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19.未来のこと
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フローラはソフィアが雑誌を読まないと知ると、窓から光が燦々と降り注ぐところに持っていきそこで見ることにしたようだった。
ルーカスはフローラが移動したことで空いたソフィアの隣に腰かける。
男爵とソフィア、ルーカスはそのまま会話を続けた。
「ソフィア、他の物語も翻訳しているのかい?」
「ええ、作者の方から最新作も送っていただいたの。雑誌に載せてもらえるかはわからないけれど、翻訳しておこうと思ってるわ」
「それがいいさ。きっと次も載せてもらえるよ」
「だと良いんだけど」
ソフィアはビスケットを口に運び、紅茶を一口飲んだ。
「お義父様はお変わりなく? 叔母様たちはもう教会に行ったのかしら?」
ソフィアが王都にいる間はずっと男爵のタウンハウスに滞在していた。
「ああ、もう教区の教会へ移動していったよ」
「そうなのね」
ソフィアはふと、男爵がひとりであのカントリーハウスにいる光景を思い描き寂しい気持ちになった。
この伯爵家のカントリーハウスと比べて決して大きいとは言えないけれど、ひとりで暮らすには十分すぎる広さだ。
「伯父上、せっかく来てくれたのですからひと月と言わずもっと滞在してくださいね」
「ありがとう。だが領地のことも気になるからな。予定通りで帰らせてもらうよ」
ソフィアの心情を察したルーカスが、思いやりを込めて言うが、男爵は笑って返事をした。
「良ければ今度は君たちが我が領地に遊びに来てくれ。小さな村しかないのどかな領地だが、狩をするには悪くない土地だ」
「ええ。是非お伺いさせていただきます」
ルーカスが微笑むとソフィアも柔らかく微笑んだ。
そんなふたりを見て、男爵が咳払いをする。
「実は今日来たのは雑誌を持ってくる以外にも理由があってね」
「どうされましたか?」
男爵はステッキを握り直し、ひとつ頷くと後を続けた。
なんてことのないことを言うように。
「うむ。まだ正式には決まっていないのだが、実は爵位を陛下にお返ししようかと考えている」
ソフィアとルーカスは息を飲んだ。
「まぁ、そんな……。代々引き継いでらした土地ですのに」
ソフィアはレースの手袋に包まれた手で口元を覆った。
男爵はひとつ頷く。
「まぁ、そうだが……。私にはもう息子も孫もおらん。ああ、もちろんソフィアや息子の前の妻のアイリスに問題があったと思ってないさ。そう、それから娘に相続することもできん。それもこれも、相続人がまともであったら考えなかったことだが」
ソフィアの表情に変化がないのを確認すると後を続ける。
「ソフィアにはもう甥もいて、翻訳家という仕事もある。私の娘にも神父の夫がいる。望ましくない相手に家を存続させる必要なんてないと判断したんだよ」
男爵の言う事は理解できることだった。
ソフィアも彼らがこの先社交界で大きな顔をするのを見たくなかったし、恐らくだか彼らは遅かれ早かれ社交界の爪弾き者にもなってしまうだろう。
「男爵家の当主として、正しい判断をすべきだ」
そう言った男爵の顔は、威厳を持ちながら決意のこもった目をしていた。
先祖の名誉を傷つけさせない。そういう気迫さえ感じた。
男爵はどれだけ考えこの決断に至ったのだろう。胸中を想像するとソフィアの胸も苦しくなるのだった。
「それから、これは難しいかもしれないが、出来たらでいいんだ」
「なんですか?」
「爵位を返上したら、領地の管理をする人がいなくなるだろう。それを、ラーディントン伯爵家でしてもらえたらと思っている」
ルーカスは驚きに目を見開きながらも、頷いて返事をする。
「今弁護士に書類や手続きのもろもろを確認してもらっている最中だ」
ソフィアは、口を開いて閉じるを繰り返して、結局何を言えばいいかわからず夫に返事を託した。
「伯父上……」
しかしルーカスも何といったらいいのかがわからない様子だった。
男爵はそんなふたりの様子を見て、わざと茶目っ気たっぷりに微笑んだのだった。
「領地を管理したいからと言って、この老体に早くくたばれと言うのはなしだぞ」
ウィンクまでして見せる。
それがユーモラスな男爵に、飛び切り似合っている仕草だった。
ルーカスは潤んでしまった瞳を悟られないように、にやりと笑っていった。
