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11.ローザリンデ様
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翌日の放課後。
私は音楽室へ向かっていた。
ピアノの自主練習だ。
授業は一部の学年毎の共通科目を除いて、個人でその他の科目を選んで履修している。
だから選択科目は意外と少人数で行われていたりする。
私は、完全に前世のイメージで選択科目に音楽を選んでしまった。そのせいで、落第の危機なのだ。
落第は言い過ぎだった。でも成績は期待できない。
だって楽器が弾けないから!
私は前世も今世も楽器は習っていないのだ。
どうして音楽は楽器を弾けることが条件です。って説明に書いていてくれなかったの……。
それに、音楽理論も意味不明だ。
もっと音楽って気楽に受けられるんだと思ってたのに。全然イメージと違った。
私はブツブツと恨み言を呟いていると、廊下の陰から急に人影が現れた。
思わず飛びのく。
「きゃっ!」
金髪のロングヘアが美しい少女。
ローザリンデ様だ。
珍しいことにひとりきりだった。いつものご学友たちがいない。
気が強そうな視線が私を貫く。
「失礼いたします」
私は軽く膝を折り礼をするとそそくさと先を急ぐことにした。
私はあの除草作業で生徒会長と知り合ってから、ローザリンデ様に近付かないように気を使っていた。触らぬ神に祟りなし、だもの。
「待って」
透明感のある美しい声に私はぴたりと足を止めた。
振り返り視線を合わせる。
「聞きたいことがあるの。少し時間を頂けるかしら?」
それって拒否権あります?
* * *
私たちは学院内のカフェテリアに来た。
放課後だから生徒はほとんどいない。
少しだけいる生徒も私達のことは気にしていないようだった。
当たり障りのない会話をしていたが、紅茶が運ばれるとローザリンデ様は眉をきゅっと吊り上げた。
「最近、生徒会室に入り浸ってるそうね。何をしているか教えてくださる?」
掲示板で呼び出された後も何度か今後について打ち合わせをしていた。そのことだろう。
ローザリンデ様と私の身分差は分かっている。
でも私はその高慢な言い方にムッとしてしまった。
そもそもは生徒会の皆様からお願いされたようなものだし、何も咎められるようなことはしていない。
「生徒会の皆様と、来年プロジェクトで来る予定の子たちのサポートについて打ち合わせをしています」
ローザリンデ様が大きく目を見開いた。
そうすると、大きな目がさらに大きくなりあどけなさが際立つ。
「打ち合わせ?」
後で不敬だって怒られたらどうしよう。
そう思ったのは一瞬だった。
だってアデム殿下や生徒会の面々、ライムント先生と日々話してるのよ? 公爵令嬢だとしても女の子ひとりと会話するのに怯えるなんていまさらだわ。
ライムント先生が言っていた「立場の違う学生を受け入れることで学生達の幅広い視野や考え方の育成を狙っている」んなら、これだって田舎の男爵娘が公爵令嬢に与える幅広い視野ってやつでしょ!
破れかぶれ。私はほとんどそういう気分だった。
聞かれるままに話せる内容をローザリンデ様へ話した。
全て話終わると、ローザリンデ様は目を伏せて呟いた。
「そうだったのね」
なんとなく落ち込んでいるようにも見える。
いつも気丈な彼女が見せる表情と全然違う。
「わたくし、全然知らなかったわ」
私は首を傾げた。
「あなたは殿下のお役に立ってるのね。それに比べてわたくしは……」
ローザリンデ様はしゅん、と眉を下げた。そうすると年よりも幼く見えて可愛らしく、庇護欲をそそられるようだ。
ローザリンデ様に抱いていたイメージがガラリとかわる。
年相応のただの女の子のよう。
「ローザリンデ様?」
「あのね、わたくし公爵家の娘で殿下の婚約者なのよ」
「存じてます」
「学院に通い出した時、わたくし拍子抜けしたの。だっていつも会う人達と変わらないって思ったから。いつもいるお友達は変わらずいてくれるし、どの学年も知っている方々ばかりだったもの。家庭教師からじゃなくって皆さんでお勉強するだけって」
「はい」
私は見守るような気持でローザリンデ様の言葉に頷いた。
「だからわたくし、高等部になってあなたに話しかけられて驚いたわ」
「そうなのですか」
「ええ。だって、皆さんわたくしじゃなくてお友達に話しかけるのが当たり前だったから」
ちょっとはにかむような、困ったような表情だった。
そっか、社交の場では自分よりも身分の高い人に話しかけるのはマナー違反だ。話しかけてくれるのを待つのだとか。
ローザリンデ様の年齢だったらまだ本格的な社交界には出ていないかもしれない。でも似たような集まりには行くだろう。
その時、ローザリンデ様に用事がある人は話しかけられるのを待つのか、取り巻きのお友達に話しかけるのだろう。
社交の場で会う人と学院でも会うのなら、確かに社交の場でのルールがそのまま学院でも適応されていると考えてしまってもおかしくないかもしれない。実際、皆暗黙のルールとして緩やかに守っていたようだし。
でも学院としてはそれを良しとしていなくて。それで高等部からは留学生なんかを積極的に受け入れているんだろうな。
「殿下が今までよく身分の差なく関わり、見識を深めたいっておっしゃってた本当の意味なんて理解してなかった。わたくしも殿下をお支えするために、考えを変えないといけないのよね」
そう言うと、ローザリンデ様は頬をちょっと赤くしながら私を見つめた。
「ハンカチーフ助かりましたわ」
なんだ、高慢で嫌な子かと思ったらそんなことはなかった。
私は思いがけないローザリンデ様の一面を知れて、心が温かくなるのを感じたのだった。
「ねぇ、ついでといっては何だけど、もう一つ聞きたいことがあるのよ」
「何でしょうか?」
「どうして図書館で勉強しているの?」
それは寮の自室で勉強したらいいということ?
