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【第90話】クレシェンドの真実
しおりを挟む女性の影は声を震わせて、続けた。
『私が『平穏』が欲しかった。あなたとあの子と共に生き、年を重ね、小さな幸せを拾う。そんな家庭が欲しかった。私は家庭がなかったから。二人の王子に辱しめられ、物のような扱いを受け、争いは起き、
間者と思われた私は塔に幽閉され、王子様に会うことが出来なくなりました。牢番には『淫売』と罵られ、唾を吐きかけられ、ことの全てが私の策略のように囁かれました。この国の厳しい冬に使用人の服を着させられ、身体は牢番の遊び道具のように扱われ、汚れた身を洗うことが出来ず、食べるものは牢番の食べ残しの残飯。私は何もしていないのに!……私の…私の何が、何がいけなかったのですか!』
振り絞るような声が、訴えるような悲愴な声に変わる。
『…王子様と……出逢ったことが、いけなかったのですか……?…物乞いの、森に捨てられた私が、王子さまに恋をしたことは、それほどまでの罪にあたりますか?……身分違いだとは、解っていたのです。それでも恋するひとと、一度でいい、綺麗なドレスに身を包み、手を取り舞踏会で踊ること。それはすべての女性の夢なのですよ、王子様……』
悲しい女性の影は美しい金の髪をした見たこともないほどに美しい、涙で頬を濡らす美女に変わっていく。
天窓のステンドグラスが月の光で透き通る光を映す。金色の髪の少女と黒髪の青年。
『どうして羽根を落とされたりしたのですか。自ら死を選ぼうと……噂を信じたのですか?』
レガートは言葉に詰まる。
フィルはあの頃……レガートがクレシェンドに操られ、フィルを虐げた償いに、死のうとしたことを思い出しているんだと思った。
フィルは、もちろん魔女が憎いし、
許せない。
でも、今あそこにいるのは、
運命に翻弄され、愛するひとを失い、時と共に、ひとを愛することも思いやる心も失った憐れな女性の成れの果ての姿だ。
その時だった。
ぼんやりとした白い影がレガートに纏わりつき、吸い込まれるように消えた。
レガートの声が変わる。
まだうら若い、青年の声。
『クレシェンド……許してくれ。そなたを……信じられなかった。幽閉されていたなど、惨い仕打ちにあっていたなど、私に教えるものは誰もいなかった。しかも私は…傷だらけのそなたの心を愚かな行為で無惨に切り刻んだのだな。…王国を混乱させたのは私だ。段々といがみ合っていく兄たちを私は諌めることはしなかった。臆病な兎のように、ただ怯えて見ていた。何もしなかった。それだけでも大きな罪だ……それに、光輝くそなたには私では不釣り合いだ。この黒髪を愛してくれたのは………そなただけだったな』
ふふっと王子は笑い、
『空へ、行こうか。クレシェンド。花畑で私が花冠をつくるよ。だから、もう行こう。これからはずっと一緒にいられる…最後に、言わせてくれ……愛している。そして、すまなかった』
月明かりが明度を増す。
レガートの身体からひとの形をした白い影が抜け出る。
ひとの形は穏やかそうな王の衣服を纏った青年になった。
二人が手を取合い空へ昇る。段々と二人の姿が月明かりに滲んで消えていった。
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