「では伯父上には長生きしていただかなければなりませんね。なんせ領地の管理は大変ですから。ソフィアと過ごす時間が減ってしまいます」
ルーカスはフローラが移動したことで空いたソフィアの隣に腰かける。
男爵とソフィア、ルーカスはそのまま会話を続けた。
「ソフィア、他の物語も翻訳しているのかい?」
「ええ、作者の方から最新作も送っていただいたの。雑誌に載せてもらえるかはわからないけれど、翻訳しておこうと思ってるわ」
「それがいいさ。きっと次も載せてもらえるよ」
「だと良いんだけど」
ソフィアはビスケットを口に運び、紅茶を一口飲んだ。
「お義父様はお変わりなく? 叔母様たちはもう教会に行ったのかしら?」
ソフィアが王都にいる間はずっと男爵のタウンハウスに滞在していた。
「ああ、もう教区の教会へ移動していったよ」
「そうなのね」
ソフィアはふと、男爵がひとりであのカントリーハウスにいる光景を思い描き寂しい気持ちになった。
この伯爵家のカントリーハウスと比べて決して大きいとは言えないけれど、ひとりで暮らすには十分すぎる広さだ。
「伯父上、せっかく来てくれたのですからひと月と言わずもっと滞在してくださいね」
「ありがとう。だが領地のことも気になるからな。予定通りで帰らせてもらうよ」
ソフィアの心情を察したルーカスが、思いやりを込めて言うが、男爵は笑って返事をした。
「良ければ今度は君たちが我が領地に遊びに来てくれ。小さな村しかないのどかな領地だが、狩をするには悪くない土地だ」
「ええ。是非お伺いさせていただきます」
ルーカスが微笑むとソフィアも柔らかく微笑んだ。
そんなふたりを見て、男爵が咳払いをする。
「実は今日来たのは雑誌を持ってくる以外にも理由があってね」
「どうされましたか?」
男爵はステッキを握り直し、ひとつ頷くと後を続けた。
なんてことのないことを言うように。
「うむ。まだ正式には決まっていないのだが、実は爵位を陛下にお返ししようかと考えている」
ソフィアとルーカスは息を飲んだ。
「まぁ、そんな……。代々引き継いでらした土地ですのに」
ソフィアはレースの手袋に包まれた手で口元を覆った。
男爵はひとつ頷く。
「まぁ、そうだが……。私にはもう息子も孫もおらん。ああ、もちろんソフィアや息子の前の妻のアイリスに問題があったと思ってないさ。そう、それから娘に相続することもできん。それもこれも、相続人がまともであったら考えなかったことだが」
ソフィアの表情に変化がないのを確認すると後を続ける。
「ソフィアにはもう甥もいて、翻訳家という仕事もある。私の娘にも神父の夫がいる。望ましくない相手に家を存続させる必要なんてないと判断したんだよ」
男爵の言う事は理解できることだった。
ソフィアも彼らがこの先社交界で大きな顔をするのを見たくなかったし、恐らくだか彼らは遅かれ早かれ社交界の爪弾き者にもなってしまうだろう。
「男爵家の当主として、正しい判断をすべきだ」
そう言った男爵の顔は、威厳を持ちながら決意のこもった目をしていた。
先祖の名誉を傷つけさせない。そういう気迫さえ感じた。
男爵はどれだけ考えこの決断に至ったのだろう。胸中を想像するとソフィアの胸も苦しくなるのだった。
「それから、これは難しいかもしれないが、出来たらでいいんだ」
「なんですか?」
「爵位を返上したら、領地の管理をする人がいなくなるだろう。それを、ラーディントン伯爵家でしてもらえたらと思っている」
ルーカスは驚きに目を見開きながらも、頷いて返事をする。
「今弁護士に書類や手続きのもろもろを確認してもらっている最中だ」
ソフィアは、口を開いて閉じるを繰り返して、結局何を言えばいいかわからず夫に返事を託した。
「伯父上……」
しかしルーカスも何といったらいいのかがわからない様子だった。
男爵はそんなふたりの様子を見て、わざと茶目っ気たっぷりに微笑んだのだった。
「領地を管理したいからと言って、この老体に早くくたばれと言うのはなしだぞ」
ウィンクまでして見せる。
それがユーモラスな男爵に、飛び切り似合っている仕草だった。
ルーカスは潤んでしまった瞳を悟られないように、にやりと笑っていった。
「では伯父上には長生きしていただかなければなりませんね。なんせ領地の管理は大変ですから。ソフィアと過ごす時間が減ってしまいます」
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