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【第28+α話】願い
しおりを挟む今はもう、フィルはレガートと同じベッドで寝ない。
ソファで寝るようになった。
起こさないようにレガートはフィルにそっとマントをかけ、指先で──穢い朱色の爪ではなるべく触れないように──泣き腫らした目元に触れ、髪に触れ、妖精の気を分ける。
レガートがフィルに触れられるのは、フィルが眠っているときだけだ。
せめて想いを伝えたい。
一呼吸置きレガートは自嘲う。
涙が滲む。あれだけ冷たく接し『花嫁』と縛りつけた自分にそんな資格はない。全て遅すぎるのにと泣きながら言った。
『すまない、フィル。……すまない。愛している。お前を、お前だけを愛している。……今更伝えても遅いのにな。あれだけ傷つけたのにな』
朝起きると必ずフィルの肩に焼け焦げのある黒いレガートのマントがかけてある。次の日も、また次の日も、毛布をかぶって寝てもマントがかけてある。
『風邪を引かれても困るからな』
「あ、ありがとう」
ツェーの花が笑う。
『ほら!マントをかけてくれたじゃない。あなたが好きなのよ。ただ素直になれないだけよ。私聞いたもの』
ツェーは、レガートの言葉を語り、妖精の気を送っていることを告げた。
「嘘よ!ならなんで私に言ってくれないの?」
『そんなことも解らないの?告げてしまえば、あなたは花嫁にはならないために全身全霊で【掟】に逆らうわ。理由はレガートを愛したから。レガートに愛されたから。こころだけでも立派な反逆罪ね。王様も掟には逆らえない』
フィルは、小さな袋を持っている。ツェーの花びらを香り袋にした。誰にも触らせないと、触らせるとしたらレガートだけだと、この袋に入る花びらに約束した。その時フィルは花びら達に言った。
「嘘よ。レガートは変わってしまったの。私に未練もなく口づけだけを残して、氷の将軍に!これでもね、あのひとを好きだった。冷たくて、無表情で。あなた達は私の願望を見たのよ。断片しか見ていないから言える。私は、それでも、いつか報われるって信じてた。信じて……いたんだけどな………」
『フィル……あなたは昔のレガートに戻って欲しいの?』
「掟がそれを許さないよ」
『許すなら?』
「ちゃんと今までのことを説明して欲しい。拙い努力だったのか──あなた達の言葉のように。それとも、やっぱり私を……嫌いになったのか。飽きたのか……。」
それから、一度でいい。抱きしめて欲しかった。好きでも嫌いでも、愛していると……上手に嘘をついて………。飲み込んだ言葉は、願いだった。
「やめよう?こんなお伽噺みたいなこと言うの。虚しいだけだから……」
金色の灯火が消えてしまう前に、終わらせようとフィルは思う。
レガートの寝息を聴いてから、王様への手紙を書こうと机に向かいレガートの羽根ペンを取る。
思い出すのはレガートの『フィル』と名前を呼ぶ声、涙を拭く指先、
抱きしめられて翔んだ涙を乾かした風、
触れるだけの口づけ。
振り向くとレガートが眠っている。
「今までありがとう。好きだったよ。でも…もう私には無理だよ……」
……「王様、私はレガートが好きでした。私はレガートの笑った顔が好きでした。けれど、レガートは笑わなくなりました。冷えた食卓、無機質な会話、冷たい言葉。ここには私の愛したレガートはいません。 心を殺そうとしても心の臓は動きます。泣くなと瞳に言っても涙は出ます。助けてください。修練を終わらせて下さい。レガートの思い出を綺麗なまま残して花嫁になりたい。レガートへのいとしさがまだ残っているうちに、終わらせて下さい」
…… バルコニーへ出て二回手を叩き妖精を呼ぶ。フィルが
『王様へ。お願いします』
と言うと妖精は手紙を受け取り、消えた。
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