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〖第44話〗
しおりを挟む購買で人気のパン、思い出のお店。通っていた駄菓子屋。好きなお菓子。まるで急に若くなってしまったかのように私はお喋りになった。あの頃に戻ったかのようだった。見た目は年増の、頭の中だけはティーンエイジャーだ。
父を失くす前、母が壊れる前、平凡と言われる幸せを、どれ程大切なものか解らず、ただ当たり前のものとして過ごしていた毎日。人生何があるか解らない。今はもう、あるはずのない『もし』を話す。過去の甘い夢だとわかっている。
戻らない、かりそめの幸せ。けれど、現実は残酷で段々霧が晴れてきて、自分が独りぼっちだと言うことに気づく。自分には誰もいないことに気づかされる。
『前を向くこと、過去は過去、今と未来だけを見る』
それでも、日頃そう心がけてきてるけれど、未だにこの年になっても、私は過去に縛られている。私の戻りたい過去があまりにも明確にありすぎるからだ。泣きそうだ、そう思った時、真波は言った。
「今、美雨さん泣きたいんでしょ。泣きたいときは、泣いた方がいいよ」
私は頷き、無言で真波の広い、私と同じボディーソープの香りがする広い胸に顔を埋め泣いた。静かに泣く私の髪を、真波は何も言わず撫でてくれた。
真波の手が大きくて、温かくて益々私は泣いてしまう。
「ありがとね。みっともないね、こんな、年で。恥ずかしいね」
「泣くのに年が関係あるの? 俺の心臓の音聴こえる?」
真波は身体の向きを少しずらした。
「うん」
「聴きながら寝ると落ち着くんだって。明日は土曜日だから、美雨さんお仕事お休みだね。お昼はホットケーキだよ」
ホットケーキと訊くと、私は真波との出会いを思い出す。
「真波、私ね、真波と一緒にいたい。思い出も、これからの風景も、あなたと作って行きたい」
「俺も。美雨さんと同じ方向むいて、おはぎとだいふくと皆で歩いていきたい」
「うん………」
──────────
最近真波が変だ。スマートフォンばかりいじっている。溜め息が増えたので、
「最近元気ないよ?」
どうしたの?という意味で私が訊くと、
「美大の友達がさ、個展開いたって」
だが、私は何となくだが、真波の口ぶりからすると、溜め息はその友達が個展を開いたことが原因ではないらしかった。
「行ってきたの? で、どうだったの?」
「俺なら買わない」
私は真面目な顔をして強がる真波を見て吹き出した。
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