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・脱出(2)
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夢を見ていた。
幼い頃の夢。
これは、私がまだ自国に居た頃。6、7歳とかそれくらいだったと思う。
私の出身国は聖都のある国よりもずっと小さな国で、宗教も女神様方ではなくて独自に信仰している宗教があった。
土着信仰なのだと思う。そこでは動物が、神様の顕現なされた姿と考えられていた。
その姿は一定ではなくて。だから、私達は子どもの頃に神様が顕現なされた姿を、自分で動物の中から決めるのだ。
強くてカッコいいから熊とか、狼とか。白い鹿を見たということで鹿にしている人もいた。
動物は何でも良くて、皆好きな動物を決めていたんだと思う。
私は商人の家の子だったから、この国をもうすぐ離れることが決まっていて。
それでその日はジュストとふたりで近くの草原に、どんな動物がいいか実物を探しに行っていたのだ。
「ジュストは何にするか決めた?」
「うん」
「えー。なぁに?」
私は風でふわふわと舞い上がる金の髪の毛を抑えながら、ジュストを見上げた。
「梟にする」
「どうして?」
「……だって梟は相手を決めたら他の雌と番わないんだ。そういうの、いいなって」
ちょっと赤くなってそっぽを向きながら言う姿に、私の胸がきゅんと高鳴る。
私は青いワンピースのスカートをぎゅっと握りしめた。
「いいな。私も梟にしよっかな?」
「じゃあお揃いだ」
ふたり、顔を見合わせてクスクスと笑う。
ジュストが私の手を取ると駆けだした。
眩しい太陽を避けるように草原を走り抜けて森の中に入る。
「うさぎ、リス、ねずみ……」
私は目についた動物たちを声に出して呼んでみる。
「俺たちは商人になるんだから鳥の方がいいよ」
ジュストの言葉に私も頷く。
住居を移動して歩く人はどこにでもいる動物にした方が良い。だから私の家族は皆鳥を選んでいた。
「ジュスト、商人になってくれるの?」
「そりゃあもちろん」
ジュストは私の手を離すと、森に咲いている紫色の花を一輪摘んだ。
私の前で片膝をつくと、花を差し出だしながら真っ赤な顔をしている。
「大人になったら俺と結婚してください」
「もちろん!」
耳まで真っ赤なジュストに、私は嬉しくなって花を貰うと彼に飛びついた。
私の重さに耐えきれず、ふたりで地面に転がる。
大人になったらジュストと結婚して、大好きな人とお爺さんやお父さんが頑張っているお店をもっと大きくするのだ。
これが私の夢だった。
ふたりで空を見上げながら木漏れ日を眺めていると、目の端に金色の何かがちらりと映り込んだ。
「金の小鳥?」
私は気になって起き上がると鳥の後を追いかけた。
私の髪の毛と同じ金色だった。
ジュストも私の後を追いかけてくる。
途中見失ったかと思ったけれど、小鳥は泉の側に立つ木で翼を休めていた。
大きな枝が泉にまで伸びている。
燦々と降り注ぐ陽光が水面に反射して眩しい。
「こんなところに泉があるなんて知らなかったな」
「見て! 水の中に花が咲いてるわ。綺麗……」
「今の時期だけできる泉なのかな?」
「どうかしら? ね、あの小鳥とっても綺麗だし私あの小鳥を神様にするわ」
「金の小鳥なんて見たことないけど」
不思議そうに言うジュストに私は笑って言った。
「じゃあ白い小鳥でも良いことにする」
そして水面に視線を戻すと、私はちょうど小鳥がいる辺りに白い衣をまとった金色の髪の少女が座っているのが見えた。
人がいる!
ぱっと顔をあげたが、そこには小鳥が一羽いるだけだった。
もう一度、水面に視線を戻したが金の小鳥が映っている。
見間違いかな?
