氷雨と猫と君〖完結〗

華周夏

文字の大きさ
上 下
86 / 94

〖第86話〗

しおりを挟む

 季節は春以外の季節。頻繫に二人は出かけて行った。そして冬の父の部屋は綺麗なドレスを来た母以外、入ってはいけなかった。私はつまらない。

 十五歳の誕生日、母に促されドレスアップした私は初めて父に描かれた。父に描かれることは、お化け屋敷に要るくらい不快に感じた。

 部屋や、父の画材が、イーゼルが言っているようだった。父にまでも。

『此処はお前の居場所じゃないよ』
『お前の母さんしか要らないよ』
 
 そう言われているようだった。唯々不快な感情のみ残して、私はキャンバスに映された。

「出来上がった絵は額装するね。高校進学祝いだ」

 私は鼻白んだ。前々からピアノがやりたいけれど壁にぶつかって進路を変えたと知っていたはずなのに、何故進学校を選んだことを何故何も言わないのか。母さんから何も聴いてないのか。聴こえなくなったピアノの音を、この人は何もいぶかしむことはなかった。いつも家に居るなら嫌でも私のピアノの音は、聴いているはずだ。私は言った。

「要らない。気持ち悪い。あんたが描いたのは若い時の母さんよ。もう永遠に出会えないね。時間だけは巻き戻せないから。ざまあみろ。こんな進学祝いなんていらない。私はピアノの才能が欲しかったよ!」

 まともに、父と会話したのはそれが最初で最後。

「美雨を描いておきたい」

 そう言われて指定された綺麗な服を着て一回一万円のモデルは何回かやった。空しかった。虚構の若かりし母ばかり映す父が哀しかった。ずっと母の絵ばかり取りつかれたように描いていた。

 父は弱くなったが生きぬいた。その父がいなくなった。母の受けた衝撃は大きかった。母の一部となっていた父は死んだ。どうしても埋められない『父』という穴を、母は、何かにつけてお金ばかり要求する、馬鹿みたいなものばかり買わせようとするタチの悪い『神様』なんかじゃない俗物に転んだ。

 絵は懇意にしていた会社の社長さんに買い取ってもらった。母は残った父さんの描いた絵を売って『神様』や『教祖様』に貢いだ。

──────────

「どうしたの? 美雨さん怖い顔して。美雨さんは笑った顔の方が似合うよ。折角のお正月なんだからさ」

「うん。あのさ、真波は『斎藤拓磨』って画家知ってる?」

「知ってるよ。すごく有名だよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

小説練習帖 十月

犬束
現代文学
『バカンス、Nについて』を書き直すため、その習作として、Nの言動や容子、服装などの断片を、メモのように記します。

このユーザは規約違反のため、運営により削除されました。 前科者みたい 小説家になろうを腐ったみかんのように捨てられた 雑記帳

春秋花壇
現代文学
ある日、突然、小説家になろうから腐った蜜柑のように捨てられました。 エラーが発生しました このユーザは規約違反のため、運営により削除されました。 前科者みたい これ一生、書かれるのかな 統合失調症、重症うつ病、解離性同一性障害、境界性パーソナリティ障害の主人公、パニック発作、視野狭窄から立ち直ることができるでしょうか。 2019年12月7日 私の小説の目標は 三浦綾子「塩狩峠」 遠藤周作「わたしが・棄てた・女」 そして、作品の主題は「共に生きたい」 かはたれどきの公園で 編集会議は行われた 方向性も、書きたいものも 何も決まっていないから カオスになるんだと 気づきを頂いた さあ 目的地に向かって 面舵いっぱいヨーソロー

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

王女と騎士の殉愛

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
小国の王女イザベルは、騎士団長リュシアンに求められ、密かに寝所を共にする関係にあった。夜に人目を忍んで会いにくる彼は、イザベルが許さなければ決して触れようとはしない。キスは絶対にしようとしない。そして、自分が部屋にいた痕跡を完璧に消して去っていく。そんな彼の本当の想いをイザベルが知った時、大国の王との政略結婚の話が持ち込まれた。断るという選択肢は、イザベルにはなかった。 ※タグに注意。全9話です。

悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!

ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」 特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18) 最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。 そしてカルミアの口が動く。 「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」 オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。 「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」 この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。

派遣メシ友

白野よつは(白詰よつは)
現代文学
 やりたいことは大学で見つけたらいいという思いで入学した泰野陽史は、実際はやりたいこともなく、ぼんやりと日々を送っている。  そんなとき、ふと目にした大学のアルバイト掲示板の隅っこに《派遣メシ友募集》という何やら怪しげなチラシを見つけるが、派遣先のメシ友たちは、それぞれに問題を抱えている人たちばかりだった。  口も態度も悪いせいで妻亡きあとは近所から孤立している、ひとり暮らしの老人――桑原芳二。  恋人が作った借金を返すためキャバクラで働いて長い、派手な年増のお姉さん――須賀彩乃。  仕事の忙しさを理由に共働きの妻に家事や育児を任せっきりにしていたツケが回り、ある日子供を連れて出ていかれてしまったサラリーマン――緒川之弥。   母子家庭で、夜はひとりで過ごすことの多い小学生の女の子――太田茉莉。  いくら飽食の時代と言われても、一緒に食べる人がいなければ美味しくない。《派遣メシ友》は、そんな彼らの心の隙間を〝誰かと一緒に食べる喜び〟で少しずつ埋めていく。  やがて陽史自身にも徐々に変化が訪れて……。  ご飯が美味しい――たったそれだけで、人生はちょっと豊かになるかもしれない。

処理中です...