妖精の園

カシューナッツ

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【第32話】もうここにはいられない

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「帰るよ。人間の世界に帰るよ。修練はもう、閨を残すしかないもんね。だからおしまい。これ、あげる。香り袋。適当に捨てて」

フィルはレガートに、ツェーの香り袋を渡す。

「……レガート、私はずっとレガートが好きだったよ。あなたが、好きだったよ。
でも、私は、もうレガートには何も望まない。嫌いになったわけじゃないんだ。いつか、いつか、見てくれる。私の気持ちが伝わる……そう思ってきたけど、レガートは知らない人みたくなっていったね」

『目覚めの唄』を歌ったあと、ずっとレガートの話を王様にお願いして話して貰ったの。レガートの好きな食べ物、嫌いな食べ物、昔は泣き虫で身体が弱かったって聞いたよ。
レガートは丸いドーナツが好きだったって聞いたから厨房の、レガートを小さい頃から知ってるコックの妖精さんに教わって作ってきた。
喜んでくれるかなって。馬鹿みたい。私、本当に馬鹿みたい……。振り向きもしない人に、振り向いて欲しくて、ドーナツなんて……。
どうせ『いらない』って言われるの解ってるのにね。……ねえ、レガート。私はレガートにとって何だったんだろうね。王様は『諦めなければ道は私が開いてやる』って言ってた。

フィルは、俯いて言葉を繋いだ。

「でも、もう私には無理だ。人間の世界に帰るね。私は要らないんでしょ?レガートには、私は必要ないんでしょ? はっきりそう言って、レガート。じゃなきゃ私はどうすればいいの? この気持ちを何処に捨てれば良いの? どうせ、どうせ私は、浮浪の孤児で何処の馬の骨が解らない、取り柄は金色の髪だけの平凡な子供だよ。こんな髪なんて要らない!レガートにあげるよ!」

 フィルはナイフで髪をザクりと切った。はらはらと散らばる金色。レガートは、息を殺してフィルを見ていた。

フィルは泣いていた。
息をするのも苦しいほどに。 

フィルは部屋の端に置かれたバックを手に取りこの国に来たときの泥だらけの汚い服に着替える。

 汚い服の方が今の自分にはお似合いだとフィルは思った。綺麗な気持ちなんて消えてしまった。もう、心の中の綺麗な砂は泥と混じって輝きを失った。 

「じゃあね。レガート。もう会うこともないね。最後だから言うね。修練の前一緒に寝た日、私は起きてた。臆病な告白も、やさしい口づけも、幸せで、哀しかった。あの口づけは『さよなら』っていう意味だったんだね。あなたはあの時、自分なりに答えを出したんだね。もう、あの出会った頃の関係には戻らない。あるのは『養育係と花嫁修練をする王様の側室』って。それでも、私は思ったよ。贅沢だと解っていても、一度でいい。あなたに抱きしめられて『好きだった』と言われたかった」

──楽しかったでしょ?掟に縛られながらも未練がましく自分に好意を寄せる人の心を玩具みたいに弄ぶのは。想いを消せなくて、不様に何をしても涙ぐみながら耐える私を見るのは!
 私は、幸せだった頃のあなたを思い出して、全て我慢してた。あなたが好きだったから!厳しい修練も、会話の無い冷えた食卓も、背中合わせに同じベッドに寝ることも!好きだったから!

今はあなたが憎い。春をひさぐ伽人扱いされて。部屋と庭?ふざけないで!好きだったのに、好きだったのに! 王様は言ってた『諦めるな』って。でも、今のあなたの言葉に全部が嫌になったよ。
修練も花嫁になるのも、全部、全部!全部!私はあなたを許さない。絶対に許さないから!もう、誰も信じたりしない、好きになんかならない。裏切られるのは、もう真っ平よ!──

泣き叫ぶフィルに、レガートは何も言えない。


恋は火に似ている。間違った恋は全てを焼きつくしてしまうよ。
おばあちゃんが枕元で、籠を編みながら言っていた。

悲しみは氷にも似ている。全てを凍りつかせてしまう。感情も、心も、全て。

間違った恋をした。ただの一方的な想いだ。もう、何もない。フィルは自分で最後の幕ひきをした。

悲しくて、やるせない。みっともない泣き顔を見られたくなくて、走ってフィルは部屋を飛び出した。

レガートは、フィルを引きとめることが出来なかった。フィルをあそこまで追い詰めていた。しかも、あの日、眠るフィルは起きていた。ただ呆然とレガートは立ち尽くしていた。

涙が伝う。金色の雫は次々と大理石の床に硬質な音を立てて落ちた。

 『フィル………フィル。あいして、いたんだ……嘘じゃない……あいして……何よりも………大切だったんだ』



  
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