妖精の園

カシューナッツ

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【第16話】伝えられなかった言葉

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王様はおばあちゃんだけを愛していた。深く、暖かく。純粋に。ここに来る途中、王様が目覚めれば、すぐに後宮に居を構えると子供の妖精が言っていた。

そして、おばあちゃんだけを愛した王様の後宮には誰もいないと。
そして、今おばあちゃんととの前途を、こんな朗らかでやさしい王様でも、迷い、不安になることを改めて気づかされた。

正しいだけ、完璧な人間はいないことを、頭では解っていても、感情では理解できない私はなんて不遜だったのだろう。私は、あまりにも他人の心に無知だ。そう、フィルは思った。

思い出すのはレガートと過ごした日々。フィルは自分の我儘や、拙い言葉でレガートを困らせてきたことを改めて思い、恥ずかしくなる。

おばあちゃんは………大切な真実を伝えられなかった。どうしてだろう。おばあちゃんの、嘘を嫌い、正直な性格では考えられない。フィルには涙を流して《昔話》を伝えた。何か理由があるのだろうか。
フィルが丁度、目の端に入ったのは魔法陣の火だった。

『何故だろう。そなたと話しているうちに、頭の中の霧が晴れていく。眠りにつく前に戻っていくようだ』

ちらりとフィルを見て王様は意味ありげに笑った。王様の穏和な口調だが眼光はどんどん鋭くなる。

『そなたは……』

フィルは怖くなって、椅子から立ち上がり、王様に頭を下げた。

「お、王様。騙すような真似をお許しください。私はアルト様ではありません。アルトは、私の祖母です。私はアルトの孫のフィル。お心を乱れさせ申し訳ありません」
    
王様はふふっと笑い、

『……解っているよ。アルトを見間違うわけがない。ただお前がアルトにあまりにも似ていて、可愛らしくて、構ってみたくなった。怒ってなどいないから安心なさい』

悪趣味なことをした。許しておくれ。フィル、お前はやさしい子だね。何回も打ち明けようとし、私を見ては口を閉ざして。そうか、アルトの孫か……。
最初は流石の私もアルトだと思った。甘い夢を見ているのだとね。

そう、王様はやさしく微笑んだ。そして、言葉を繋げた。

『美しい髪だ。アルトと同じ髪……『触れられる黄金』とはまさにこのことだな』

王様はフィルの長い金色の髪を手に乗せ、口づけた。良く見ると王様はレガートに瓜二つだ。
レガートに髪に口づけされているような気がして動悸がする。そう言えば王様とレガートは双子の兄弟と言っていたことを今頃になってフィルは思い出す。
    
王様は明るい席にフィルを案内し、

『楽にしなさい。私も食べるから遠慮せずお食べ、フィル』

タカタカの実をすすめた。初めて食べた。甘くて美味しい。

『フィル、アルトは……』

「一ヶ月と少しくらい前に、空に……王様、これを」

首から細やかな薔薇の木彫りの細工のロケットを外す。おばあちゃんの若い頃の写真と、遺髪。王様が持っているのが一番ふさわしいと思った。

「大切に……してあげて下さい」

『すまないな、フィル。礼を言う』

そう言い王様はフィルに頭を下げ、淡く微笑んだ。フィルは王様のあまりの切ない微笑みに、タカタカの実を頬張った。
何故だろう、頬張りながら泣きそうになった。王様は何も言わず頭を撫でてくれた。悲しいのは王様なのに。


暫くし落ち着き、フィルはおばあちゃんが伝えられなかった真実を伝えた。
    

おばあちゃんはここで死ぬ覚悟はできていたこと。
    
ただ、人間として老いる時の速さの残酷さと、独り醜くなり、王様と共に生きられない未来が怖かったこと。

そして、王様と過ごした時間は夢のように幸せだったこと。

雲間から陽が差す。傾いた陽が頬にあたり、熱い。


「不躾ですが、おばあちゃんはあの時、魔法や……考えたくないですが呪いをかけられてたんじゃないかと思うんです。王様とおばあちゃんを引き裂くために、悩み苦しむ大切なことを言えなくするような……」

『それは、あり得る……いや、多分そうだな。『あの者』ならやりかねない……』
   
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