【完結】乙女ゲームの男爵令嬢に転生したと思ったけれど勘違いでした

野々宮なつの

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19.可愛い人

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 新学期が始まると、驚くことが起きた。

 教室に入るとローザリンデ様が近づいてきて私に挨拶をしてきたのだ。
 驚きながらもどうにか挨拶を返す私に、「何か困ったことがあったらわたくしに聞いても良くてよ」とツンとそっぽを向きながらも言ってくれた。

 私の目の端に、驚いている他の生徒達の顔が見える。
 私もそんな顔して驚きたい。
 変な表情にならないように「お心遣いありがとうございます」と言ったら、ローザリンデ様は満足そうに頷いてらした。

 これが世に言うツンデレってやつ?
 なんだか可愛いかもしれないと思ってしまったのは内緒だ。ローザリンデ様、多分不機嫌になるから。

 そこから、教室の雰囲気が私にとってぐっと優しくなったのは言うまでもない。

 * * *

 「何か困ったら何でも聞いて」と言われたので、私は早速休暇中にローザリンデ様が言っていたダンスパーティーのことを聞くことにした。
 カフェに誘うと気難しそうな顔で「いいわよ」と言われたが頬が緩んでいて、精いっぱい嬉しさを隠そうとしているのが見てわかる。

 可愛らしい人なのだ。ローザリンデ様は。私もようやく彼女のことがわかってきた気がする。

「わたくしローズティーにするわ。あなたもそうしたらどう?」
「では同じものを」
「ローズティー3つですね」
 
 以前、ハンカチをローザリンデ様へ渡してくれたコルネリア様も一緒にカフェへやって来た。
 給仕係へ注文をしてくれる。

「それで、ダンスパーティーについてだったかしら?」
「はい。ダンスパーティー自体の詳細もお伺いしたいんですが、それよりもドレスのことが……」
「うちの仕立て屋に行く?」

 ローザリンデ様の瞳が期待で光る。
 申し訳ないと思いながらもそれは丁重にお断りさせていただく。お金がないんだってば。

「じゃあ何かしら?」
「あの、私自分で古着を手直しして着ようと思っているんです。ただ、どういうデザインに仕立て直せばいいのかわからなくて。流行にもお詳しいローザリンデ様からご教授いただけたらと思いまして」

 ローザリンデ様が胸をはって誇らしそうにしている。

「まぁね! 王妃様のドレスのデザイナーに私もお願いしているもの」

 コルネリア様が微笑ましそうにしながら、紙とペンを取り出した。
 机の上を滑る紙は滑らかでざらつきがなく、ペンは羽ペンじゃない。
 ペン先が金属のペンだった。

「ローザ様、絵を描いて差し上げたらどうでしょう?」
「そうね」

 コルネリア様からペンを受け取ったローザリンデ様がするするとドレスの形を描きだす。
 白い指が動くと、あっという間にふくらみを持たせたドレスのシルエットがあらわれた。
 特徴を掴んでいてわかりやすい。

「王妃様のようなドレスを着たくなるかもしれないけれど、学院のパーティーだからあまり華美すぎるのはご法度よ。パートナーと踊るでしょうし、ドレスの裾の長さには気を付けなさいね。自分で踏んで転ぶなんて恥ずかしいわよ」
「ぱ、パートナーですか?」

 ローザリンデ様が筆を止め、何を当然のことを? といった表情で私を見つめてくる。
 コルネリア様も不思議そうな表情だ。

「ええ。パートナーがいなくてどうやってダンスするの? ああ、わたくしは殿下と出席するけれど、婚約者じゃなきゃなんて決まりはないのよ。そうよね、コルネリア?」
「ええ。学生の気楽なパーティーだと思っていただければ。私は兄に頼む予定です。親族でもいいんですよ」

 そうなんだ、ありがたい……。でも弟をここまで呼ぶなんてできないな。
 それに気楽のイメージが私にはつかめない。
 気楽なら制服でよくないかしら……?

「ダンスも授業でやると聞いているわ」
「そうなのですね、安心しました……」
「仲良くしている殿方にお願いしたらいいじゃない。あなた、フィデリオと親しくしているならお願いしたらどう?」
「婚約者もいないはずですから、気を遣う必要もありませんよ。ああ、もちろん婚約者がいる人でも相手が学院に通っていなければ誰か親しくしている異性に頼んでますし、身元が確かなら誰を呼んでも大丈夫ですよ。本当に重苦しく考える必要ないですからね」

 コルネリア様が柔らかい表情で頷いてくれる。
 フィデリオか。

「そういえば参加してもしなくてもいいしね」
「そうですね。面倒だからと出ない人もいますよ。卒業パーティーとは違いますし」

 卒業パーティー? また知らないイベントが出てきた。
 
 ローザリンデ様が視線を紙に戻すとさらさらと文字を書き加える。
 クセがあるけれど、綺麗な文字だ。
 
「ドレスの形はベル型が定番ね。でも形よりも素材に気を付けなさいよ。着るのは冬なんだから。あ、でも室内は暖かいから。それから手袋を忘れないでよ、もちろん毛糸の手袋じゃないのは言われなくてもわかるわよね」
 
 じろりと見られてカクカクと頷く。
 防寒用じゃないんですよね、わかります。

「そういえばドレス、古着を自分で仕立て直すなんて凄いわね」
「ええ、本当に。私もローザ様も嗜みとして刺繍はしますけれど」

 私はドレスの絵から視線をローザリンデ様へ移した。

「洋服は母が作ってくれていたんです。だから私も母に習っていて。豪華な物は直せませんけれど、シンプルなものならなんとかなると思いまして」
 
 おふたりが目を見開いて驚いている。
 上流階級のおふたりだ。
 母親が洋服を作るなんて聞いたことがなかったのだろう。
 馬鹿にされるとは思っていないけれど、何を言われるかとドキドキしているとローザリンデ様が口を開いた。

「そう、じゃああなたがドレスを買ったら見せてちょうだい。その後にアドバイスできることもあると思うわ」
「ええ。ドレスに合わせる小物なんかの助言もできますものね」

 おふたりは私の目を見るとにっこりと笑った。
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