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海へ、行く〖第48話〗
しおりを挟む深山の車はシルバーの、荷物が沢山のせられそうな車で、とても綺麗に片付けられていた。
『ふかやまさんの車、きれい』
「いつもはちらかっている。昨日半日かけて片付けた。行こうか。いきなり八年ぶりの運転をするのは怖いから、君が休んでいる間に暫く近所をうろうろした。勘は取り戻したから運転は多分大丈夫だ。安全運転で行こうか」
始終幼い少年は楽しそうだった。対向車が来る度に、怖いのか目をつぶった。だんだんと車を走らせると緑が増えていく。
『ふかやまさんと二人でずっと一緒にいられて嬉しいです』
「いつも一緒だろう。寝るときも一緒じゃないと眠らないんだからな。とんだ『あまえた』だ」
『あまえた、ですか。ふかやまさんと一緒にお喋りしている時間なんて、二人で料理をしている時間くらい。だから楽しい。ふかやまさんと一緒にいられるのは、楽しいし、嬉しいです』
少し照れ臭そうに幼い少年は言った。深山は前を向いたまま、声を落とす。
「嬉しいか………そうか」
『嬉しいことは、悪いことですか?』
一旦、深山は黙り、息をはいた。
「いや、最近避けられている感じがしていたから、やはり嫌われたか、と思った」
『嫌うなんて、そんな。どうしてですか?』
「私と一緒に居ても、楽しくなんかないだろう」
少年は運転する深山を見ながら照れくさそうに笑いながら言った。
『いつもぼくは、ふかやまさんのことばかり考えています。下手だけど朝御飯とか、任せてもらって嬉しい。
何をすれば、ふかやまさんが喜んでくれるか、笑ってくれるか考えて……いつも楽しい。ふかやまさんのおかげです。しあわせです』
深山は少年を見ることができなかった。
「……アレク、これから行く砂浜には、貝が沢山おちている。海の音が聞こえる貝だ。綺麗な貝だから探してみるといい」
深山はつらかった。独り林檎を剥きながら声を殺して泣いている少年の姿を幾度か見てきた。そうさせているのは深山なのに幼い少年は『楽しい』という。
自分のことではなく深山を考えて『しあわせ』という。泣きたくなる。小さなアレクが悲しい。
『はい。ふかやまさんは、何を?』
「途中の絵があるからそれに必要なスケッチを描こうと思っている。海の波のスケッチだけでも。画集で君が前に見た絵だな。海の三部作だ。発表はしたが何か足りない気がして、手元においてある。虹の絵………。君はいいヒントをくれた。それに二つの絵にも。終わりがあれば、始まりもあるんだな………」
不思議な顔をして少年は深山を見た。それから、不意に少年は深山に訊いた。
『ふかやまさん、真夜中に本当に虹はかかるんですか?』
「月の光が強い日は真夜中にも虹はかかるらしい。あの絵のように星の光では無理だな」
深山は淡く笑い、
「本当のものは見せてやれないが、描いたら見せる。だから待っていなさい」
と言った。少年は、ニコリと笑って『早くみたいです』と言った。
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