.忘れられない

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 会場から聞こえてくる音楽に合わせてゆっくりと踊る。
 
 繋いでいる手が熱く、いつもよりもライムントと距離が近くて。
 呼吸する息さえうるさいような気がして。 
 この早鐘のようになる心臓の音も聞かれているんじゃないかって不安になる。こんな馬鹿みたいに鳴り響く音を聞かれたら、正気じゃいられないと思うから。
 
 慣れないダンス。ときどき間違えてもたつくけれど、ライムントは怒ることもなくやさしく教えてくれる。

「焦らなくていい」
「はい」

 右足、左足と動かす。
 下をむきがちになる視線を時々注意される。

「下じゃない。俺を見ろ」
「――はい」

 そんな意味じゃない。
 わかっているのに勝手に私の心が騒ぎだす。
 美しい青の瞳がライトの反射で燃えるように輝いている。
 その瞳の中に私が映っているのが不思議な気持ちだった。

 庭に出た時は寒さも感じていたのに、今は寒さもなくて、ただライムントの手の暖かさやリードの安心感とか。感じるのはそんなことだけだった。
 
 多分、私のせいだったと思う。
 彼の美しい瞳に見惚れて、躓いたんだと思う。

 気が付いた時には私はライムントの腕の中にいた。
 
「あ」

 腕の中でひとつ息をする。
 甘苦い香りが鼻をくすぐる。香水かな。珍しい。
 色気と重厚感のある香りだった。

 ライムントの腰に回されていた手がするりと肩甲骨をなぞり、首筋、そして垂らしていた髪に触れる。
 私は小さく震えてライムントを見上げた。
 白磁のような肌が少しだけ赤みがかり、小さな呼吸の音が聞こえる。
 のどぼとけが上下したのが見えた。

 ライムントは私の髪を持ち上げると瞳を伏せて口元へ触れさせた。

 私の心臓が跳ねあがる。

「リボン、使ってくれているんだな。似合っている」

 私はゆっくりと身体を離すとライムントを見上げた。

「このリボン、私の宝物なんです。ありがとう、ライムント」
 
 彼の瞳の奥に不思議な色が見えた気がした。
 けれど私は今それを追求する気持ちにはなれなくて。

 私は下を向いて小さく言った。

「疲れたから休憩室に行きますね」
「一緒に行こう」
「いえ、お化粧もなおしたいから。ライムントも喉乾いたでしょう、休んでくださいね。後でまた合流しましょう」
 
 身を翻すと速足で会場の中を通り過ぎ、階段の影の薄暗い場所でうずくまる。
 顔を両手で覆う。
 勝手に滲みだす視界に抗いたくて、上を向いた。

 何故だろう。
 私の望みは一度だけでいいからライムントとダンスをすることだったはずだ。
 それなのに、今はもっと他の欲望が顔を出している。
 どうしてこんなに欲深いの?

 身の程知らずな際限のない欲望が私の心を苦しめる。
 
 「嬉しいかったのに、辛いの……」

 頼んだのは私。
 理不尽な八つ当たりだってわかってる。
 
 でもね、どうして私に想い出をくれるようなことをしたの?
 
 忘れられないじゃない。
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