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【第91話】二人の時間
しおりを挟む楽団を照らす僅かな灯りも消え、広間は真っ暗になる。バタンっ!と大きな音がした。
王様は『明かりをつけよ!』と大声で言った。
明かりがつくとレガートが広間の真ん中に倒れ込んでいた。
「レガート!レガート!」
フィルは駆け寄り一生懸命レガートに声をかける。肩を揺するとレガートはゆっくりと目蓋を開けた。
『上手くいったか?途中から記憶がない』
「アクセント王が、クレシェンドを空へ連れていって…ううん。二人で空に行ったよ。アクセント王も、ずっとこの離宮で、クレシェンドを想い続けて、空に行けなかったみたい」
疲れたようにレガートは立ち上がり、フィルの髪を撫でた。フィルはレガートに剣を返す。
レガートは剣を佩き、フィルを懐に入れる。レガートの胸の香りをかいで、心音を聴いてほっとした瞬間、フィルは涙が止まらなくなった。
『どうした?フィル?』
「怖かった……怖かったよ!」
『酷なことを頼んだ。すまなかった。もう私は、どこにも行かない。お前を置いていかない。だから、泣かないでくれ。お前が泣くと、どうしていいか解らなくなる。私にどうして欲しい?フィル』
フィルはレガートの胸に顔を埋める。
広い背に手を回す。
煌びやかな音楽が二人を包む。
レガートと指を繋ぎ暖かさに安心しているのに、足だけはゆっくりと流れ始めた音楽に合わせステップを踏んでしまう。
花嫁修行で叩きこまれたから嫌でも足はリズムを捉える。
「しばらく、このままで。涙が収まるまででいいから……恥ずかしいね」
『恥ずかしくなんかない。私は、少し……いや結構嬉しい。フィルはあまり私に甘えないからな』
「そう?」
『お前はあまりベタベタしない。世に言う恋人たちや夫婦とはあまりに違いすぎて戸惑う』
フィルはレガートとの療養の日々を思い出す。確かに、あまり甘えていないかもしれない。
甘えてもらう方が好きだ。
「レガートは心配性で焼きもちやきだからね。最初王様にまで焼きもちやいて。今はトリルだもん。犬に焼きもちやく親衛隊長なんてみたことないよ。でもね、私は充分甘えさせてもらっているよ?レガートにもっと甘えて欲しいけど。……少し前より表情が柔らかくなったよ。はにかむみたいなレガートの笑い方、私、好きだよ」
三拍子のゆっくりとした音楽は普段言えないことを紐解く。きっとレガートは、今フィルが言った笑いかたをしていると思った。
『そうか……』
顔を上げると赤くなり頬を掻くレガートにぶつかる。
『どう甘えて欲しい?』
微笑みながら覗き込むような瞳は、もう閨のときのフィルをただ酔わせるだけの瞳。
閨のあとは、照れ屋なレガートが顔を出すけれど、閨の時は別人だ。
情熱的で、耳元で囁く言葉だけでフィルを何も考えられなくさせる。
瞳には魔力でもあるのか、
切れ長の二重の涼しげな瞳に素肌を見られるだけで、フィルの身体は熱くなる。
舞踏会も時計が回り、来賓は親衛隊の警護で離宮をあとにし、おばあちゃんと王様は別の棟に泊まる。
フィルとレガートは本館に泊まる。
『私達の寝室だ。開けてみろ、フィル』
フィルは紅いビロード張りの扉を開いた。
「天球儀だ!すごい!」
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