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side ジュスト
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※残酷な表現があります。お気をつけください。
扉がノックされた。
馬の準備ができて使用人が呼びに来たのかと思った。
部屋の中を調べるために、戸棚を押していた手を離すと無意識に腰に下げている剣に手を添える。剣がある。それが俺の心を少し落ち着かせる。
俺はアリーチェが壁際の長椅子に腰を下ろしているのを確認すると、薄く扉を開けた。
少し扉から離れた位置にランプを持った使用人の姿がある。暗闇に慣れた目には、ランプの光は眩しすぎて少しだけ目を細めた。
「すみません、馬が……」
「準備が出来たのか?」
「はい、それが――」
語尾が小さくて聞こえにくい。
「すまないが、もう少し大きな声で頼む。何かあったのか?」
俺は扉から手を離して廊下へ出た。
ようやく光に目が慣れた。そう思って使用人の顔を確認しようと目線を上げたところでランプの炎がふっと消えた。
一瞬で暗闇に戻る。
「おい? ――っ!」
突然、左側に気配を感じて俺は反射的に飛びのいた。
ぶぉんっ! と空気を裂く音がして風が身体にぶつかる。
危なかった。
暗闇に目が慣れず、まだよく見えなかったからよけられたのは運がよかった。
俺は迷わず人がいるはずの場所へ向かって剣を振り抜いた。
こんな時、迷っていると自分の命がなくなるだけだ。
「ぐあっ⁉」
悲鳴があがった。手ごたえが軽いが痛みで呻いている声が聞こえる。察するに、良いところに入ってくれたかこういう荒事に慣れていないらしい。
俺が反撃できると思ってなかったんだろう、怯むような気配がした。
暗闇を睨みつけ、剣を構え直す。相手から息を飲む気配が伝わって来た。
俺はだんだんと慣れてきた目を凝らす。
相手は3人、棍棒か剣か。何か長い棒のようなものを持っている。体格の良さそうな男もいるが、1人は手負いだ。俺はじりじりと背面の壁際に寄ると、背後にある見事なタペストリーを一気にはぎ取った。
重い。けれどそのまま一番近くにいた男の視界を遮るようにタペストリーを投げつける。
「くっ!」
俺はタペストリーに気を取られている男に向かって剣を振り払った。
「ぐぁぁぁっ!」
今度はしっかりとした手応えだった。
続けざまに攻撃を繰り出し、男に致命傷を与えると俺は大きく飛びのいた。
呼吸を整えながら残りの連中を確認するが、奴らはじりじりと後退すると走って逃げて行った。
遠くでピィーッと警笛のなる音が聞こえる。
カルロだ。
どうやらあっちでも何かあったらしい。
「お前ら!」
思わず声をかけるが、こんなことをしている場合じゃなかった。カルロのこともどうでもいい。勝手に自分で何とかするだろう。警笛を鳴らしたのも、近くにいるはずの小隊に向かっての合図だ。
俺は客間のドアを開けて中に飛び込んだ。
「アリーチェ! すぐに出る――⁉」
居ない⁉ どうしてだ? さっきまではここにいたのに!
部屋を見回して声を荒げる。
「アリーチェ! アリーチェどこだ!」
さっき、殺されそうになった時にも感じなかった焦燥感が全身を駆け巡る。
たらりと冷たい汗が額から流れた。
思わず廊下へ飛び出して辺りを見回したが、すぐに部屋へ戻る。
違う、俺が戦っている時に誰も部屋へ入らなかったし出ても行かなかった。
なら客間にいるはずだ。
「――まさか!」
長椅子に走り寄ると、座面に触れる。柔らかな布張りの手触りは、アリーチェの温度の名残さえ残していなかった。
俺はすぐに椅子の後ろにあるタペストリーを捲り上げた。
何もない。
隣のタペストリーにも手をかける。
廊下にあったのよりもずっと立派な織物だった。
持ち上げると布がたわみ、冷たい風が吹き抜けた。
俺は思いっきりタペストリーを引っ張って取り去った。
「これは!」
隠し通路だ。
客間と外壁の間に狭い階段があり、上と下へ階段が伸びていた。
間違いない。アリーチェはここから連れ去られた!
「クソッ……、どっちだ?」
下か? 地下牢は下にあると言っていたから普通は下だろう。
だが違っていたら余計な時間を取られてしまう。夫人の部屋も上の階にあるはずだ。
どっちに連れていかれた⁉
階段を睨みつけるように見つめるが、手掛かりの欠片も落ちてはいなかった。
「落ち着け、落ち着け……」
ドクドクと音を鳴らす心臓。呼吸を整えると、俺は逸る気持ちを抑えて耳をすませた。
アリーチェ無事でいてくれ!
