妖精の園

カシューナッツ

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【第21話】想いが交差する時

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フィルの頬に涙が伝った。レガートが淹れてくれたお茶を一口飲む。

味がしない。続けざまに甘い葡萄酒を飲んだ。苦しい、甘いけど、あまりにも悲しい味。

「甘いね……初めてお酒を飲んだよ」
「……そうか」

レガートはフィルを見つめ微笑んだ。それだけで、何も言わなかった。 王様がお茶を飲みながら口にした《棘のようにレガートを締めつける深い不信の傷》

初めて信じ、恋をした人に裏切られ、一番言われたら傷つく言葉を言われ、自害されるなんて。フィルはレガートに頭を下げた。
 
「レガート、ごめん。つらいこと、話させたね」
 
『謝る必要はない。何故私もお前にこの話をしたのか、よく解らない。不様な過去を知っておいて欲しかったのか。お前だから話したのか』

悲しい顔をしないで。
抱き締めてあげたくなる。

『……フィル、お前と過ごした時間は、私が夢見た、ずっと欲しかったものだった。礼を言う。それと、さっきはすまなかった。お前を侮辱したことを、許して欲しい』

 「……どうして、あんなこと言ったの?」

フィルはレガートをじっと見つめた。

 『……お前には、後宮より、ドラゴンの厩舎の方が似合う。窮屈で孤独な後宮に押し込めるのは可哀想に思えた。兄上が気に入らなかったら……例え王様のものとしても、形だけの末席の側室として……使用人扱いなら、親衛隊の実績を聞き入れてもらい、今までのように……いられると思った』

けれど王様はフィルを気に入っている。あと二ヶ月後には、フィルは兄上の花嫁になる。あの娘を失ってから、誰かを想うのは無駄だとそう思ってきたけれどレガートはいつの間にかフィルを目で追っていた。

見つめるだけでよかったはずなのに、想われたいと思う欲が顔を出した。
フィルのあの大きな瞳にじっと見つめられるたび、
自分の名前を呼び手を振り駆け寄る姿を見るたび、
レガートは錯覚してしまいそうになる。

もしかしたら、報われるかもしれないと。

だが、報われたとして手放せるのだろうか。立派な花嫁とし送り届けるのが王様に命じられた養育係の自分の役目。

真に望むものは掴めない。手をすり抜け消える。レガートはフィルを見つめた。
髪に触れたくなった。この金色の髪に触れられるのは今、自分と兄上だけ。手を伸ばそうとした瞬間、あの娘の声が蘇った。


『化物のくせに!身の程を知れ!』


断末魔のような声が耳から離れない。ハッとレガートは我に返った。そうだ、自分は化物だった。レガートは自分の手を見てそう思い、フィルの美しい髪に触れようとした手を下げた。

誰もが近寄るのも躊躇し、触れるのを嫌悪する、化物。レガートはため息をつく。今までの感情に蓋をする。明日からは昔の自分に戻らなければ。

感情を殺したあの頃に。もう、今までのようにはいられない。

「レガートはもう、恋はしないの?」

『しない。したいと思っていたが、もういい。叶わない想いは虚しいだけだ。もう、誰も想わない……眠くなっただろう。つまらない話を聞いて。明日からは修練だ。お前が寝ないなら私は先に寝る。お前も早く休め』

すっとレガートは羽根を小さくたたむ。
 

「……レガートの羽根は早春に咲くすみれの色みたいだ。とても綺麗。私の大好きな色だよ」

ベッドに向かうレガートは振り向く。椅子に座るフィルの膝に置いた手に力が入る。

『漆黒の長い髪は?』

レガートがフィルを嘲笑する。フィルは切なそうにレガートを見つめ、訴えるように言った。
 
「夜の色。月を輝かせる、火の大切さを学ぶ、何色にも染まらない色」

レガートが俯く。小さな声で呟く。 

『朱色の爪は?』

レガートは右の黒い革の手袋を外した。フィルは椅子から立ち上がり、レガートに歩み寄り、レガートの右の指に手を添え、爪にキスをした。

「………子供が鳳仙花でマニキュアを塗った色。私もやった。とても綺麗な色……」

レガートは、腰かけていたベッドから立ち上がり、フィルを抱き竦めた。
 
『しばらく、しばらくこのままで。花嫁に無礼とは解っている。だが、頼む…フィル……今だけでいい』

もう、触れることはないだろうから。

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