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〖第10話〗
しおりを挟む「作りたくないと顔に書いてあるね。でも、仕事だ。やらなくてはならないよ。此処に住まわせてもらってる宿代とでも思って作りなさい。外の治安はよくないから、私はいるを外にはイルを出したくない」
レモン料理長の言葉に私は項垂れました。
「イルが本当にジルベルト様にスイーツを作ることが嫌なら『利用してやる!』くらいのカラ元気でも、構わない。今日ジルベルト様がご所望なのは、アップルパイだね。『イルに作って欲しい』とのことだ。どうだい?」
──────────
案の定、何かお言葉があるだろうと覚悟していたら、このアップルパイを夕食の後ののお夜食にお出しした夜、執事様からジルベルト様の書斎に呼ばれました。
執事様は重いドアを開け、私が入るとドアを閉めました。ジルベルト様は窓を見ています。窓に私は映っていても、私からはジルベルト様の表情は読めません。
「私は待っていた。ずっとあの日から蒼い薔薇の庭で。毎日、君を待った。なのに、君は来ない。ディナーの後のデザートも、君の味じゃない。似ているが、違う。私はエリアラ様を、勿論敬愛しているが、君のことはそれとは違ったかたちで想っている。こんな年の離れた私が、ずっと君を探している。君について料理長に執事に訊かせたら『そっとしておいて欲しい』と。君は皆に愛されているんだね。あの庭の時間は私も楽しみにしていた。近くへ、おいで」
殊更やさしいジルベルト様の声音。初めて言われた『私』を呼ぶ『おいで』と言う甘い声。
私はジルベルト様の傍に歩み寄りました。
「イル。君を抱きしめて、いいか?」
私は頷きました。暖かい、広い胸に顔を埋めます。柑橘のような甘い香水の香り。
「君からは甘いお菓子のような香りがする。口づけをしたら、林檎の味はするのか?」
「わ、解りません」
「試してみようか……」
ジルベルト様はそっと右手で私の頬をくるみ口づけました。生まれてはじめての深い口づけです。私はただうっとりしてしまいジルベルト様のされるがままでした。
「焼き菓子と林檎の味がするな」
口唇を離したジルベルト様は言いました。私はただ与えられる初めての感覚に夢中になりました。はしたなくも、もう一度と口づけをねだるように見つめました。
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