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8.私の提案

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 その日の夕方、早速生徒会室へ向かった。
 どんな理由で呼ばれたか検討もつかなかった。
 
 ノックをして応えがあったのを確認して中に入る。

「あっ、ヘルツォさん」

 中には生徒会長ともう一人役員と思われる人がいた。
 会長は私を見ると腰を浮かせた。
 中庭に作業を教えに来てくれた時と同じ、親しみやすい笑顔だった。

 アデム殿下のどことなくしっとりとした雰囲気と比べると、明るく太陽のような快活さを持った人だと感じる。

 同じ「殿下」でも雰囲気は全然違うのね。

「どうぞ、そこに座って。急に呼び出してすまないね」

 会長は扉の前にある革張りのソファーをすすめてくれた。

「彼は書記だよ、他の役員ももうすぐ来ると思う。騒がしくなるけど気にしないで」

 自分も私の正面のソファーに座ると、会長の隣に座った男子生徒を書記だと紹介してくれる。
 手元にはノートと羽ペン。

「それで要件なんだけど、僕もフィデリオから話を聞いてもう少し詳しく聞きたいと思って声をかけさせてもらったんだ。急に生徒会から呼び出しなんてびっくりしたよね」
「お気遣いなく」
 
 へらっ、と曖昧に微笑む。
 
 私はライムント先生からこの学院は貴族社会の縮図だと聞いてから、他の生徒とどう関わって行けばいいのかわからなくなっていた。
 だってまた急によくわからないところで誰かの不快になんてなりたくないし。
 
 そんな中で王太子殿下なんて、どんな言葉遣いや態度が正解なのかさっぱりわからない。
 結局、言いたいことはあるのに曖昧に微笑むだけで終わらせてしまった。

「フィデリオから聞いたんだけど、来年来る女生徒の相談に乗れるようにと記録を残してるって聞いたよ」
「記録なんて大層なものじゃありません」

 そうか、フィデリオか。
 彼も名門貴族の子弟だ。殿下と個人的につながりがあったとしても何らおかしくはない。
 
 あのメモが理由で呼ばれたのね。

「よければ僕たちにも見せてもらえないかな?」

 私はぎょっとして身を引いた。
 あのメモはあくまで自分が誰かに伝える用で残したもので、見せるようには書いていなかった。だから字も汚いし、書いている内容も精査してない。
 もしかしたら不愉快に感じるものも書いてしまってるかも。

「個人的なメモですから。字も汚くてとても殿下にお見せなんて出来る状態じゃありません」

 戸惑いながらそう言うと、生徒会長は見ているこちらが申し訳なくなるくらいしゅん、と肩を下げた。

「そうか。無理言ってごめんね」
「あ、いえ……」
「ならせめて言えるところだけでいいからどんなことをメモしたのか教えてくれるかな?」
「それは構いませんが……」

 私のためらう様子を見て、会長は瞳を伏せた。
 太陽のような朗らかな表情が一転して苦し気な陰のある表情になる。

「実はね、この学院以外にもプロジェクトで受け入れた女学生がいるんだけれど、去年辞めてしまったのはうちに来てくれた子だけだったんだよ」
「他にも私みたいな人がいたんですね」

 考えてみれば当たり前のことだけれど気が付かなかった。
 
「他校だけどね」

 会長は頷くと、続きを口にした。
 
「去年からプロジェクトが始まって、生徒を受け入れるように王宮から連絡が来たんだ。生徒会も初めての事でどうすればいいのか手探り状態で。もちろん、事前に教授たちと生徒会で会議を重ねてた。結局、細かいところは臨機応変に対応してくしかないって決まったんだ。生徒会でも何らかの形でサポートが必要だろうと思って様子を見ていたところ、彼女はあっという間に辞めてしまって」

 私はぼんやりと、この学院に通う誰も私や去年の子の悩みは理解できないだろうなと思った。
 
「生徒会が表立ってサポートすると彼女にいらぬ反発や憶測をよびかねないし、どうしたらいいのかわからないままだった」

 「言い訳だけどね」と気落ちしたように呟く会長には悪いけれど、私は少し苛立ちを覚えていた。
 それって黙って見てたってこと?
 
 慣れない環境に放り込まれてサポートもなくて。きっと彼女も心細かったと思う。
 ほんの少し相談に乗ってくれる人がいるだけでも全然違ったんじゃないかな?

 私にとってのフィデリオや、なんやかんや話し相手になってくれるライムント先生のように。
 サポートを望むのって甘えかな? そんなことないよね?

 私は会長の瞳をしっかりと見つめると口を開いた。

「つまり会長は来年来るだろう子のために、環境を改善したいと思っている。その為に私に色々聞きたいってことですね?」

 会長はこくりと頷いた。

「では会長、失礼ながら私から提案があります」
「何かな?」

 私は息を吸い込むと、お腹に力を入れて口を開いた。
 王子に提案。学生だからできる、もう二度とない経験かも。

 だから自分、勇気を出して!
 
「相談役を作りませんか? そして私をその係に任命してください」

 そこから私はまず一番の懸念材料の学力について会長に訴え、生活面でのサポート、考え方の違いやギャップについて話した。
 会長はそれを馬鹿にすることなく丁寧に質問を交えながら聞いてくれた。
 
 気が付いたら私は言いたいことを全部話していたと思う。
 最初に生徒会室に入った時に感じた遠慮なんてどこかへ捨ててしまったみたい。

 一通り話終わると、会長が目をパチパチと瞬かせた後表情をやわらげた。

「びっくりしたなぁ」
「そうですか?」
「うん、君にね」
「え?」

 まさか今さら失礼を咎められる?
 思わず構えた私に会長は言った。

「まさかこんなに自分の意見をはっきり言うご令嬢だと思ってなかったから」

 私は背筋をのばした。

 これは、私が前世を思い出してからの変化のひとつだ。
 思い出す前はもっと奥ゆかしい女性だった気がする。
 でも前世をわずかでも思い出してしまった今、その記憶に影響を受けるなと言う方が無理だと思う。

 私は少し顔色を伺うように会長の顔を見た。
 笑っているから不愉快ではないようだけど。

「このプロジェクトの発案者のご令嬢とちょっと似てるなって思ったんだ」

 * * *

 生徒会室から出ると、私は寮へ戻ることにした。
 相談員についても前向きに考えてくれるようで、具体的なことを決めていくために、何度か今後も打ち合わせをすることに決まった。

 私は不思議な高揚感に心が湧きたっているのを感じた。
 なんというか、わくわく感? そんな感じだった。

 寮の玄関をくぐると、管理人に呼び止められた。

「ヘルツォさん、お手紙が届いていますよ」
「ありがとうございます」

 差出人は婚約者だった。
 ただの紙なのに、何故か急に重さを増した気がする。
 
 自室に戻り、早速手紙を読む。
 彼の領地にある農地の様子や、商人がやってきたことなんかが書かれていた。
 いつもの彼との変わらないやり取り。
 私はひとつ溜息を吐き出すと、返事を書くために便箋を取り出した。

 羽ペンをインクに浸す。
 そして文字を書こうと思って手を止めた。

 何を書けばいいんだろう。
 
 「……いつもどんなこと書いていたっけ」

 無意識に呟くと、私は長い間手を止めたままになるのだった。
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