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〖第34話〗
しおりを挟むある日、おはぎとだいふくが、私が棚の上にお香を焚いて手を合わせた時に、母の遺髪が入った入れ物にじゃれて手を出そうとした。私は咄嗟に、
「駄目だよ。おはぎ!だいふく!絶対にだめだよ!」
厳しい口調で叱りつけた。それ以来二匹は手を出さない。そして、ただのボロボロの髪でも、懐かしくて、いとおしいというその事実に、初めて母がもういないという現実がつらくて、悲しくて泣いた。もういない。
「大切なお姫様なら置いていかないでよ!」
私はそのまま鍵とスマートフォンだけ持って向かいのビルのコンビニエンスストアに飛び込み、四個入りの小さなアップルデニッシュを買った。
帰宅してすぐ、リビングで手も洗わずデニッシュに齧りついた。違う味とは解っている。でも泣けて仕方なかった。つらい思い出が私には多すぎた。昔の幸せな思い出は記憶の奥の方にしまいこんでいた。私宛の手紙が今頃になって、届いた。
『美雨はアップルパイが好きね。お父さんも好きだから全部食べちゃ駄目よ』
「お母さん、お父さん………」
だいふくと、おはぎ。二匹は寄り添ってくれた。にゃあにゃあと慰めてくれるように泣いてくれた。温かくて、かけがえのない私の大切な子。
──────────
「美雨さん? 悲しそうな顔してどうしたの? 俺、悪いこと言ったかな」
真波は私を心配そうに見つめる。これじゃ、情緒不安定のおばさんよ。しっかりしなきゃ。いつも通りに振る舞わらなければ、と思うのに、真波といると薄いオブラートが剝がれるように、素の自分が顔を出してしまう。
「──何でもないの。本当よ」
そう私がいうと「なら良かった」と目尻を下げ、それ以上真波は何も聞かなかった。
「あのさ、真波くんは何で私が好きなの? こんな………」
「ストップ。おばさんって言わないで。美雨さんは俺にとって魅力的な女性だよ。何でって、好きに理由はなんか要らないでしょ」
そう、真波は笑う。
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