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始まりは喧嘩から〖第1話〗
しおりを挟む『そんな手で僕に触らないで。穢い!家に帰ったら手ぐらい洗って欲しいね!こんな埃まみれでみずぼらしいのが今度の僕の主人かと思うと辟易する!そんな汚い手で僕に触るな!』
家から帰り、箱からその埃まみれの『いわくつき』の汚れを落とすためシンクで洗おうとした瞬間、指先から頭の中に直接キンキン声で怒鳴られたような感じがした。
初めて味わう感覚と声に驚いて、深山はシンクに『それ』を落としそうになった。
指先から感じられるのは人間への強い警戒心と不信感。取り敢えず落ち着こうと、深呼吸をした。しかし、深山はこの『非現実的』なことに、猛烈に腹が立ってきた。
何で『こんなもの』にこんなことを言われなくてはならない?
手を見る。確かに穢い。焼け爛れた手。醜い手。深山はグッと歯を噛みしめる。
「私の手は清潔だ!玄関先の除菌アルコールでまず清潔にしている!埃まみれはお前だ!気持ち悪かったが気の毒に思って引き取って、洗ってやろうとしてるのに口の聞き方を考えろ!このクソティーカップが!」
『クソ?僕が?どうせ僕が贋物か本物かの見わけもつかないくせに!薄暗い狭い部屋に住んで。こんな貧乏画家。灯りをつける金もろくに無い甲斐性無しだろ。ろくに女も寄り付かないな。きちんと散髪にも行けないのか。辛気臭い顔をして』
「うるさい!子供だと聞いて黙っていれば調子に乗って!部屋が暗い?私は目が悪いんだ!画家の生命線の目がな!それに、私が好きでこんな火傷をしたとでも思うのか?爛れた頬を見られたくなくて顔を隠す気持ちが、惨めさがどんなものかお前に解るか?人を不快にさせて、口にして良いことと悪いことすら解らない子供が!二度と喋るな。解ったか!返事はしなくて結構。お前の声なんて、もう、聴きたくもない!」
深山のいまだ出したこともない怒鳴り声に家中がしん、と静かになった。時計の針でさえも刻むのを躊躇うような静けさだった。
もう、とうに三十は過ぎ、もうすぐ四十を迎えようとしている。何故自分はこんな夢みたいなことに、本気になっているんだろうと、深山は自分自身が嫌になってくる。
「本当に……馬鹿げている」
一つ大きなため息をつき、埃まみれの汚れたティーカップを手で丁寧に洗ってやった。細かい細工は綿棒と爪楊枝で綺麗にしてやる。
ティーカップからは、すっかりさっきのような威勢の良さをなくし、しょんぼり、うなだれているような感覚が、深山の指先から伝わってくる。
本来の美術品のような美しさを取り戻したアンティークの細工を施されたティーカップを深山はコレクションルームの飾り棚に入れた。確かに美しいが、ティーカップは肩を落として泣いているように感じた。謝っているつもりか?あれだけのことを悪びれもせず言っておいて。
「綺麗になれて満足か?返事はしなくていい。この先もずっとだ。最初に私を主人と言ったよな?だったら命令だ。私に向かって一言も喋るな。もうお前の声は聞くのはうんざりだ」
深山はコレクションルームのドアを音をたてて閉めた。この現実離れしたティーカップとの子供じみた喧嘩の、ことのいきさつはこうだ。
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