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1.聖女アリーチェ旅に出る
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「聖女を引退したいから後継者を探しに行こうと思って」
小さな村にあるエールハウス。
その軒先にある、丸太を横にしただけのベンチに座りながら私はエールを一気に煽った。
「ぷはっ」
少しの酸味と喉を通り抜ける炭酸が、今は爽やかで心地良い。
ずっと言いたくて我慢していた。
今日、聖都から離れた村でようやく言えた。
コップに残ったエールに映る私の表情は明るく、ブラウンの瞳は濁ったお酒でも輝いているのが見える。
すっきりとした気持ちの私とは逆に、左側に座っていた修道会の騎士ジュストはエールを吹き出して、右側に座っていた修道女カーラは食べていた丸パンを手から滑らせた。
「げほっ、は? ア、アリーチェ、今何て言った?」
驚かせてごめんねの気持ちをこめて、咳き込むジュストの背中をさすってあげる。
彼は猫のような少し吊り上がった青い目を大きく見開いた。唇を乱暴に拭うと立ち上がって私を見下ろす。
濃いブラウンの柔らかそうな髪の毛が風に揺れる。
私よりも1歳だけ年上なのだけど、精悍な顔つきをしているせいかもっと年上に見える。
「ディアーナ様、『見定めよ』とのお言葉を女神から賜ったのではなかったのですか?」
カーラは膝の上に落とした丸パンを脇によけると立ち上がり、ジュストと同じように私を見下ろした。
羽織っているケープのフードからは柔らかそうな濃いブラウンの髪の毛がちらりと見えていて、髪と同じ色の瞳には困惑の色が浮かんでいる。
年齢はアリーチェよりも4歳年上の、切れ長の目を持つ落ち着いた雰囲気の美人だった。
私は瞳の色はカーラと同じブラウンだけど、目が丸くて大きい。髪の毛は深みのある金色だ。太陽のようにキラキラと輝く私の好きなところのひとつ。幼い頃ジュストに「金色の小鳥みたい」なんて言ってもらえていたのは私の大事な思い出だ。
ジュストとカーラ。瞳の色はちがうけれど、そっくりな表情で私を見つめる。まるで、どんな些細な事柄も見逃さないというように。
男女や年齢の違いはあったけれど、面差しはよく似ている。
それもそのはずで、ふたりは姉弟なのだ。
私の家で、子どもの頃から働いていてくれていた。
私が大聖堂に聖女だって言われて連れていかれる前までだけどね。
私はジュストとカーラに驚きや戸惑いの表情はあっても、怯えや恐怖の様子はないことにこっそり安堵した。
「ディアーナじゃないわ。この旅の間だけでもアリーチェって呼んで」
少しだけ拗ねたような表情を作ると、カーラは表情を緩ませて名前を呼んでくれた。
でもすぐに、表情を引き締めると問うような視線を向けてくる。
「ちゃんと話すわ。というか、ジュストとカーラにも協力してもらいたいの」
さっきジュストが吹き出して、地面にこぼれたエールが太陽の光を反射してキラキラしている。
水面に映る青空はあの日の空のようだった。
私はふたりに座るように促すと、この旅を始めることになったきっかけを話すことにした。
小さな村にあるエールハウス。
その軒先にある、丸太を横にしただけのベンチに座りながら私はエールを一気に煽った。
「ぷはっ」
少しの酸味と喉を通り抜ける炭酸が、今は爽やかで心地良い。
ずっと言いたくて我慢していた。
今日、聖都から離れた村でようやく言えた。
コップに残ったエールに映る私の表情は明るく、ブラウンの瞳は濁ったお酒でも輝いているのが見える。
すっきりとした気持ちの私とは逆に、左側に座っていた修道会の騎士ジュストはエールを吹き出して、右側に座っていた修道女カーラは食べていた丸パンを手から滑らせた。
「げほっ、は? ア、アリーチェ、今何て言った?」
驚かせてごめんねの気持ちをこめて、咳き込むジュストの背中をさすってあげる。
彼は猫のような少し吊り上がった青い目を大きく見開いた。唇を乱暴に拭うと立ち上がって私を見下ろす。
濃いブラウンの柔らかそうな髪の毛が風に揺れる。
私よりも1歳だけ年上なのだけど、精悍な顔つきをしているせいかもっと年上に見える。
「ディアーナ様、『見定めよ』とのお言葉を女神から賜ったのではなかったのですか?」
カーラは膝の上に落とした丸パンを脇によけると立ち上がり、ジュストと同じように私を見下ろした。
羽織っているケープのフードからは柔らかそうな濃いブラウンの髪の毛がちらりと見えていて、髪と同じ色の瞳には困惑の色が浮かんでいる。
年齢はアリーチェよりも4歳年上の、切れ長の目を持つ落ち着いた雰囲気の美人だった。
私は瞳の色はカーラと同じブラウンだけど、目が丸くて大きい。髪の毛は深みのある金色だ。太陽のようにキラキラと輝く私の好きなところのひとつ。幼い頃ジュストに「金色の小鳥みたい」なんて言ってもらえていたのは私の大事な思い出だ。
ジュストとカーラ。瞳の色はちがうけれど、そっくりな表情で私を見つめる。まるで、どんな些細な事柄も見逃さないというように。
男女や年齢の違いはあったけれど、面差しはよく似ている。
それもそのはずで、ふたりは姉弟なのだ。
私の家で、子どもの頃から働いていてくれていた。
私が大聖堂に聖女だって言われて連れていかれる前までだけどね。
私はジュストとカーラに驚きや戸惑いの表情はあっても、怯えや恐怖の様子はないことにこっそり安堵した。
「ディアーナじゃないわ。この旅の間だけでもアリーチェって呼んで」
少しだけ拗ねたような表情を作ると、カーラは表情を緩ませて名前を呼んでくれた。
でもすぐに、表情を引き締めると問うような視線を向けてくる。
「ちゃんと話すわ。というか、ジュストとカーラにも協力してもらいたいの」
さっきジュストが吹き出して、地面にこぼれたエールが太陽の光を反射してキラキラしている。
水面に映る青空はあの日の空のようだった。
私はふたりに座るように促すと、この旅を始めることになったきっかけを話すことにした。
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