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・ピンチと助け(2)
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*一部残酷な表現があります。気になる方はお気をつけください。
私の腕に刃物があてられ。
そして、一気に皮膚を引き裂いた。
「あぁっ!」
血が噴き出す。
白いバスタブに私の血が流れる。
こんな時だけれど、この部屋の絨毯が赤い理由に気が付いた。
きっと、血を目立たせなくするため。
痛い! 熱い、痛い!!
「あ、あ、ああ……」
いつの間にか背中に感じていた男の重みが離れていた。
私は震える手で急いで切り裂かれた手首を、もう一方の手でおさえた。
血が止まらない。
私、死ぬの?
手首が熱く、ドクドクと音を立てて血が流れ出る。
反対に身体が冷えていくような感覚に襲われた。
「アリーチェ!」
その時、聞きたくてたまらなかった声が響いた。
私の大好きな人。
「ジュ、スト……?」
うっそりと顔を上げると、額から汗をダラダラとかいたジュストと視線が合う。
足元には男爵夫人が倒れている。
ジュストが走り寄ってきて、私の前に膝をつく。私の切り裂かれた手を見て顔色を変えた。
「あ、ああ、アリーチェ、血が……!」
ジュストの大きな手が私の傷口を覆う。
ダラダラと流れる血が私の白い夜着を染める。
止血になりそうなものを探しているのだろう、ジュストが視線を巡らせていると力強い女性の声が割り込んできた。
「どいて!」
占い師の女性がジュストを押しのけて、私の手を引っ張る。
私は引かれるまま彼女に手をとられる。
「おい! 乱暴にする、な……?」
ジュストの怒気を含んだ声が小さくなる。
「え、これって……」
私もポカンとその光景を見つめる。
占い師の女性に手を引っ張られたかと思ったら、傷口を覆うように白い光が彼女の両手から発せられている。
あたたかな柔らかい光に包まれて痛みが引いていく。
血が止まり、段々と傷口が消える。
私は自分に起こった奇跡を食い入るように見つめていた。
やがて、光が収まると傷ひとつないなめらかな白い腕があるだけだった。
「あ、りが、とう」
私は驚きでそう言うのが精いっぱいだった。
ジュストも目を見開いている。
「……えっと、私はアリーチェ」
何を言えばいいのかわからなくなって、私はこんな時なのに間抜けにも自己紹介をしてしまった。
女性がふっ、と短く笑う。
「サーマよ。どういたしまして。アタシもアリーチェにかばってもらったからね」
笑うときつく見えていた彼女の印象ががらりと変わる。
「あ、縄……?」
「ああ、アリーチェに会った時にはもう切ってたの。これで」
そう言って小さな石の刃のようなものを見せてくれる。
切っておいて、逃げ出す隙を狙っていたらしい。
その時目の端に男性の足が見えて私は驚いてのけぞった。
だって、さっき私の腕を切った男が倒れているんだもの。
「そいつはこっちで倒した」
今度は服の裾から細い棒のようなものを取り出して見せてくれる。
そんな細い棒で女性の細腕で倒せるのかと思うけれど、男はこと切れている。
「身体検査はちゃんとしなきゃ」というサーマ。多分、したのだけど異国の服だったから、どこに刃物が隠されているのかわからなかったのだと思う……。
「殺したの?」
コクリと頷くと、サーマは立ち上がり男爵夫人へ近づいた。
刃物が手に握られているのを見て私は焦る。
「あ、駄目よ! その人は殺さないで!」
「どうして? 殺されそうになったのに」
「多分、何人も被害者がいるはずなの。だから裁判を受けさせなきゃ……。そして罪を明らかにさせないといけないわ」
サーマは呆れたような目をして鼻を鳴らしたが、刃物をしまうと縄を手に取り、夫人の手をきつく後ろ手に縛った。
それを見て、私はほっと息を吐きだした。
危険が去って安心したからか、なんだかどっと疲れた出たのか頭がクラクラとする。
「あまり動かない方がいい。傷は塞いだけれどなくなった血は戻せないから」
私の様子を察して、ジュストが肩を支えてくれる。
私はジュストにもたれかかるとゆっくりと瞬きをした。
「傷……、そうだ、サーマは治癒の力があるのね」
治癒の力。
聖女候補になれる力だ。
私はぼんやりとする頭でこれだけは言わねばと口を開いた。
「そうね」
「これからどうするの? ……良ければ聖都に来ない?」
私は初めて自分で体験した不思議な奇跡に、頭が働いていなかったんだと思う。
だって「外国人を聖女にしない」と自分で決めたことを、すっかり忘れてそんなことを言ってしまったんだから。
サーマは静かな目で私を見つめて首を振った。
「行かない。仲間と合流するわ」
「……そっか、そうよね」
私は小さく呟いた。
仲間がいるなら一緒にいるのが一番だ。
「それなら西に行くのがオススメよ」
予言は聖都から南東だったのだから。
彼女が自由に生きるには予言から離れた地域に行く方がいい。
サーマはニヤリと笑うと、自分の黒髪をくるくると指に絡めた。
「ちょうどそっちに行こうと思ってた。ところで、仲間のところまで送ってもらえたら助かるんだけど」
私はクスッと笑いを漏らした。
ちゃっかりしてる女性だ。
「わかったわ」
その時ジュストが、何かに気が付いたように私の肩をゆすった。
この部屋にひとつだけある明り取りの窓を指さす。
「朝だ」
やけに部屋の中が見やすいと思ったら、もう朝になっていたらしい。
薄明るい朝の光が差し込む小窓を見ると、小さな金色の小鳥がとまっていた。
首を傾げてこちらを見ている。
私はそれを見て、ようやくこの件が解決したのだと思ったのだった。
私の腕に刃物があてられ。
そして、一気に皮膚を引き裂いた。
「あぁっ!」
血が噴き出す。
白いバスタブに私の血が流れる。
こんな時だけれど、この部屋の絨毯が赤い理由に気が付いた。
きっと、血を目立たせなくするため。
痛い! 熱い、痛い!!
