僕を貴方の傍において~ティーカップの妖精の恋~〖完結〗

カシューナッツ

文字の大きさ
上 下
48 / 52

海へ、行く〖第48話〗

しおりを挟む


 深山の車はシルバーの、荷物が沢山のせられそうな車で、とても綺麗に片付けられていた。

『ふかやまさんの車、きれい』

「いつもはちらかっている。昨日半日かけて片付けた。行こうか。いきなり八年ぶりの運転をするのは怖いから、君が休んでいる間に暫く近所をうろうろした。勘は取り戻したから運転は多分大丈夫だ。安全運転で行こうか」

 始終幼い少年は楽しそうだった。対向車が来る度に、怖いのか目をつぶった。だんだんと車を走らせると緑が増えていく。

『ふかやまさんと二人でずっと一緒にいられて嬉しいです』

「いつも一緒だろう。寝るときも一緒じゃないと眠らないんだからな。とんだ『あまえた』だ」

『あまえた、ですか。ふかやまさんと一緒にお喋りしている時間なんて、二人で料理をしている時間くらい。だから楽しい。ふかやまさんと一緒にいられるのは、楽しいし、嬉しいです』

 少し照れ臭そうに幼い少年は言った。深山は前を向いたまま、声を落とす。

「嬉しいか………そうか」

『嬉しいことは、悪いことですか?』

 一旦、深山は黙り、息をはいた。

「いや、最近避けられている感じがしていたから、やはり嫌われたか、と思った」

『嫌うなんて、そんな。どうしてですか?』

「私と一緒に居ても、楽しくなんかないだろう」

 少年は運転する深山を見ながら照れくさそうに笑いながら言った。

『いつもぼくは、ふかやまさんのことばかり考えています。下手だけど朝御飯とか、任せてもらって嬉しい。
 何をすれば、ふかやまさんが喜んでくれるか、笑ってくれるか考えて……いつも楽しい。ふかやまさんのおかげです。しあわせです』

    深山は少年を見ることができなかった。

「……アレク、これから行く砂浜には、貝が沢山おちている。海の音が聞こえる貝だ。綺麗な貝だから探してみるといい」

 深山はつらかった。独り林檎を剥きながら声を殺して泣いている少年の姿を幾度か見てきた。そうさせているのは深山なのに幼い少年は『楽しい』という。

 自分のことではなく深山を考えて『しあわせ』という。泣きたくなる。小さなアレクが悲しい。

『はい。ふかやまさんは、何を?』

「途中の絵があるからそれに必要なスケッチを描こうと思っている。海の波のスケッチだけでも。画集で君が前に見た絵だな。海の三部作だ。発表はしたが何か足りない気がして、手元においてある。虹の絵………。君はいいヒントをくれた。それに二つの絵にも。終わりがあれば、始まりもあるんだな………」

 不思議な顔をして少年は深山を見た。それから、不意に少年は深山に訊いた。

『ふかやまさん、真夜中に本当に虹はかかるんですか?』

「月の光が強い日は真夜中にも虹はかかるらしい。あの絵のように星の光では無理だな」

    深山は淡く笑い、

「本当のものは見せてやれないが、描いたら見せる。だから待っていなさい」

    と言った。少年は、ニコリと笑って『早くみたいです』と言った。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...