氷雨と猫と君〖完結〗

カシューナッツ

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〖第92話〗

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 二人でいつか見たいと言っていたダイアモンド・ダスト。マイナス十五~マイナス二十度以下で湿度が高く、晴れて風が無い朝にダイヤモンドダストは見られるという。明日の朝は調べたときには見られそうな予報だった。

 仮眠をとり、早朝の眠そうな真波を見つめる。暫くして、淹れてきた珈琲を飲んだ。温かくてほっとした。

「防寒もばっちり。もう少しで夜明けだね。腹ごしらえしないと。これ、美味しいんだよ。カップ麺には珍しいとろみがあるの。広東麺。食べる?昔食べて、美味しくて……」

 お湯あるよ、続く言葉が喉に詰まった。私、最低だ。全部私はこの調子。いつまでも、無意識にまで、忘れたと思っていることまで染み付いている。あまりに無神経だと、自分自身が嫌になる。変わりたい。変わりたいのに。昔の彼との思い出を、無神経に、よりによって、今。一緒に歩きたいと真波のご家族に挨拶したばかりなのに。私は自分自身に腹が立つ。

「あ、広東麺じゃん!懐かしいね。最近置いてある店少なくてさ。俺、これ大好き!美雨さんもこれ好きなんでしょ。昔の彼との話訊いた。羨ましいな、夜のデスクでカップ麺。でも、今の俺達の方がロマンチックだ。美雨さん。あんまり気を回しすぎないで。疲れちゃうよ。周りは気にしてないことも、結構多いんだからさ」

 全部、真波は解っていた。でも、笑う。責めたり、不機嫌にもならないで、やさしい面持ちを崩さない。私の為に。

「美雨さん。哀しいことは、つらいことは、置いていこう?ダイヤモンド・ダストだって『ダスト』なんだよ。この世のものとは思えないくらい綺麗なダスト。過去は置いていけないから、その代わりに、ここに美雨さんの後悔だったり、悲しいことを、『ダスト』って言っていいものを置いていこう?」

 過去に縛られる年齢じゃないわね。あの頃の自分の年より、母さん年の方が近いのよね。

「私がこんなんじゃ、お父さんも、お母さん天国で安心出来ないわよね……」

 今、父さんがいなくなって、母さんが宗教に転んでから今まで、初めて私はあの世のこと、死んだ後、人間が行く漠とした世界を口にした。私の中で、無意識にまで頑なに拒んでいたはずなのに、ホロリと言葉がでた。私は広東麺のつゆを飲み干し、真波を見つめる。真波は柔らかく微笑んだ。

「ゆっくり、行けば良いよ。あせらないで」
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