私はそう結論付けるとその事は忘れることにした。
「金の小鳥なんて見たことない」とジュストは言ったけれど、あの後旅に出た私の前にあの小鳥は何度も姿を見せてくれた。
* * *
身体に走る衝撃で目が覚めた。
次いで、ガチャン! と扉が閉まる音も聞こえる。
「っ⁉」
じりじりとした痛みが右半身にある。
うっすらと目を開ける、目に入ったのは赤い絨毯。
半地下なのだろう。明り取りの小窓からは夜の闇が見えるだけだった。
だがむき出しの石壁に取り付けられた蝋燭が煌々と灯されていて、夜だというのにまるで昼間のように明るい。
室内には、猫足のバスタブがぽつりと置かれていた。
たぶん、さっきのは運ばれて下ろされた時の衝撃だったのだろう。
「うっ、痛い……」
喉に違和感があり、何度か空咳を繰り返す。
両腕で身体を持ち上げて室内を見回すと、部屋の隅にいる女性と目があった。
黒髪に褐色の肌の釣り目の美人だ。
身体の前で両手を縄で拘束されていた。
私はこんなところに人がいると思わなくてビクリと身体を震わせた。
「あなた?」
なんだかどこかで見たことがある。
私は彼女の顔から衣服に目を移して思い出した。
白いワンピースに袈裟懸けの黄色い織物の衣装は、この街でも見た異民族のもので、しかも彼女は私が声をかけたスリの占い師ではないか!
こんなところで再会なんて、全然嬉しくない!
「……アンタも捕まったの?」
彼女は私の全身を素早く見回すと力を抜いた。
私が頷くと、彼女は持っていた細い棒のようなものをどこかにしまう。
拘束されているとは思えない不自由さのない動きだった。
何それ、武器?
「も? ってあなたも捕まったの?」
「ええ」
彼女が頭に巻いていた布がなくなっているのは、その時に落としたのだろうか。
私はじりじりと彼女に向かって距離を詰めた。
「ここは夫人のお屋敷よね? どうしてあなたは捕まったの?」
「知らない。移動民族だから都合が良かったんじゃない?」
「都合がいい?」
言ってる意味がわからずに首を傾げる。
「だってアタシたちがいなくなっても誰も気が付かないから」
美しい形の眉毛を寄せて、忌々しそうに呟く彼女を見て、私はそういえばこんなに彼女は言葉が達者だっただろうかと場違いにも思った。
以前会った時はもっとたどたどしかったのに。
「あなた、言葉が上手なのね」
その言葉に視線を宙に巡らせると、彼女は「ああ」と呟いた。
「喋れないと思われてた方が都合が良かったから。ところでアタシを知ってるってことはどっかでアンタと会った?」
頷こうとした時、部屋の扉が開かれる音がした。
幼い頃の夢。
これは、私がまだ自国に居た頃。6、7歳とかそれくらいだったと思う。
私の出身国は聖都のある国よりもずっと小さな国で、宗教も女神様方ではなくて独自に信仰している宗教があった。
土着信仰なのだと思う。そこでは動物が、神様の顕現なされた姿と考えられていた。
その姿は一定ではなくて。だから、私達は子どもの頃に神様が顕現なされた姿を、自分で動物の中から決めるのだ。
強くてカッコいいから熊とか、狼とか。白い鹿を見たということで鹿にしている人もいた。
動物は何でも良くて、皆好きな動物を決めていたんだと思う。
私は商人の家の子だったから、この国をもうすぐ離れることが決まっていて。
それでその日はジュストとふたりで近くの草原に、どんな動物がいいか実物を探しに行っていたのだ。
「ジュストは何にするか決めた?」
「うん」
「えー。なぁに?」
私は風でふわふわと舞い上がる金の髪の毛を抑えながら、ジュストを見上げた。
「梟にする」
「どうして?」
「……だって梟は相手を決めたら他の雌と番わないんだ。そういうの、いいなって」
ちょっと赤くなってそっぽを向きながら言う姿に、私の胸がきゅんと高鳴る。
私は青いワンピースのスカートをぎゅっと握りしめた。
「いいな。私も梟にしよっかな?」
「じゃあお揃いだ」
ふたり、顔を見合わせてクスクスと笑う。
ジュストが私の手を取ると駆けだした。
眩しい太陽を避けるように草原を走り抜けて森の中に入る。
「うさぎ、リス、ねずみ……」
私は目についた動物たちを声に出して呼んでみる。
「俺たちは商人になるんだから鳥の方がいいよ」
ジュストの言葉に私も頷く。
住居を移動して歩く人はどこにでもいる動物にした方が良い。だから私の家族は皆鳥を選んでいた。
