僕を貴方の傍において~ティーカップの妖精の恋~〖完結〗

カシューナッツ

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秘密のアトリエ〖第17話〗

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 深山は、口ごもる少年に意地悪だと解っていながらも訊いてしまう。少年は、もじもじと小柄な身体をさらに小さくし、たまらなく恥ずかしそうにする。

 少年のいじらしさに、若い頃だったら今頃、無理やりにでもソファに押し倒していたかもしれない。それくらい少年には、いたいけな可愛らしさがあった。

『と、途中から記憶がぼんやりとしか無いんですが、途切れて……覚えていないんです。さ、最後はあるんですが………』

「最後?」

 深山は頬杖をついて、少年から目を逸らさない。
『ふ、ふかやまさんに……僕は憚りもなく『僕もあいしてる』と言ったり………お願いします、ふかやまさん。もうこの話はやめてください。恥ずかしくて消えてしまいそうです』

 少年は身を縮めて俯く。もう顔は真っ赤だった。耳朶まで紅く染める少年を、深山は温かな瞳で見つめ続ける。

 この少年と、紅い瞳の少年は『別人』なのだろう。だから、今のアレクの記憶がない。確かに紅い瞳の少年も魅力的だったが、深山は可愛らしく、今の初々しい少年が好きだ。恥ずかしそうに身を縮めるしぐさがたまらなく、いとおしい。失えない。失いたくない。

 深山のミルクティーを飲み終えるのを見届けたように、少年は食器をひきはじめる。深山は少年に声をかけた。

「アレク。食器を洗ったらいつものカップを持ってアトリエに来てくれ。中身はいらない」

 少年の顔に影がさした。

『はい』

 とだけ少年は言った。深山はアトリエには誰も立ち入れさせたことがない。アトリエになる前には、ただ一人招いたことがあるが。

 最初、少年と出会ったばかりの頃に、

「アトリエの掃除は自分でやるから、君はこの部屋には入らないでくれ。絶対にだ」

 そう、きつく言ったことを憶えている。

 それ以来少年はアトリエには来ることはない。あまり、少年にとってこの部屋はいい印象はないだろう、と深山は思う。

 三回、ノックする音がした。

「入りなさい」という言葉に、『失礼します』と言いカップを持った少年が、扉を開ける。

──────────
 
 アトリエにあるのは大量の本。イーゼル。画材。本は収納棚に綺麗に整理整頓し、部屋には埃一つないくらいに掃除をしてある。いつもは散らかっているが少年を招こうと思った日に片付けた。

 深山の仕事場だ。小さい見栄を張りたかったし、少年に、片付けも出来ないと思われたくなかった。

 二間続きになっている、奥の広い部屋。電気も消してあるので、何があるかは少年には解らないだろうと深山は思う。もう昼になるのに夜のような遮光カーテンで締め切られた淡く照明灯る部屋。少年は、下を向き、カップを手のひらに納めじっとしていた。

─────────────

『ふか………マスターはいつもアトリエにいますがそんなに良い所なんでしょうか?』

『火事の後、婚約者と別れて家を新築してからずっとアトリエに籠りっきりで、ただひたすら取り憑かれたように絵を描いていたの。ご主人様の「巣」のようなものね。今で言う「ぷらいべーとすぺーす」かしら』

『火事は放火だったのよ。誰かがどさくさに紛れて絵を盗む目的で放火したらしいわ』

『今のアトリエは、ご主人様の小さい頃のご自分の部屋だったものに似せてあるんですって。綺麗な庭が見えるらしいわ。きっと、朝、あの婚約者と眺めたんでしょうね。誰も入ったことがない、秘密の部屋よ。火事の前、昔の家の時には、よく、あのいけすかない婚約者が泊まっていったわね。あんなの、何処が良かったのかしら。フンっ』

『まあ、男女のことは解らぬことが多々ある。あんなおなごでも、ご主人様は愛しかったのだろう。わし達が気の迷いと感じても、ご主人様には美しい想い出なのだろうなぁ』
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