「あ、あ、ああ……」
いつの間にか背中に感じていた男の重みが離れていた。
私は震える手で急いで切り裂かれた手首を、もう一方の手でおさえた。
血が止まらない。
私、死ぬの?
手首が熱く、ドクドクと音を立てて血が流れ出る。
反対に身体が冷えていくような感覚に襲われた。
「アリーチェ!」
その時、聞きたくてたまらなかった声が響いた。
私の大好きな人。
「ジュ、スト……?」
うっそりと顔を上げると、額から汗をダラダラとかいたジュストと視線が合う。
足元には男爵夫人が倒れている。
ジュストが走り寄ってきて、私の前に膝をつく。私の切り裂かれた手を見て顔色を変えた。
「あ、ああ、アリーチェ、血が……!」
ジュストの大きな手が私の傷口を覆う。
ダラダラと流れる血が私の白い夜着を染める。
止血になりそうなものを探しているのだろう、ジュストが視線を巡らせていると力強い女性の声が割り込んできた。
「どいて!」
占い師の女性がジュストを押しのけて、私の手を引っ張る。
私は引かれるまま彼女に手をとられる。
「おい! 乱暴にする、な……?」
ジュストの怒気を含んだ声が小さくなる。
「え、これって……」
私もポカンとその光景を見つめる。
占い師の女性に手を引っ張られたかと思ったら、傷口を覆うように白い光が彼女の両手から発せられている。
あたたかな柔らかい光に包まれて痛みが引いていく。
血が止まり、段々と傷口が消える。
私は自分に起こった奇跡を食い入るように見つめていた。
やがて、光が収まると傷ひとつないなめらかな白い腕があるだけだった。
「あ、りが、とう」
私は驚きでそう言うのが精いっぱいだった。
ジュストも目を見開いている。
「……えっと、私はアリーチェ」
何を言えばいいのかわからなくなって、私はこんな時なのに間抜けにも自己紹介をしてしまった。
女性がふっ、と短く笑う。
「サーマよ。どういたしまして。アタシもアリーチェにかばってもらったからね」
笑うときつく見えていた彼女の印象ががらりと変わる。
「あ、縄……?」
「ああ、アリーチェに会った時にはもう切ってたの。これで」
そう言って小さな石の刃のようなものを見せてくれる。
切っておいて、逃げ出す隙を狙っていたらしい。
その時目の端に男性の足が見えて私は驚いてのけぞった。
だって、さっき私の腕を切った男が倒れているんだもの。
「そいつはこっちで倒した」
今度は服の裾から細い棒のようなものを取り出して見せてくれる。
そんな細い棒で女性の細腕で倒せるのかと思うけれど、男はこと切れている。
「身体検査はちゃんとしなきゃ」というサーマ。多分、したのだけど異国の服だったから、どこに刃物が隠されているのかわからなかったのだと思う……。
「殺したの?」
コクリと頷くと、サーマは立ち上がり男爵夫人へ近づいた。
刃物が手に握られているのを見て私は焦る。
「あ、駄目よ! その人は殺さないで!」
「どうして? 殺されそうになったのに」
「多分、何人も被害者がいるはずなの。だから裁判を受けさせなきゃ……。そして罪を明らかにさせないといけないわ」
サーマは呆れたような目をして鼻を鳴らしたが、刃物をしまうと縄を手に取り、夫人の手をきつく後ろ手に縛った。
それを見て、私はほっと息を吐きだした。
危険が去って安心したからか、なんだかどっと疲れた出たのか頭がクラクラとする。
「あまり動かない方がいい。傷は塞いだけれどなくなった血は戻せないから」
私の様子を察して、ジュストが肩を支えてくれる。
私はジュストにもたれかかるとゆっくりと瞬きをした。
「傷……、そうだ、サーマは治癒の力があるのね」
治癒の力。
聖女候補になれる力だ。
私はぼんやりとする頭でこれだけは言わねばと口を開いた。
「そうね」
「これからどうするの? ……良ければ聖都に来ない?」
私は初めて自分で体験した不思議な奇跡に、頭が働いていなかったんだと思う。
だって「外国人を聖女にしない」と自分で決めたことを、すっかり忘れてそんなことを言ってしまったんだから。
サーマは静かな目で私を見つめて首を振った。
「行かない。仲間と合流するわ」
「……そっか、そうよね」
私は小さく呟いた。
仲間がいるなら一緒にいるのが一番だ。
「それなら西に行くのがオススメよ」
予言は聖都から南東だったのだから。
彼女が自由に生きるには予言から離れた地域に行く方がいい。
サーマはニヤリと笑うと、自分の黒髪をくるくると指に絡めた。
「ちょうどそっちに行こうと思ってた。ところで、仲間のところまで送ってもらえたら助かるんだけど」
私はクスッと笑いを漏らした。
ちゃっかりしてる女性だ。
「わかったわ」
その時ジュストが、何かに気が付いたように私の肩をゆすった。
この部屋にひとつだけある明り取りの窓を指さす。
「朝だ」
やけに部屋の中が見やすいと思ったら、もう朝になっていたらしい。
薄明るい朝の光が差し込む小窓を見ると、小さな金色の小鳥がとまっていた。
首を傾げてこちらを見ている。
私はそれを見て、ようやくこの件が解決したのだと思ったのだった。
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