それともフィデリオと勉強していることについて遠まわしに言われてるの?
質問の意味がいまいちよくわからなくて困惑しながら答える。
「本があるのですぐに調べられて図書館の方が便利なのです」
「そうなのね」
ローザリンデ様はいまいち納得がいかない様子だ。
「でも屋敷で家庭教師に聞いた方が分かりやすいんじゃなくて?」
その瞬間、雷に打たれたような衝撃だった。
家庭教師!
私は寮に入っているけれど、寮を使っている子は実はごく一部だった。大多数の女の子は王都に所有している邸宅から馬車で通っているのだ。
ローザリンデ様はきっと学院から帰ったら家庭教師と勉強をしているのだろう。
「私は寮に入っているので家庭教師はいません」
今度はローザリンデ様の方が衝撃を受けたような表情をしていた。
家庭教師がいないってそんなに驚くことかな……。
でもローザリンデ様のお友達はきっと同じ家格の子女だろうから知らなかったのかもね。
私は音楽室へ向かっていた。
ピアノの自主練習だ。
授業は一部の学年毎の共通科目を除いて、個人でその他の科目を選んで履修している。
だから選択科目は意外と少人数で行われていたりする。
私は、完全に前世のイメージで選択科目に音楽を選んでしまった。そのせいで、落第の危機なのだ。
落第は言い過ぎだった。でも成績は期待できない。
だって楽器が弾けないから!
私は前世も今世も楽器は習っていないのだ。
どうして音楽は楽器を弾けることが条件です。って説明に書いていてくれなかったの……。
それに、音楽理論も意味不明だ。
もっと音楽って気楽に受けられるんだと思ってたのに。全然イメージと違った。
私はブツブツと恨み言を呟いていると、廊下の陰から急に人影が現れた。
思わず飛びのく。
「きゃっ!」
金髪のロングヘアが美しい少女。
ローザリンデ様だ。
珍しいことにひとりきりだった。いつものご学友たちがいない。
気が強そうな視線が私を貫く。
「失礼いたします」
私は軽く膝を折り礼をするとそそくさと先を急ぐことにした。
私はあの除草作業で生徒会長と知り合ってから、ローザリンデ様に近付かないように気を使っていた。触らぬ神に祟りなし、だもの。
「待って」
透明感のある美しい声に私はぴたりと足を止めた。
振り返り視線を合わせる。
「聞きたいことがあるの。少し時間を頂けるかしら?」
それって拒否権あります?
* * *
私たちは学院内のカフェテリアに来た。
放課後だから生徒はほとんどいない。
少しだけいる生徒も私達のことは気にしていないようだった。
当たり障りのない会話をしていたが、紅茶が運ばれるとローザリンデ様は眉をきゅっと吊り上げた。
「最近、生徒会室に入り浸ってるそうね。何をしているか教えてくださる?」
掲示板で呼び出された後も何度か今後について打ち合わせをしていた。そのことだろう。
ローザリンデ様と私の身分差は分かっている。
でも私はその高慢な言い方にムッとしてしまった。
そもそもは生徒会の皆様からお願いされたようなものだし、何も咎められるようなことはしていない。
「生徒会の皆様と、来年プロジェクトで来る予定の子たちのサポートについて打ち合わせをしています」
ローザリンデ様が大きく目を見開いた。
そうすると、大きな目がさらに大きくなりあどけなさが際立つ。
「打ち合わせ?」
後で不敬だって怒られたらどうしよう。
そう思ったのは一瞬だった。
だってアデム殿下や生徒会の面々、ライムント先生と日々話してるのよ? 公爵令嬢だとしても女の子ひとりと会話するのに怯えるなんていまさらだわ。
ライムント先生が言っていた「立場の違う学生を受け入れることで学生達の幅広い視野や考え方の育成を狙っている」んなら、これだって田舎の男爵娘が公爵令嬢に与える幅広い視野ってやつでしょ!
