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〖第89話〗
しおりを挟む新幹線で北へ。今F県の海辺の砂浜にぼんやりと佇む。レンタカーを借りた。雪が無かったので、私が運転してここまで来た。助手席の真波が、運転が久しぶりの私をサポートする。
冬のF県の海辺はこんなに気候が違うのかと思う程に、街とは違う澄み渡った群青の空が、底がないくらいに青くて怖かった。海猫が鳴いていた。鷗もいた。空がみゃあみゃあと哀しい声で響き渡っている。波が穏やかでよかった。私と真波はそれぞれの両親のお墓参りに来ていた。
父と最後に二人になった時の言葉を今、フラッシュバックのように思い出した。ずっと記憶の本棚に、しまいこんでいたこと。私はあの時、つらくてやるせなかった。
『美雨、ごめんな。お父さんもう駄目かもしれない。お母さんを頼むよ。あのひとは、繊細な人だから、支えてやってくれ。美雨、ごめんな』
じゃあ私は図太いっていうの? 私は悲しまないっていうの? しかも私はこれから大学受験で、これからの未来も手探りで。私はこういうことはお母さんに直接言えば良いと思った。
自分はもうすぐ死ぬって。じゃないと、母さんは引き摺る。断ち切らないと、母さんは逃げる。悪いことは見なかったことにする。結局、父さんの愛していたのは母さんだけ。そう思っていた。けれど、あの古びた紙の私へのメッセージ。
あの頃現実から目を背ける、お母さんのおもりはたくさんだった。私は自由が欲しかった。そして、今の生活に支障が出るのが怖かった。それだけだった。父を失って、空気が抜けるように痩せて生気を失った母を私は置き去りにした。
忘れ物は、必ず捩れたメビウスの輪のように巡ってくるのかもしれない。捨てられていた二匹のあの仔達の『あの瞳』と、私に捨てられた母の『あの瞳』は同じだった。そして真波の瞳も『あの瞳』をする。
私はあの時、母にボーナスの入った封筒を投げつけた瞬間、私は母を捨てた。本気で消えてほしいと思った。二度と姿を表さないで欲しいと思った。けれど、捩れた感情は私宛の迷い込んだプレゼントのようだった。いつも、開けようとして開けられなかったプレゼントの箱。
今、砂浜に置き去りにされたプレゼントを開けると、小さかった頃の幸せが詰まっていた。
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