「ジュスト、商人になってくれるの?」
「そりゃあもちろん」
ジュストは私の手を離すと、森に咲いている紫色の花を一輪摘んだ。
私の前で片膝をつくと、花を差し出だしながら真っ赤な顔をしている。
「大人になったら俺と結婚してください」
「もちろん!」
耳まで真っ赤なジュストに、私は嬉しくなって花を貰うと彼に飛びついた。
私の重さに耐えきれず、ふたりで地面に転がる。
大人になったらジュストと結婚して、大好きな人とお爺さんやお父さんが頑張っているお店をもっと大きくするのだ。
これが私の夢だった。
ふたりで空を見上げながら木漏れ日を眺めていると、目の端に金色の何かがちらりと映り込んだ。
「金の小鳥?」
私は気になって起き上がると鳥の後を追いかけた。
私の髪の毛と同じ金色だった。
ジュストも私の後を追いかけてくる。
途中見失ったかと思ったけれど、小鳥は泉の側に立つ木で翼を休めていた。
大きな枝が泉にまで伸びている。
燦々と降り注ぐ陽光が水面に反射して眩しい。
「こんなところに泉があるなんて知らなかったな」
「見て! 水の中に花が咲いてるわ。綺麗……」
「今の時期だけできる泉なのかな?」
「どうかしら? ね、あの小鳥とっても綺麗だし私あの小鳥を神様にするわ」
「金の小鳥なんて見たことないけど」
不思議そうに言うジュストに私は笑って言った。
「じゃあ白い小鳥でも良いことにする」
そして水面に視線を戻すと、私はちょうど小鳥がいる辺りに白い衣をまとった金色の髪の少女が座っているのが見えた。
人がいる!
ぱっと顔をあげたが、そこには小鳥が一羽いるだけだった。
もう一度、水面に視線を戻したが金の小鳥が映っている。
見間違いかな?
私はそう結論付けるとその事は忘れることにした。
「金の小鳥なんて見たことない」とジュストは言ったけれど、あの後旅に出た私の前にあの小鳥は何度も姿を見せてくれた。
* * *
身体に走る衝撃で目が覚めた。
次いで、ガチャン! と扉が閉まる音も聞こえる。
「っ⁉」
じりじりとした痛みが右半身にある。
うっすらと目を開ける、目に入ったのは赤い絨毯。
半地下なのだろう。明り取りの小窓からは夜の闇が見えるだけだった。
だがむき出しの石壁に取り付けられた蝋燭が煌々と灯されていて、夜だというのにまるで昼間のように明るい。
室内には、猫足のバスタブがぽつりと置かれていた。
たぶん、さっきのは運ばれて下ろされた時の衝撃だったのだろう。
「うっ、痛い……」
喉に違和感があり、何度か空咳を繰り返す。
両腕で身体を持ち上げて室内を見回すと、部屋の隅にいる女性と目があった。
黒髪に褐色の肌の釣り目の美人だ。
身体の前で両手を縄で拘束されていた。
私はこんなところに人がいると思わなくてビクリと身体を震わせた。
「あなた?」
なんだかどこかで見たことがある。
私は彼女の顔から衣服に目を移して思い出した。
白いワンピースに袈裟懸けの黄色い織物の衣装は、この街でも見た異民族のもので、しかも彼女は私が声をかけたスリの占い師ではないか!
こんなところで再会なんて、全然嬉しくない!
「……アンタも捕まったの?」
彼女は私の全身を素早く見回すと力を抜いた。
私が頷くと、彼女は持っていた細い棒のようなものをどこかにしまう。
拘束されているとは思えない不自由さのない動きだった。
何それ、武器?
「も? ってあなたも捕まったの?」
「ええ」
彼女が頭に巻いていた布がなくなっているのは、その時に落としたのだろうか。
私はじりじりと彼女に向かって距離を詰めた。
「ここは夫人のお屋敷よね? どうしてあなたは捕まったの?」
「知らない。移動民族だから都合が良かったんじゃない?」
「都合がいい?」
言ってる意味がわからずに首を傾げる。
「だってアタシたちがいなくなっても誰も気が付かないから」
美しい形の眉毛を寄せて、忌々しそうに呟く彼女を見て、私はそういえばこんなに彼女は言葉が達者だっただろうかと場違いにも思った。
以前会った時はもっとたどたどしかったのに。
「あなた、言葉が上手なのね」
その言葉に視線を宙に巡らせると、彼女は「ああ」と呟いた。
「喋れないと思われてた方が都合が良かったから。ところでアタシを知ってるってことはどっかでアンタと会った?」
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