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【第45+α】常世に来たおばあちゃん
しおりを挟むレガートの手が熱い。正確には指輪が煮えたぎるような熱をもっている。フィルは、心の中で叫んだ。
『おばあちゃん! こっちに来て! 戻ってきて!』
瞬間、スラーの神官が叫んだ。
『レガート様! 指輪を器に投げ入れてくだされ!』
レガートはフィルを咄嗟に見つめた。フィルは頷く。投げ入れた瞬間、器の周りの火が轟音をたてて燃え盛った。
狭間に見えた、人影。王様は、
『アルト!』
と叫んだ。
ぼんやりした輪郭から、実体を帯びてくる。フィルと同じ長い金色の髪。オレンジ色の花を髪に差した少女のあどけなさをまだ残す、フィルよりまだうら若い年齢の、形見のロケットの若い頃の写真のままのおばあちゃんが現れた。
いや、それより若い。クリーム色の服は、亡くなる日に着ていたもの。
火は器にあった遺髪を灰に変え、
煤けた翡翠の指輪を残し、消えた。
『おう、さま? 王様……? これは一体どういうことでしょうか。夢ですか?夢なら覚めたくありません』
おばあちゃんは王様にしがみつき泣き始めた。王様は切な気におばあちゃんを抱きしめる。
『簡単にいえば、蘇らせた。狭間から引き戻した。アルト、愛しいアルト……会いたかった』
「王様、お会いしとうございました。フィルの声が、聞こえました。あの子は今何処に?」
おばあちゃんは王様の腕の中で、王様を見上げるようにして尋ねた。
『フィルなら、レガートの隣だ。久しぶりだろう。しばらく話すといい』
フィルはおばあちゃんを見て笑う。
「何がそんなにおかしいんだい、フィル」
「おばあちゃん、私と同い年くらいになっちゃったね」
え……? と言い、おばあちゃんは自分の手をまじまじと見た。
「若い……どうして、どうしてだい?フィル」
「さあ……私はおばあちゃんの昔話を思い出していただけだから………王様は若いおばあちゃんしか知らないよ。レガートもそうだと思う」
「こら! レガート『様』だよ! 王太弟様で、親衛隊長としてこの国を守って下さっている方だよ!」
おばあちゃんは、フィルを軽く、人差し指でこづいた。
レガートはそんなフィルを後ろから柔らかに抱きしめ、頬に甘えるように口づけた。
恥ずかしかったけど、レガートがそうしたいならいい。
レガートにとって甘えることはいいことだ。
自分以外は、嫌だけど。
そう思い、矛盾を抱きながらもフィルはレガートを見つめる。
照れくさそうにするレガートは、少し可愛い。
『アルト様。いいのです。フィルは私の花嫁、婚約者です。私の名前を呼ばせる者は、王様と、アルト様と、フィルだけですので』
「フィルが、レガート様の婚約者? だめです。だめなんです。レガート様、フィルを諦めてください」
おばあちゃんは、その場に座り込み泣きながらレガートに縋りついた。
「お願いします」
と繰り返しながら。見かねた王様はおばあちゃんを抱き上げ、トンっと眠りのツボを突き意識を失わせた。
『私の部屋につれていく。儀は成功。アルトがどう言おうが二人の婚約の約束とは別問題だ。安心していい。二人ともありがとう。礼を言う。後はスラーの者、片付けを頼む。そしてこれを。聖水で清めて貰った翡翠の指輪だ。レガート、婚約披露の儀で、これをフィルにはめてやれ。それで公にも婚約は成立する』
蒼薔薇が咲き乱れる王様のベッドにおばあちゃん─アルト─は横たわられていた。
『目を覚ましたか。アルト』
「……未だに信じられないのです。王様」
穏やかに王様はおばあちゃんに訊く。
『何がだい?アルト』
「何故私はここに?そして若い姿に?」
『反魂の儀式を行った。私はそなたしか愛せない。若い姿の理由は、私とレガートが覚えている姿が今のアルトの姿だからだと思う。そしてロケットの写真も。ところでだ。何故レガートとフィルとの婚約を認めないのだ?そなたのような聡明なものが巷の『呪いの王子』などと言う言葉を信じるわけではあるまい?』
「……レガート様は昔はあまり表情を表には出さず、思慮深い、静かな方だと思っていました。今は、朗らかになられ、まだ何処か幼さを残すフィルには丁度良い関係だと思います。私がここにいたときとは違う、柔らかな表情や眼差しで、フィルを見つめ、愛して下さっていると思いました」
王様はおばあちゃんの手を握り下を向いた。
『レガートは、弟は……幼い頃から、あの生まれついた容姿から虐げられてきた。周りには誰もいなかった。レガートが初めて信じ愛した者は、レガートを裏切り、自害した。レガートの目の前でだ!……そのレガートがあんなに幸せそうにしている。弟の幸せを守りたい、アルト、二人を祝福してくれ。何故…何故反対なんだ?』
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