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【第18話】レガート登場
しおりを挟む『……兄上、お目覚めになりましたか。力の方は如何ですか?空の光の様子だと少し回復の兆しが見え始めたように思えますが』
声に振り向くと扉近くに、正装で、王様にかしずく、黒の軍服に緋色のマントちゃんを羽織るレガートがいた。
王様は、真面目な顔になり、ため息をついた。
『八割だな。まだ目覚めたばかりで上手く力が制御できない。もう少し待ってくれ。それと、そこで折り入って頼みがある。フィルをあと二ヶ月後『花嫁』の入内を視野にした修行の養育係をお前に頼む』
一瞬だけれど、レガートは忌々しげに、王様を睨んだ。
『《これ》は、私が、ただの王の身の回りの世話と親衛隊の雑用をさせるために森で拾った浮浪児の孤児です。確かに珍しい金の髪ですが、アルト様の血縁かどうだかは知りませぬ』
こんな冷たいレガートの声を聞くのは初めてだった。
『こんなどこぞの馬の骨かもしれぬ子供の話を信じるのですか。それに王様の花嫁には、高貴な身分と見映えも。正妃に次ぐ『花嫁』では……荷が重すぎます。こんな金色の髪だけが取り柄の平凡な顔立ちの子供……花嫁などではなくただの使用人に……』
レガートは淡々と語る。フィルは呆然とレガートを見つめた。レガートはフィルをまるで存在しないかのように、こちらを見ることはなかった。冷たい涙が頬を伝っていくのを感じた。
どうして泣いているのだろう。フィルは滲んだ視界の中、レガートを見つめながら考えた。理由は簡単だ。レガートにとって、フィルは王様の世話と親衛隊の雑用をさせるために拾われた、浮浪児の孤児。
かけてくれた暖かな言葉、照れ臭そうに褒めてくれる表情。楽しく過ごした時間、交わす微笑みの中で、本当はレガートはフィルをただ使うものとしか思っていなかった。
フィルには今の言葉で、そう思った。レガートは親切にしてくれた。困ったように笑いかけてくれた。嫌われてなんかいない、そう思い込んでいた。
過ごした時間は、嘘だったの?ツェーの花のハーブティー、微笑みの中のフィルの幸せな思い出が、こぼれ落ちていく。もう手の中は何もない。
「うわああああん!」
フィルは子供みたいに泣き叫びながらテーブルの上のタカタカの実をレガートに投げつけた。投げるものがなくなって、大声で泣きじゃくり目の前の王様の衣装の裾を掴んで縋がるように蹲ったがすぐにレガートに引き剥がされた。
『王様になんてことを!非礼を詫びろ!フィル!』
無理やり頭を下げさせられる。冷たい手。前はあんなに暖かく感じたのに。王様はレガートの頬を軽く平手で打った。
『非礼はお前だ。この意味はお前が一番解っているはずだが。王の前では偽りを申してはならない掟を忘れたか?私がお前の心を読めないとでも思ったか?』
『な……っ兄上!』
カッとレガートの顔が紅くなる。王様はレガートに、フィルが託したおばあちゃんの写真と遺髪が入ったロケットを見せた。
『フィルから貰った私の宝だ。愛しいアルトの孫だ。何処にも行き場がない憐れな子だ………大切に育ててやってくれ。素敵な《花嫁》となるように』
『……畏まりました。フィル、いつまで泣いている。無礼もいい加減に……』
レガートがフィルの衣服の上から腕を掴む。フィルは思いきりレガートが掴んだ腕を振りほどいた。
拍子に飾りの真珠のネックレスが千切れて散らばった。涙のようだと思った。
「触わらないでよ!レガートなんて、大っ嫌い!私のこと、馬鹿にして!私は、『これ』?……嘘だって思っていたなら、だったら、最初から試すみたいにやさしくなんてしないで!嘘つき!レガートはいい人でも優しい人でもない!大嘘つきの冷たい人だよ!」
フィルはレガートに無理やり抱きかかえられ、王様の寝室を出た。レガートの部屋に着くまでフィルは、ずっと泣き喚いた。
「下ろして!」
「レガートなんか大嫌い!」
思いつく罵詈雑言をレガートに大声で浴びせた。
けれどそれは、いつの間にか悲しみに変わっていった。マントちゃんが優しく頭を撫でてくれた。
マントちゃんは、フィルの涙を拭いてから、レガートの背中で暴れだした。
「マントちゃん、いいよ。もういいよ。ありがとう」
マントちゃんは、フィルを包みじわりと濡れてきた。
「やさしいね。泣いてくれるの?ありがとう、マントちゃん……」
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