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〖第32話〗
しおりを挟む捨てたのは私?呆然と母は立ち尽くしていた。あなたに悲しむ資格なんてない。そう言いたかった。色んな人に頭を下げて、恥をかいて、友達には謝って。大学は全部私のお金で卒業した。この人の世話には一切なってない。
何の役にも立たない母親。封筒から一万円札が出ていた。はらはらとコンクリートの道路に落ちていく。
「拾いなよ。私が散々上司からパワハラ受けて、モラハラ受けて、セクハラ受けて、部下には陰でババア扱いされながら稼いだ金だよ、教祖様とやらに貢ぐんでしょ? 拾いなよ………拾えよ!拾え‼」
冷たい雨に打たれながら、母は這いつくばって一万円札を拾ってた。冷たく一瞥し、私はマンションのロビーに向かって歩く。
「美雨ちゃん!美雨ちゃん!」
私は悲痛な母の声をこれ以上聴きたくなくて、
「何よ!これ以上払えっていうの?お願いだからもう、消えてよ!」
半分泣きそうになりそうな声を、怒鳴り声に捩じ込み振り返った。そこには弱々しく立ち尽くす、初老の悲しい、小さいおばあさんがいた。ボーナスが入った袋は足下に落ちて、おばあさんは裸のしわくちゃの一万円札を何枚か握り、
「美雨ちゃんはババアなんかじゃないよ。お母さんとお父さんの大切なお姫様だよ」
笑う母は、久し振りに見る『母』の顔をしていた。そして、その日を最後に、母は私の前に現れなくなった。
数年後、珈琲を飲みながら、朝、新聞に目を通していたら、母の昔の写真を見つけた。高校に入学したお祝いに写真館で家族で撮った記念写真だった。
『まだ持ってたんだ………』
ポロッと、一言その言葉が出た《運転手の女性死亡》とあり《アルコールと覚醒剤の反応》この見出しで私は新聞を閉じた。あったのは、露呈の恐怖。
あの社会不適合者の娘だと知られたくなかった。母は、もちろん会社にも来た。私の会社はセキュリティカードがないとエレベーターは動かない。
守衛さん二人がかりで追い返してもらっていた。受付の子は私を可哀想と言う目で見た。そして私には誰にも言えないことがあった。あの瞬間、新聞で『死亡事故』と見た瞬間、私には『安堵』しかなかった。『やっと全部終わったんだ』としか思わなかった。
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