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〖第46話〗
しおりを挟む「自信を持って。大丈夫よ。早く帰ってくるから。夜、雪予報よ。雪見酒でもしましょう。カンパリのお供にクリームチーズを塗ったバケットでも食べましょ」
「お願い、行かないで。今日はずっと俺と一緒にいてよ。お願いだよ。今日だけ。俺を独りにしないで」
言い方はよくないが、彼が『ごねる』のは初めてだった。
「どうして私に今日、ここにいて欲しいの?直樹との約束だけじゃないよね?友達の言葉が関係あるの?」
真波は俯いて言った。
「──違うよ。そうじゃない。今日さ、家族………皆の命日なんだ。この部屋から美雨さんが出ていったら、美雨さんまで消えてしまうようで怖いんだよ。面影だけで描くのは、つらいよ。美雨さんは何処にもいかないよね? 置いていかないよね、美雨さん──」
まだ耳に残る『美雨ちゃん──』あの声を思い出してやるせなくなる。私でさえそうなのだ。塵芥となって消えていいはずの思い出が、過去が、脚に纏わる。
真波なら? 大人っぽく見えても、この子はまだ大学を卒業したばかり。まだ、年端もいかない、多感な年頃だ。鮮明な痛みの記憶は、簡単に薄まり、消えてくれるものではない。私はそっと真波の肩を抱く。
「置いていったりなんか、しないわよ!」
彼は涙を睫毛にためて私を良く見つめる。涙をこぼさないように耐えている。平凡な四十過ぎの女の前で強がっても良いことなんて何もないのに。
「美雨さん、どうして涙目なの?」
「泣いてなんか、ないわよ」
私の緩い涙腺によって作られた、瞳に張られた涙の膜は、真波のものだ。あなたが泣くのを一生懸命、我慢したりしているから、私の瞳に勝手に涙が伝染する。
無言でスマートフォンを持ち、真波の額に口づけて、自分の部屋で上司の次長の佐藤さんに連絡を取り、今日休む旨を伝えた。直樹には、約束は明日に変更で、と伝えた。
「今日は、ずっと一緒に居るから。これで寂しくないでしょ? 私がいるから平気でしょ?」
抱きしめる腕は強く。首に埋める顔は涙で濡れて、小さく、真波は、
『ごめんなさい』を繰り返した。私は『どうして?』と私は優しく訊いた。
「美雨さんをガキみたいに駄々こねて会社休ませた。ごめん。それに、今日のことはね、毎年思うんだ。俺だけ、俺だけが生き残った。申し訳ないよ。こんな俺だけが……生き残った。いつも毎年考える。俺、必要かな、いていいのかなって」
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