破れかぶれ。私はほとんどそういう気分だった。
聞かれるままに話せる内容をローザリンデ様へ話した。
全て話終わると、ローザリンデ様は目を伏せて呟いた。
「そうだったのね」
なんとなく落ち込んでいるようにも見える。
いつも気丈な彼女が見せる表情と全然違う。
「わたくし、全然知らなかったわ」
私は首を傾げた。
「あなたは殿下のお役に立ってるのね。それに比べてわたくしは……」
ローザリンデ様はしゅん、と眉を下げた。そうすると年よりも幼く見えて可愛らしく、庇護欲をそそられるようだ。
ローザリンデ様に抱いていたイメージがガラリとかわる。
年相応のただの女の子のよう。
「ローザリンデ様?」
「あのね、わたくし公爵家の娘で殿下の婚約者なのよ」
「存じてます」
「学院に通い出した時、わたくし拍子抜けしたの。だっていつも会う人達と変わらないって思ったから。いつもいるお友達は変わらずいてくれるし、どの学年も知っている方々ばかりだったもの。家庭教師からじゃなくって皆さんでお勉強するだけって」
「はい」
私は見守るような気持でローザリンデ様の言葉に頷いた。
「だからわたくし、高等部になってあなたに話しかけられて驚いたわ」
「そうなのですか」
「ええ。だって、皆さんわたくしじゃなくてお友達に話しかけるのが当たり前だったから」
ちょっとはにかむような、困ったような表情だった。
そっか、社交の場では自分よりも身分の高い人に話しかけるのはマナー違反だ。話しかけてくれるのを待つのだとか。
ローザリンデ様の年齢だったらまだ本格的な社交界には出ていないかもしれない。でも似たような集まりには行くだろう。
その時、ローザリンデ様に用事がある人は話しかけられるのを待つのか、取り巻きのお友達に話しかけるのだろう。
社交の場で会う人と学院でも会うのなら、確かに社交の場でのルールがそのまま学院でも適応されていると考えてしまってもおかしくないかもしれない。実際、皆暗黙のルールとして緩やかに守っていたようだし。
でも学院としてはそれを良しとしていなくて。それで高等部からは留学生なんかを積極的に受け入れているんだろうな。
「殿下が今までよく身分の差なく関わり、見識を深めたいっておっしゃってた本当の意味なんて理解してなかった。わたくしも殿下をお支えするために、考えを変えないといけないのよね」
そう言うと、ローザリンデ様は頬をちょっと赤くしながら私を見つめた。
「ハンカチーフ助かりましたわ」
なんだ、高慢で嫌な子かと思ったらそんなことはなかった。
私は思いがけないローザリンデ様の一面を知れて、心が温かくなるのを感じたのだった。
「ねぇ、ついでといっては何だけど、もう一つ聞きたいことがあるのよ」
「何でしょうか?」
「どうして図書館で勉強しているの?」
それは寮の自室で勉強したらいいということ?
それともフィデリオと勉強していることについて遠まわしに言われてるの?
質問の意味がいまいちよくわからなくて困惑しながら答える。
「本があるのですぐに調べられて図書館の方が便利なのです」
「そうなのね」
ローザリンデ様はいまいち納得がいかない様子だ。
「でも屋敷で家庭教師に聞いた方が分かりやすいんじゃなくて?」
その瞬間、雷に打たれたような衝撃だった。
家庭教師!
私は寮に入っているけれど、寮を使っている子は実はごく一部だった。大多数の女の子は王都に所有している邸宅から馬車で通っているのだ。
ローザリンデ様はきっと学院から帰ったら家庭教師と勉強をしているのだろう。
「私は寮に入っているので家庭教師はいません」
今度はローザリンデ様の方が衝撃を受けたような表情をしていた。
家庭教師がいないってそんなに驚くことかな……。
でもローザリンデ様のお友達はきっと同じ家格の子女だろうから知らなかったのかもね。
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