妖精の園

カシューナッツ

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【プロローグ③】フィルの泣き場所

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「おばあちゃん、妖精の国の話をして」

「お前は妖精の話が好きだね、フィル」
    
昔、幼い頃そう言いおばあちゃんにフィルは眠れないとき、
甘えたいとき、この話をねだった。
おばあちゃんの膝に鼻をこすりつけると甘いミルクティーの匂いがした。
おばあちゃんは『あまえんぼさんだね』と微笑んで髪を撫でてくれた。フィルはおばあちゃんの笑った顔と優しい手がとても好きだった。
フィルには両親はいない。母はフィルのお産で亡くし、父は、フィルが物心つく前に兵隊にとられ戦死した。おばあちゃんがフィルの母であり父だった。


そんなおばあちゃんも、年を取り、心の臓を病み、あまり動けない。今は、おばあちゃんがベッドで寂しそうにしている時にフィルはおばあちゃんの手を握り
「妖精の話をして」と言う。
    

夜、この家には、草原の草が風になびく音と、ケトルが火にくべられシュンシュンと湯気を立てる音しかしない。

後は、たまに強風に煽られ森の木の葉擦れの音が聞こえるくらいだ。フィルが傍らで林檎を剥く音を聞きながら、ベッドに凭れるおばあちゃんはフィルに向かってまるで少女のような顔をして昔話を語る。
    
おばあちゃんは、大きな羽根を持つ美しい妖精達や、
甘くて美味しい果物。
果ては優しい妖精の王様の話まで、
なんでも教えてくれた。
    

今、誰も妖精を知らない。
信じない。
氷に閉ざされてしまったように忘れ去られている。フィルがおばあちゃんが話してくれる妖精の話が好きなのは、
これらの話に出てくる娘と同じ髪……金色をしているからかもしれない。
妖精の王様と娘との話をするとき、必ずおばあちゃんは泣く。

「年寄りは涙の蛇口が弱いのさ」

とか言って。
泣きながらニッコリ苦しそうに笑う。
   
おばあちゃんは何でも知っている。
フィルは色んなことを小さな頃からおばあちゃんから教わった。


……独りでも、生きていけるように。




おばあちゃんが、いなくなっても、困らないように。
    
フィルには子供の時から不思議な特技があった。
フィルが歌を口ずさむと花は喜ぶように花を咲かし、
どんな動物もフィルの歌を聞くと、まるで聞き入るように集まり、なついた。
成長すると共に花や動物の声を聞き、話が出来るようになった。
   
フィルが十歳になった誕生日、おばあちゃんは、

「フィルはおばあちゃんに似たんだね。お前のお母さんにはこの力はなかった」
    
決して花や動物と人前で唄ったり、喋ったりしてはいけないよ。そうきつく言われた後、
フィルはおばあちゃんから不思議な唄をたくさん教わった。
野菜を育てるのも料理も得意だ。けれど、心ない村人の嫌がらせに畑は荒らされ、いつも残るのはイモばかり。


肩を落としながら、毎日フィルはイモを育て、行商人に足元を見られながら多く採れたイモとお米を交換する。
フィルもおばあちゃんも、動物は食べない。
「フィルの作る蜂蜜ミルク粥は美味しいね」
「おばあちゃんに比べればまだまだ」

痛む腕や脇腹を隠し、フィルは笑って、ベッドから身体を起こしたおばあちゃんに、椅子に腰掛け蜂蜜ミルク粥を食べさせる。

「お前には苦労ばかり。ごめんよ」
 
フィルは心の臓を病んだおばあちゃんに早く元気になって欲しくて、おばあちゃんの言葉、

『夕方からは森には行っては行けないよ』

深い迷い森に惑ってしまうから……との言いつけを破り、前の日の夕方、
森の入り口に生えている、ポポの実を取りに行った。
    
たまたま鹿狩りに来ていた、柄の悪い男女のグループに

『呪いの娘のくせに』

と言われ、殴られたり蹴られたりして、一生懸命取ったポポの実を半分以上取られた。でも、これだけあれば、

おばあちゃんが食べる分は充分。
たまたま、運が悪かっただけ。
   

フィルはそう、懸命に自分を慰めた。惨めじゃない。泣いちゃだめ。けれど、胸に渦巻くやるせない悔しさと悲しさに飲み込まれフィルは、ポホの実が入った籠を抱きしめて泣いた。声をあげて泣いた。
誰も見ていない、聞いていない。フィルの泣き場所は誰の腕の中でもない、森の入り口の草原だった。

毎日家事をして、おばあちゃんの看病をして、本を読み、そっと唄を口ずさみながら花を、畑のイモを育てる。

フィルのご飯は三食イモ料理だ。
  
飽きないように調理法を変える。ただ、

それだけの毎日。誰も来ない、今にも崩れそうなあばら屋。火をつけられたりもした。おばあちゃんと、一生懸命建てたあばら家。それでもいい。小さな幸せを拾うだけでいい。

そういつも思っているはずなのに、フィルは夜、独り椅子にかけ、イモを剥きながら、声を出さずに台所とも呼べない場所で肩を震わせた。

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