その時、階段の下の方から小さな物音が聞こえて来た気がした。
「……下か?」
俺はゆっくりと階段を降りていった。
扉がノックされた。
馬の準備ができて使用人が呼びに来たのかと思った。
部屋の中を調べるために、戸棚を押していた手を離すと無意識に腰に下げている剣に手を添える。剣がある。それが俺の心を少し落ち着かせる。
俺はアリーチェが壁際の長椅子に腰を下ろしているのを確認すると、薄く扉を開けた。
少し扉から離れた位置にランプを持った使用人の姿がある。暗闇に慣れた目には、ランプの光は眩しすぎて少しだけ目を細めた。
「すみません、馬が……」
「準備が出来たのか?」
「はい、それが――」
語尾が小さくて聞こえにくい。
「すまないが、もう少し大きな声で頼む。何かあったのか?」
俺は扉から手を離して廊下へ出た。
ようやく光に目が慣れた。そう思って使用人の顔を確認しようと目線を上げたところでランプの炎がふっと消えた。
一瞬で暗闇に戻る。
「おい? ――っ!」
突然、左側に気配を感じて俺は反射的に飛びのいた。
ぶぉんっ! と空気を裂く音がして風が身体にぶつかる。
危なかった。
暗闇に目が慣れず、まだよく見えなかったからよけられたのは運がよかった。
俺は迷わず人がいるはずの場所へ向かって剣を振り抜いた。
こんな時、迷っていると自分の命がなくなるだけだ。
「ぐあっ⁉」
悲鳴があがった。手ごたえが軽いが痛みで呻いている声が聞こえる。察するに、良いところに入ってくれたかこういう荒事に慣れていないらしい。
俺が反撃できると思ってなかったんだろう、怯むような気配がした。
暗闇を睨みつけ、剣を構え直す。相手から息を飲む気配が伝わって来た。
俺はだんだんと慣れてきた目を凝らす。
相手は3人、棍棒か剣か。何か長い棒のようなものを持っている。体格の良さそうな男もいるが、1人は手負いだ。俺はじりじりと背面の壁際に寄ると、背後にある見事なタペストリーを一気にはぎ取った。
重い。けれどそのまま一番近くにいた男の視界を遮るようにタペストリーを投げつける。
「くっ!」
俺はタペストリーに気を取られている男に向かって剣を振り払った。
「ぐぁぁぁっ!」
今度はしっかりとした手応えだった。
続けざまに攻撃を繰り出し、男に致命傷を与えると俺は大きく飛びのいた。
呼吸を整えながら残りの連中を確認するが、奴らはじりじりと後退すると走って逃げて行った。
遠くでピィーッと警笛のなる音が聞こえる。
カルロだ。
どうやらあっちでも何かあったらしい。
「お前ら!」
思わず声をかけるが、こんなことをしている場合じゃなかった。カルロのこともどうでもいい。勝手に自分で何とかするだろう。警笛を鳴らしたのも、近くにいるはずの小隊に向かっての合図だ。
俺は客間のドアを開けて中に飛び込んだ。
「アリーチェ! すぐに出る――⁉」
居ない⁉ どうしてだ? さっきまではここにいたのに!
部屋を見回して声を荒げる。
「アリーチェ! アリーチェどこだ!」
さっき、殺されそうになった時にも感じなかった焦燥感が全身を駆け巡る。
たらりと冷たい汗が額から流れた。
思わず廊下へ飛び出して辺りを見回したが、すぐに部屋へ戻る。
違う、俺が戦っている時に誰も部屋へ入らなかったし出ても行かなかった。
なら客間にいるはずだ。
「――まさか!」
長椅子に走り寄ると、座面に触れる。柔らかな布張りの手触りは、アリーチェの温度の名残さえ残していなかった。
俺はすぐに椅子の後ろにあるタペストリーを捲り上げた。
何もない。
隣のタペストリーにも手をかける。
廊下にあったのよりもずっと立派な織物だった。
持ち上げると布がたわみ、冷たい風が吹き抜けた。
俺は思いっきりタペストリーを引っ張って取り去った。
「これは!」
隠し通路だ。
客間と外壁の間に狭い階段があり、上と下へ階段が伸びていた。
間違いない。アリーチェはここから連れ去られた!
「クソッ……、どっちだ?」
下か? 地下牢は下にあると言っていたから普通は下だろう。
だが違っていたら余計な時間を取られてしまう。夫人の部屋も上の階にあるはずだ。
どっちに連れていかれた⁉
階段を睨みつけるように見つめるが、手掛かりの欠片も落ちてはいなかった。
「落ち着け、落ち着け……」
ドクドクと音を鳴らす心臓。呼吸を整えると、俺は逸る気持ちを抑えて耳をすませた。
アリーチェ無事でいてくれ!
その時、階段の下の方から小さな物音が聞こえて来た気がした。
「……下か?」
俺はゆっくりと階段を降りていった。
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