僕を貴方の傍において~ティーカップの妖精の恋~〖完結〗

カシューナッツ

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深山の思い〖第10話〗

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 深山の思いもよらない行為に、ただ、立ち尽くす少年に深山は苛立ち、ベッドから身を起こし、怒鳴り声をあげた。

「早くこの部屋から出ていけ!聞こえなかったのか!これ以上この部屋にいる気ならこのカップを叩き割るぞ!」
 
 少年は、その深山の言葉にひどく傷ついた顔をして、

『申し訳ありませんでした。マスター』
 
 と小さく震える声で言い、緩慢な動作でトレイとティーカップを下げると、扉の向こうへ消えた。パタン、とドアが閉まると同時に、扉の向こうから少年の声を殺して泣こうとする、震える声が聞こえた。でも何を言っているのか。伝わることはない。

『ふかやまさんは特別なんです。自分でもよく解らないのに……』
    
 こみ上げる涙に少年の呟きは消えた。こんなのは、八つ当たりだ、と深山は頭を抱えた。ただ、欲しい答えが手に入らなかったと、駄々をこねる子供と同じだ……好きなのだ、あの少年が。優しいあの少年が好きなのだ。

 あまりにも報われない、完璧な『主従』の関係。そして、姿も中身も醜い自分。もう、恋などしないと思っていた。けれど、あの笑顔が、コロコロした声が、碧い宝石に似た瞳がかけられてきた思いやりの言葉がそれをとどめる。

 それなのに今あるのは、あの少年の傷つき、悲しみに満ちた表情。ドアの外から漏れ聞こえた嗚咽。

    罪悪感しかなかった。一番傷つけたくないものを、どうして、傷つけてしまうんだろう。本当に大切なのに、どうして包むように愛せないのだろう。

「アレク………」

    ポツリと呟いた言葉。反響する部屋が大きく、孤独を確認する。今更、謝っても許されないことを口にしたことに気づいた。『カップを割る』と言うことは、あの少年の『死』を意味するものだ。自分はあのとき、はからずも少年を殺そうとした。

 あの少年は、きっと許さない。許してくれない。深山は感情のままに口走ったが、少年にとってあまりに残酷なことを、あることを少年に言った。深山は、俯いて力なく、言った。

「すまない、アレク……すまない」
 
 ドア一枚の重みを感じた。暗闇に広がる湿度がこぼれそうなほどなのに、水を打ったように静寂が部屋を満たしていた。少年の泣き声はもう聞こえなかった。

 しばらくして、ドアをノックする音がした。深山は滲んだ涙をガウンの袖で拭き、

「入りなさい」

 とだけ言った。ゆっくりとドアが開く。少年の頬には涙の痕があった。胸がチリチリする。ティーカップを大切そうに持って、怖々とした面持ちで深山を見る。一瞬だけ、目があった。少年の大きな碧い瞳にはいつもの輝きはなかった。まるで怖いものを見るように深山を見ていた。胸が抉られるように痛んだ。

 今まで築いたものが、こうも簡単に崩れてしまうのかと思い、下を向き、顔をあげることは出来なかった。

『マ、マスター。差し出がましいとは思ったのですが、これを……』
 
 ティーカップをベッドサイドのテーブルに置き、少年は足早に去ろうとした。

「これは?生姜か?」

『ジンジャーティーです。マスターがお風邪を召しているのではないかと思いまして。お嫌いでしたら、お下げします……』

 俯き、怯え、少年はこちらを見ようとしなかった。深山は、頑なに距離をとろうとする少年を見ることがつらかった。
    
 今まで何回も間違ってきた。下手な意地やプライドが邪魔をした。しかし、深山は、もう間違えたくなかった。手遅れかもしれないと思っていたが、この少年を失いたくなかった。素直になれず、やさしい言葉をかけられることもできず、ただ、この少年を傷つけてきた。深山は、少年の大きな碧い瞳を見つめ頭を下げた。
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