妖精の園

カシューナッツ

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【第10話】レガートの憧れの夕べ

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背伸びをして、フィルがレガートの髪を拭こうとすると、

『じ、自分で拭けるからいい』

レガートのぎこちなさをフィルは不思議に思う。

「お食事、出来てるよ」

レガートのぎこちなさ、その理由は簡単だった。経験がない。レガートは、誰かが待つ部屋に帰ったことはない。
帰ると暗く、寒い部屋が待っていた。幼い頃からそうだった。レガートを気味悪がり、部屋付きの妖精も居着かなかった。
  
レガートはいつも独りだった。

『好きでこうなったんじゃない!こんな姿に生まれたんじゃない!』
    
幼いレガートはずっと独りで泣いていたが、いつしか泣かなくなった。人前ではいつの間にか表情を出さなくなった。そして人一倍勉学に励み、身体を鍛えた。
    
そんな自分の根本が今、はらはらと崩れる。自分が欲しかったもの。心の底から望み、憧れたもの。レガートは思う。この少女と関わると、自分は弱くなる。危険だ、と。そしてやはり拭いきれない猜疑心があった。刺客、か?と。

「フォルテの実とコードの葉とおイモを甘じょっぱく煮たの。濡れた服を脱いで着替えて。一緒にご飯にしよう?美味しくなかったらごめんね。でもご馳走だよ。コードの葉は私の畑では中々量は取れなかったんだよ。土が合わなかったのかな。コードの葉は、おだしもでるんだよね」
    
そう言いフィルは器にスープを盛りつける。

『誰が、こんなことをしろと言った?誰かに命令されたのか?何の魂胆だ?』
    
フィルはレガートの言葉に鍋をかき混ぜる手をとめ、静かに困ったように微笑みながら、レガートを見つめた。

「なんでかなぁ。自分でも………解んないな」

レガートは懸命に笑おうとするフィルに何も言えなかった。解るのは自分は『間違えた』ということだけだ。フィルはレガートから視線を鍋に向け、木のヘラでスープを混ぜ始めた。

「……今日は寒いから、帰ってきて部屋が暖まってて、スープがあったらレガートが喜んで……くれるかなって思った……。昔、畑仕事から帰ってきて、このスープをおばあちゃんが作って待っていてくれたとき、嬉しくて、あったかい気持ちになれたから……。だから、疲れて帰ってくるレガートに、………作りたいと思った」

いけないことだった、みたいだね。レガートの言った通り手を叩いたら妖精が出てきたんだ。びっくりしちゃった。切なさを微笑みに変えるフィルを見てレガートは心が痛んだ。
    
フィルは寂しげに

『私が食べるから』
『お節介だったね。ごめんね』

とも言った。明るくそう言い、頭を掻き、笑う。レガートはフィルの膝の前に、皿をフィルに差し出し言った。

『失礼なことを言った。謝りたい。申し訳なかった。フィルの親切を疑った。許して欲しい。フィル、スープを私にもらえるか?』

    
フィルの声は柔らかかった。

「レガート。大袈裟に考えないで。『すまない』の一言で済むんだから。私はレガートの悲しい顔より笑った顔がみたい。早く、食べてみて。どうかな、美味しい?」

『ああ、美味しい。まろやかで、野菜がよく煮てあって。やわらかくて、甘味がする、………ありがとう、さっきは──』

「気にしなくていいよ。この話はおしまい。でも良かった」

『何がだ?』
 
「レガートに、喜んでもらえて。笑ってくれて」

    笑うフィルを──心の中で泣きながら笑うこの少女を、抱きしめたいとレガートは思う。半端な想いならとっくに触れてる。触れたいのに、触れるのが怖い。嫌われたくない……レガートにとってこんな想いは初めてだった。

「レガートの笑った顔、素敵だよ。もっと笑った方がいいよ」

『そうか………こんな感じか?』

レガートは笑う。フィルも笑った。ずっとこのままでいたいとフィルもレガートも思う。

使用人の妖精を呼び、後片付けを手伝って貰い、レガートはお茶を淹れる。二人で窓際の椅子にかけながら話す。

『忘れていた。これを』

レガートが仕事着から取り出したのは親衛隊の飾りのピンだった。
    
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