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〖第21話〗
しおりを挟むそんな悲しい声を出すなら追いかけてきなさいよ。私は雪道をヒールでさくさくと歩きながら声を出さずに鼻で笑ってしまった。そう嘲笑したはずなのに、切ない。
私は小さく、もしかしたらを考えた。もしかしたら、あの子が息を切らして追いかけてきてくれるかもしれない。私の名前を、『美雨さん!』と呼ぶあの声をもう一度聞きたいと思った。
ここに居て欲しかった。
そんなことはあり得ないことだと、私が一番知っている。今、嘲笑しているのは自分自身だ。あんな素敵な男の子が追いかけてくるなんて、それこそ本当のお伽噺だ。
苦笑いをして片手でストロングの缶チューハイのロング缶を開ける。一口一口、あおるように飲むと、グレープフルーツの苦味とアルコールの苦味が口から血管を通って頭に広がる。
ぼんやりしながら、黒皮の手首にファーがついた手袋でハイブランドのの本革の黒のビジネスバックから煙草を挟み火をつける。歩き煙草なんて何年ぶりだろう。私は昔からピースだ。紺色のピースは甘い退廃的な香りだと思う。
帰ったらおはぎとだいふくにご飯をあげて、沢山遊ぼうと思った。あの子達はお腹が減ると自分達でご飯を失敬するけど、やっぱりいつも通り用意してあげたい。
暫くして煙草を吸い終わり、2本目の缶を開けようとした。缶の側面ににマスキングテープが貼ってあった。
書いてあったのはメールアドレスと、『俺を忘れないで』と言う文字だった。一番胸を抉る言葉だった。私が年甲斐もなく、彼に願ってしまった願いだったからだ。『私を憶えていて』彼に言いたかった言葉。
雪空に吸い込まれて消えていく。あの可愛い男の子には彼女もいる、そもそも、二十代の男に横恋慕とは笑える。深く煙を吸い、吐く。
煙だけは、雪空に溶けていく。十一月上旬の有り得ない猛烈な寒気。異常気象・地球沸騰と騒ぐ世の中。季節外れの雪が降った中、私を拾った可愛い男の子には、もう可愛い彼女がいる。当たり前のこと。これが本当の『摂理』というものだ。
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