僕を貴方の傍において~ティーカップの妖精の恋~〖完結〗

カシューナッツ

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君の名前はアレク〖第6話〗

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啜り泣く音がまた、部屋に響く。大きな碧い目で深山を縋るように見つめ少年は泣き続けた。

少年の澄んだ涙から、少年の心の内の孤独を垣間見えた。潜む孤独の闇は、深山の胸を刺すものがあった。無言でティッシュの箱を差し出す。

「さっさと泣きやんでくれ。うるさいのは嫌いだ」

『あ、有難う御座います。マスター』

 涙でくしゃくしゃに濡らした顔を拭き、鼻をかみ、少年は言った。

「……それと『マスター』はやめてくれないか?」

『では『ご主人様』で』

「勘弁してくれ」

    深山は右手を額にあて苦笑した。

『ではなんとお呼びすれば……』

「『深山さん』でいい」

    ふかやまさん、ふかやまさん……と言いにくそうに、少年は繰り返す。
「君の名前は?」

    そう深山が少年に訊くと、黙って首を振った。深山はカップを良く見る。

「クイーンズ・ウェアの特注品か?」

深山は小さく呟く。あまり詳しい知識はないが、アンティークはロマンがある。考えるのは、自由だ。

「アレクはどうだ?」

 目を丸くして少年は深山を見詰めた。

「嫌か?君の瞳の色によく似あう」

『嬉しいです。マスター』

 嬉しそうに、小声で『アレク』と繰り返す少年は、不思議と深山の目に可愛らしく、そしてあどけなく見えた。

「やけにしおらしくなったな。最初はどうしようかと思った。腹が立って仕方なくてな。でも、君を洗っている時にあまりにも悲しそうにしょぼくれている感じがしてね。声を殺した泣き声が聞こえた気がした。さっきはすまなかったな。いきなり怒ったりして。君の淹れたミルクティーは美味しい。もう一杯お願いできないか?」

『は、はい!マスター』

 はにかむように笑う少年は、本当に嬉しそうだった。表情がコロコロ変わる。見ていて飽きない。

 少年は机におかれたカップに手をかざす。ふわりと手が光り、熱いミルクティーが出来上がった。これは現実か?目の前の出来事が信じられない。

「君はまるで魔法使いだな。飲んでも、いいのか?」

『はい、マスター』

 深山はミルクティーを口に運びながら、ため息混じりに言った。

「『深山さん』だ。マスターはやめてくれと言っただろう。私はそんなに御大層なものじゃない。甲斐性無しの、ただの画家だ。いい年をして、誰も来ないこんな薄暗い家の中で、たった独り、絵を描いているんだからな」

 自嘲気味にそう言うと、少年は俯いた。

『やはり、昨日のことを怒って……らっしゃるのですね。申し訳ありません』

「怒ってなど、いない。それに、君が謝る必要はない。暫く寝るから起こさないでくれ。それと、食事の仕度はこれからは君に任せる。……君の紅茶は悪くない。毎食頼む。下手くそに剥かれた林檎もな」
 
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