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10.ルーカスの苦しみ
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ソフィアが言われた言葉を咀嚼して感動に浸る前に、ルーカスが真剣な顔をしていった。
「ところでソフィーに聞きたいんだけれど」
「何かしら?」
「あの子は君に迷惑をかけていないだろうか? 負担になっていることがあるなら教えて欲しいんだ」
ソフィアは目をぱちくりと瞬かせた。
「負担になんてなっていないわ! 素直で明るくて可愛らしいお嬢さんよ。私も彼女といると前向きな気持ちになれるの」
「それならよかった」
「ええ。きっとフローラは奥様とルーカスに愛されて育ったのね」
するとルーカスが一瞬表情を無くして、何とも言えない妙な表情になった。
「そうだね……」
何かおかしなことを言っただろうか? ソフィアは慌ててさっきの言葉を反芻する。
いいえ、大丈夫。おかしなことは言っていないはず。
「私はフローラを愛しているよ。妻も、そうだった、と信じている」
自分で自分の言った言葉をかみしめるように殊更ゆっくりと言う。
しかしすぐに手を額にあてて黙り込んだ。
そして、逡巡した後にまるで懺悔をするように囁いた。
「少しだけ聞いてくれるかい?」
「ええ。フローラ嬢のことかしら?」
「私の妻のことだ。私たちは、舞踏会で出会ったんだ。彼女も同じ伯爵家で、身分的に何も問題がなかった。彼女のことも、思いやりがあって機知に富んだ賢い人だった。これからふたりで支えあい生きていける相手だと思ってプロポーズしたんだ」
急にソフィアはルーカスが寄る辺をなくした少年のように見えた。
伯爵家を継いだ立派な男性に対してそう思うにはおかしいことだ。でもソフィアはルーカスを自分の出来る限りで支えてあげたいとも思ったのだった。
「彼女も私の申し出を受けてくれて、幸せに暮らしていた。妻はフローラが10歳に亡くなったんだが、彼女が亡くなった後も私は、私たちが良い夫婦だったと信じて生きていたんだ」
ルーカスはそこで言葉を切り、息を吐き出した。
「妻の遺品を整理するまでは」
「……何かを見たの?」
「手紙だった。相手は貴族じゃない、海軍に士官している男のようだった」
拳が強く握られているのが見えた。ソフィアはルーカスの手を握りしめてあげたくてたまらない衝動にかられた。
ああ、今彼は大きな苦しみの渦のなかにいるのだ。
ソフィアは慎重に言葉を探した。唇をなめて一息置いてから口を開く。
「あなたへの、愛情がまやかしだったと思っているのね?」
「……どうだろう。だが、私のことはもういいんだ」
ルーカスは寂しげに微笑んだ。
ソフィアは彼の心をひとりきりにしておきたくなくて、自らの手で彼の拳を優しく包んだ。
「娘……。妻は、少しでもフローラに愛情を持ってくれていたのだろうか……。そればかりが気にかかるんだ」
「ルーカス……」
彼の妻が本当はどうだったのかはもう誰にもわからない。
気休めは言えるけれど彼はそれを望んでいるようには見えなかった。
だから、ソフィアも最大の誠実さで答えようと思った。
「奥様のお気持ちはご本人しかわからないわ。でもね、聞いてルーカス。フローラは、お二人が愛し合っていたと言っていたわ。フローラにとっては二人の間にある愛情は本物だったってことよ。そして、自分はそんな二人に愛されていると」
いったん深呼吸してから続きを話す。
「奥様がフローラをどう思っていたにせよ、フローラが愛されていたと信じているのならそれは本物よ」
ルーカスがはっ、と顔を上げた。
視線が絡み合いう。
ルーカスはそこで初めてソフィアの瞳を見つめたような気持になった。もう何度も会っている従妹に対して、初めて会った人のようにも感じる。
榛色の瞳は意志の光をもって輝き、今は自分を導く星のように見えた。
まるで海上で行き先を示す星のようだった。
ルーカスにとってソフィアは、亡き伯母の家に来た嫁で、フローラの付き添い。それだけだったと思うのに、今はそれ以上の存在になっていることは確かだった。
「ソフィー。ありがとう」
