妖精の園

カシューナッツ

文字の大きさ
上 下
22 / 103

【第18話】レガート登場

しおりを挟む

『……兄上、お目覚めになりましたか。力の方は如何ですか?空の光の様子だと少し回復の兆しが見え始めたように思えますが』

声に振り向くと扉近くに、正装で、王様にかしずく、黒の軍服に緋色のマントちゃんを羽織るレガートがいた。
    
王様は、真面目な顔になり、ため息をついた。

『八割だな。まだ目覚めたばかりで上手く力が制御できない。もう少し待ってくれ。それと、そこで折り入って頼みがある。フィルをあと二ヶ月後『花嫁』の入内を視野にした修行の養育係をお前に頼む』

一瞬だけれど、レガートは忌々しげに、王様を睨んだ。

『《これ》は、私が、ただの王の身の回りの世話と親衛隊の雑用をさせるために森で拾った浮浪児の孤児です。確かに珍しい金の髪ですが、アルト様の血縁かどうだかは知りませぬ』

こんな冷たいレガートの声を聞くのは初めてだった。

『こんなどこぞの馬の骨かもしれぬ子供の話を信じるのですか。それに王様の花嫁には、高貴な身分と見映えも。正妃に次ぐ『花嫁』では……荷が重すぎます。こんな金色の髪だけが取り柄の平凡な顔立ちの子供……花嫁などではなくただの使用人に……』

レガートは淡々と語る。フィルは呆然とレガートを見つめた。レガートはフィルをまるで存在しないかのように、こちらを見ることはなかった。冷たい涙が頬を伝っていくのを感じた。

どうして泣いているのだろう。フィルは滲んだ視界の中、レガートを見つめながら考えた。理由は簡単だ。レガートにとって、フィルは王様の世話と親衛隊の雑用をさせるために拾われた、浮浪児の孤児。

かけてくれた暖かな言葉、照れ臭そうに褒めてくれる表情。楽しく過ごした時間、交わす微笑みの中で、本当はレガートはフィルをただ使うものとしか思っていなかった。

フィルには今の言葉で、そう思った。レガートは親切にしてくれた。困ったように笑いかけてくれた。嫌われてなんかいない、そう思い込んでいた。


過ごした時間は、嘘だったの?ツェーの花のハーブティー、微笑みの中のフィルの幸せな思い出が、こぼれ落ちていく。もう手の中は何もない。

「うわああああん!」
    
フィルは子供みたいに泣き叫びながらテーブルの上のタカタカの実をレガートに投げつけた。投げるものがなくなって、大声で泣きじゃくり目の前の王様の衣装の裾を掴んで縋がるように蹲ったがすぐにレガートに引き剥がされた。

『王様になんてことを!非礼を詫びろ!フィル!』

無理やり頭を下げさせられる。冷たい手。前はあんなに暖かく感じたのに。王様はレガートの頬を軽く平手で打った。

『非礼はお前だ。この意味はお前が一番解っているはずだが。王の前では偽りを申してはならない掟を忘れたか?私がお前の心を読めないとでも思ったか?』

『な……っ兄上!』

カッとレガートの顔が紅くなる。王様はレガートに、フィルが託したおばあちゃんの写真と遺髪が入ったロケットを見せた。

『フィルから貰った私の宝だ。愛しいアルトの孫だ。何処にも行き場がない憐れな子だ………大切に育ててやってくれ。素敵な《花嫁》となるように』

『……畏まりました。フィル、いつまで泣いている。無礼もいい加減に……』

レガートがフィルの衣服の上から腕を掴む。フィルは思いきりレガートが掴んだ腕を振りほどいた。

拍子に飾りの真珠のネックレスが千切れて散らばった。涙のようだと思った。

「触わらないでよ!レガートなんて、大っ嫌い!私のこと、馬鹿にして!私は、『これ』?……嘘だって思っていたなら、だったら、最初から試すみたいにやさしくなんてしないで!嘘つき!レガートはいい人でも優しい人でもない!大嘘つきの冷たい人だよ!」



フィルはレガートに無理やり抱きかかえられ、王様の寝室を出た。レガートの部屋に着くまでフィルは、ずっと泣き喚いた。

「下ろして!」
「レガートなんか大嫌い!」

思いつく罵詈雑言をレガートに大声で浴びせた。

けれどそれは、いつの間にか悲しみに変わっていった。マントちゃんが優しく頭を撫でてくれた。

マントちゃんは、フィルの涙を拭いてから、レガートの背中で暴れだした。

「マントちゃん、いいよ。もういいよ。ありがとう」

マントちゃんは、フィルを包みじわりと濡れてきた。

「やさしいね。泣いてくれるの?ありがとう、マントちゃん……」
    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...