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18.石が選ぶ

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「そうなの?」
「は?」

 殿下が目を丸くし、ライムント先生が紅茶を噴き出しそうになっていた。
 ガチャン、と音を立てカップをソーサーに置くとゴホゴホと咳をして口元をハンカチで押さえている。

「ん? その様子だとライムントは気が付いていなかったの?」

 アデム殿下が咳き込む先生に、子どもがおもちゃを見つけた時のような表情で問いかける。

「どうしてそう思ったんだ?」

 訝し気に私を見つめる。
 
「ええと、あの、一度目は研究室です。アデム殿下がいらしたときに、ぼんやりとしている時があって」

 些細な事だったし、忘れてしまっていてもおかしくない。

「二回目は、伯母の家から帰って来た時です。ロバ小屋で……。暑かったので先生が立ち眩みを起こされた時です」

 私の遠まわしな言葉に、先生も気が付いたようで顔をかすかに赤くすると目を泳がせた。

「あ、あの時か……」
「はい! ですから気にしないでいただきたいのです。むしろお世話になっているのに巻き込んでしまって。ずっと言えなくて申し訳ありませんでした!」
「いや……」

 私と先生に漂う微妙な雰囲気に気が付いたのか、殿下がさらに笑みを深くしている。

「ライムントは何も気が付かなかったんだね」
「そうだな、違和感は感じなかった……何故だろう」

 先生が腕を組み、困惑顔で首を捻る。

「例えば操られているとかそんな感覚はなくて、不自然に感じなかったという事かな?」
「そうだ」

 先生がぼんやりと呟く。
 うろうろと彷徨っていた視線が、庭の一点を見つめているようだった。

「あれは俺の感情だった。俺がしたくて……」
「先生っ!」

 私は両手をテーブルについて慌てて遮るように声を上げた。
 何を言うつもりなの!

「あぁ、す、すまない」
「なるほどね」

 にやにやと意地悪な笑みを浮かべたまま殿下が言う。
 
 そういえば、殿下のおばあ様の持ち物なら聞いたら教えていただけるのでは?
 一瞬、良い考えだと思ったけれど殿下がそれに気が付かないわけがない。それなのに言い出さないということは、多分聞けないということなのだろう。
 殿下は10年以上帰っていないと言っていた。

 私は別の事を聞くことにした。

「その、先生は気が付かなかったとおっしゃいましたが、自分でもわからないものなのでしょうか?」
「魔術にかかっているって自分で気が付くような物、とんだ三流品だね」

 殿下が何を当たり前のことを? みたいな顔をしている。
 
「……言われてみればそうですね。では、ブローチの魔法がかかる基準の方を聞いてもいいですか? 例えば、ブローチは殿下や従者の方、他にも多くの方々とお会いしている時にも持っていました。でも、先生のような状態になった方はどなたもいらっしゃいませんでした」
「うんうん」

 殿下が目を輝かせてライムント先生を見る。
 ライムント先生が、思い出すように考えながら口を開いた。
 
「そうなのか……。単純に考えたら、俺が何かしら発動する条件を満たしたのだろう。よくありそうなのはキーワードといった短い言葉だが」
「キーワードですか」

 ブローチが入っていた革の宝石箱を手に取った。
 この中に何か書いていたりするかもと思ったけれど、当然そんなものはなかった。
 ブローチの裏側にでも書いてあるかな?

「見せてもらえるかい?」
「どうぞ」
 
 殿下が手を出したので宝石箱を渡す。
 小さな革の箱を触りながら確かめ、蓋を開くと現れる刺繍に目を眇めている。
 
「ラーレの刺繍だね。君のおばあ様が刺したのかな」

 刺繍を触りながら、まるで独り言のようにぽつりと言った。
 
 ラーレ?
 ああ、チューリップのことを殿下の母国ではラーレと言うのね。

 刺繍を誰が刺したのかわからなくて、私は小さく謝った。
 殿下はそれに小さく微笑むと、首を振った。答えは期待していなかったようだった。
 
 宝石箱を私の手に戻すと、殿下はライムント先生を見ながら言った。
 
「もしかして何もないのかもよ?」
「え?」
「発動する切っ掛け。石が相手を選んだのかも」
 
 そんなまさか。そう言いかけて私は黙った。
 そういえば、ブローチを譲ってもらった時も、伯母様が似たようなことを言っていたと思い出したからだった。

 黙り込んだ私とライムント先生を交互に見た殿下は、従者の人に何か言付けると私達へ明るい声で言った。
 
「さて、そろそろ陽も陰ってきたし、気分を変えて僕の家の美術品でもみないかい? 美術館にもない自慢の品物たちだからね、お客様には見せびらかすことにしているんだ」
「美術品ですか?」
「ああ。それにおばあ様の肖像画もあるからヘルツォ嬢には是非みてもらいたいな。どう?」

 おばあ様のお友達!
 見てみたい!

「ええ、是非!」

 私の元気の良い返事に殿下は満足そうに頷いたのだった。
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