緩く微笑むと、ソフィアに包まれていた手をくるりと回して、ソフィアの手のひらと自分の手のひらを合わせた。
そしてゆっくりとソフィアの手を握り締めた。
「ところでソフィーに聞きたいんだけれど」
「何かしら?」
「あの子は君に迷惑をかけていないだろうか? 負担になっていることがあるなら教えて欲しいんだ」
ソフィアは目をぱちくりと瞬かせた。
「負担になんてなっていないわ! 素直で明るくて可愛らしいお嬢さんよ。私も彼女といると前向きな気持ちになれるの」
「それならよかった」
「ええ。きっとフローラは奥様とルーカスに愛されて育ったのね」
するとルーカスが一瞬表情を無くして、何とも言えない妙な表情になった。
「そうだね……」
何かおかしなことを言っただろうか? ソフィアは慌ててさっきの言葉を反芻する。
いいえ、大丈夫。おかしなことは言っていないはず。
「私はフローラを愛しているよ。妻も、そうだった、と信じている」
自分で自分の言った言葉をかみしめるように殊更ゆっくりと言う。
しかしすぐに手を額にあてて黙り込んだ。
そして、逡巡した後にまるで懺悔をするように囁いた。
「少しだけ聞いてくれるかい?」
「ええ。フローラ嬢のことかしら?」
「私の妻のことだ。私たちは、舞踏会で出会ったんだ。彼女も同じ伯爵家で、身分的に何も問題がなかった。彼女のことも、思いやりがあって機知に富んだ賢い人だった。これからふたりで支えあい生きていける相手だと思ってプロポーズしたんだ」
急にソフィアはルーカスが寄る辺をなくした少年のように見えた。
伯爵家を継いだ立派な男性に対してそう思うにはおかしいことだ。でもソフィアはルーカスを自分の出来る限りで支えてあげたいとも思ったのだった。
「彼女も私の申し出を受けてくれて、幸せに暮らしていた。妻はフローラが10歳に亡くなったんだが、彼女が亡くなった後も私は、私たちが良い夫婦だったと信じて生きていたんだ」
ルーカスはそこで言葉を切り、息を吐き出した。
「妻の遺品を整理するまでは」
「……何かを見たの?」
「手紙だった。相手は貴族じゃない、海軍に士官している男のようだった」
拳が強く握られているのが見えた。ソフィアはルーカスの手を握りしめてあげたくてたまらない衝動にかられた。
ああ、今彼は大きな苦しみの渦のなかにいるのだ。
ソフィアは慎重に言葉を探した。唇をなめて一息置いてから口を開く。
「あなたへの、愛情がまやかしだったと思っているのね?」
「……どうだろう。だが、私のことはもういいんだ」
ルーカスは寂しげに微笑んだ。
ソフィアは彼の心をひとりきりにしておきたくなくて、自らの手で彼の拳を優しく包んだ。
「娘……。妻は、少しでもフローラに愛情を持ってくれていたのだろうか……。そればかりが気にかかるんだ」
「ルーカス……」
彼の妻が本当はどうだったのかはもう誰にもわからない。
気休めは言えるけれど彼はそれを望んでいるようには見えなかった。
だから、ソフィアも最大の誠実さで答えようと思った。
「奥様のお気持ちはご本人しかわからないわ。でもね、聞いてルーカス。フローラは、お二人が愛し合っていたと言っていたわ。フローラにとっては二人の間にある愛情は本物だったってことよ。そして、自分はそんな二人に愛されていると」
いったん深呼吸してから続きを話す。
「奥様がフローラをどう思っていたにせよ、フローラが愛されていたと信じているのならそれは本物よ」
ルーカスがはっ、と顔を上げた。
視線が絡み合いう。
ルーカスはそこで初めてソフィアの瞳を見つめたような気持になった。もう何度も会っている従妹に対して、初めて会った人のようにも感じる。
榛色の瞳は意志の光をもって輝き、今は自分を導く星のように見えた。
まるで海上で行き先を示す星のようだった。
ルーカスにとってソフィアは、亡き伯母の家に来た嫁で、フローラの付き添い。それだけだったと思うのに、今はそれ以上の存在になっていることは確かだった。
「ソフィー。ありがとう」
緩く微笑むと、ソフィアに包まれていた手をくるりと回して、ソフィアの手のひらと自分の手のひらを合わせた。
そしてゆっくりとソフィアの手を握り締めた。
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