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【第51話】フィルの選択
しおりを挟むフィルは手首を護身用のナイフで思いきり掻き切った。バタンとドアが開いた。
『うるさい! 過去の縁で使用人にしてやったのに、まだ足りないのか!……廊下の絨毯を血で汚して……死ぬならよそで死ね!』
出たのは涙。泣きながらフィルは大声で笑う。滲まない視界を不思議に思う。
確かに涙を流したと思ったのに涙は出ていなかった。
『鞭打ち』が怖くて涙はレガートの前ではでなくなったと思い出す。
あんなに、愛したひとが、死を願うほど憎しみの対象になるなんて。
最後、絶望の中、フィルは『死』に賭けた。
フィルは『死』すら否定された。意識が霞んでいく。
遠くでおばあちゃんが呼んでいる。
血が流れ出ていくのが解る。
水たまりのようにじわじわ絨毯に広がる。フィルは静かに目を閉じ泣きながら、ずっと何処かで描いていた夢は、
やっぱり夢だったんだと思った。
最後の自分の姿を見ても何も感じないひと。
想いは天秤にかけるものではないけれど、フィルはレガートを想っていた。
でも、未来も何も見えない。
誰かをもう好きになるなんて無い。
フィルは自分の心の中の想いのすべては使いきったと思えた。
想いは全て憎しみに変わった。
必死に守ってきた、金色の灯りが消えてしまう。真っ暗な闇に溶けていく。
「おばあちゃん、ごめんね。さよなら」
レガート、さよなら。もうあなたには、何も望まない。二度と会いたくもない。
「フィル、ハンカチで止血したから大丈夫だからね。おばあちゃんは、嘘をついたことはないだろう?」
『……アルト様、失礼しました。見苦しいところを。何故その娘を助けるのですか。捨て置いたらいいものを。その娘に何を言われても信じてはいけません。森の魔女に生き返らせて貰ったようです』
おばあちゃんはレガートの頬を思い切り張った。
「この子の金の髪を蔑んだとか」
『……え? 薄桃色では……?』
「薄桃色? どう見ても私と同じ金の髪。私と同じ金の髪を否定なされるほど、生き返らせた初恋の娘が恋しいのですか。毎晩廊下で寝させれたフィルの気持ちが解らないのですか? いつかまた、自分を見てくれると毎日泣いて暮らしていたフィルの気持ちは?あなたが生き返えらせたとか言う、あの寝台にいる娘にかまけていたおかげで、フィルは妖精の気がなくなり、もう、娘を通りこし大人になってしまいました。王様を呼びます。……あれは魔女。私と王さまを引き裂いたように、フィルとあなたの仲を引き裂くつもりです。それに早くフィルの手当てを!」
『アルト様、これがフィル?穢い妖精です。廊下に血の染みなんて。迷惑なものだ』
そう言いレガートは靴の爪先で、くたりと力の無いフィルの身体を蹴飛ばした。フィルは『うっ』と小さく呻いた。
『アルト様。あそこにいるフィルのあの美しい金の髪が解らないのですか?林檎のような紅い口唇も』
おばあちゃんはレガートの問いには答えず、代わりにフィルの手の中の小さな革袋から金の指輪を出した。
つかつかと娘に歩み寄り、長い退魔のエーエフの結晶の隠し針で娘の心の臓を突いた。
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