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アレクの自分でも解らない、不可解な気持ち〖第18話〗

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 窓際のテーブルに向い合わせの椅子がある。少し奥に古い小ぶりのベッドを少年は見つめる。器たちとの話の中の『婚約者の……』の言葉がよぎり、少年は反射的に目を逸らした。

 深山は椅子に座り、足を組み、向かいの椅子に座るよう促す。

「どうした?アレク。かけなさい。楽にしてくれ」

『………綺麗に片付いているんですね。ふかやまさんは、何でも一人で出来てしまうんですね。凄いです。僕なんかがここに来て、良いんでしょうか。相応しい人がいたんでしょう?僕は掃除も料理も洗濯も、アイロンがけも上手く出来ません。紅茶を淹れることくらいしか、まともに出来ないのに……空のカップを持って来て欲しいだなんて。ふかやまさんは意地悪です……早く用事を言ってください。アイロンが、まだで……すみません、仕事が遅くて』

    少年の表情は暗かった。ダイニングでの顔とはまるで違う。夜のようなこの部屋のせいだけではないように深山には思えた。そして引っ掛かる言葉『相応しい人』………この部屋について深山は少年に何も話していない。婚約者のことで茶碗達から何か聴いたのだろうか。嫌な予感がした。

「君を呼ぼうと一生懸命片付けたんだ。俄か仕込みだよ。いつもは散らかっている。それに、君が家事をしてくれるから、美味しいミルクティーを淹れてくれるから私が傍に居て欲しいと思っていると、本気でそう思っているのか?」

    つい、深山は、語尾が強くなったことを後悔する。『違う』と少年は、まるで自分に言い聞かせるように首を振り、今にも零れそうな涙目で俯くことしか出来ない。言い返せない、そんなことは深山には充分解っているのに。そんなこともなかったことにされ少年は、ただ悲しかった。

「すまない。言葉を間違えた。私はただ……君がここにいてくれるだけで良いんだ。アレク。私は君が何が出来ても出来なくてもいいんだ……ああ、油絵の具の臭いが苦手か?窓を開けようか」

『ふかやまさん、目がつらくなったら大変です、だめです。僕は平気ですから』

 深山の窓に伸ばした手が少年の非力な白い手に掴まれる。深山は、優しく少年の手をほどき、苦笑して言った。

「最近、目の調子がいいんだ。火傷のひきつれる感覚もほとんど感じない。君が作るミルクティーのおかげかもしれないな。大丈夫だよ。近々病院に行くつもりだから、君も一緒に来てほしい。良いことを考えたんだ。カップも一緒に持っていく。何かあったらカップに戻ればいい。二人で色んなものを見たい……カーテンはレースのカーテンもひくし、開けると言っても少し換気する程度だ。ここは私が小さい頃、一番好きだった場所だ。君に見せたかった。朝日が良く入るんだよ。風も入るから、涼しい」

 そう昔を懐かしむ顔をして深山が笑うと少年は物言いたげな悲しい顔をした。深山はエアコンの電源を消し遮光カーテンを開け、窓を少しだけ開ける。一斉に蝉時雨が耳に飛び込む。深山自身久し振りに、このカーテンを開けた。レースの白いカーテンが風に揺れ、うねる。
 
 八年か、と漠然と深山はそう思う。焼けた庭を作り直し、定期的に庭師を入れているが、新しい庭をこうして見るのは初めてだった。木々が思いの外、大きくなっている。整えられた芝生と森が見える。夏特有の湿気を含む空気が肌につく。しかし、緑を通り抜けて来る風は街のものとは違い、清々しい、ひんやりとした感覚だけが残る。

「緑が綺麗だ。風が気持ちいいな」

 深山は少年を見て目を細める。少年はたまに送られてくる深山の視線に気づかない振りをして何の感慨もなく庭を見ていた。

『綺麗、ですね………』

 消え入るような声で少年は無感情に呟く。

『本当に、綺麗です』

 そう言い少年は肩を震わせた。

「アレク………?」

『何でもないんです。だから、放っておいて下さい』

 俯いて、声を震わせる少年を深山は見つめる。

「アレク?どうした?」

『ここにいると、つらいんです。惨めになります……思い出の庭なんでしょう?婚約者の、ひととのっ!所詮、僕はクソ生意気なただのティーカップだもの……何でここに僕を連れて来たんですか?あんまりです!』
 
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