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【第86話】リトルダンドからのメッセージ
しおりを挟む『アルト、空を飛びたいか?』
頬に涙の痕を残し、王様は少年のように笑って訊いた。
「は、はい」
『つかまれ!』
王様はおばあちゃんを抱きかかえ、
『先に行っている』
と空から声をかけ、透明な大きな羽根で、離宮に向け飛んでいった。
空を見上げ、マントを脱いだレガートに、フィルは咄嗟に声をかけた。
「レガート!まだ飛んじゃダメ!体力使うし、それにトリルはどうするの?まだ仔犬だから飛べないよ?いくら天翔犬でも。みんなでゆっくり歩いて行こう?ね?」
急に険しい顔をしたレガートにフィルは、怖々声をかけた。
「どう…したの?私との結婚が嫌になったの?」
『まさか!今…何かが……通った気がした。……どれだけ待ったと思っているんだ………早く式をあげるつもりだった!本当は戴冠式の後、婚約披露の儀をし、立太嗣の宣言をして………』
そこでレガートの言葉かつまった。
『……すまない、フィル』
レガートの言葉を遮るようにフィルはレガートの腕にしがみつき、
レガートを見上げ言った。
「前だけ見ると言ったでしょ?後ろはないよ」
ブーケにしたいと、
フィルは珍しく群生するツェーの青い花を摘む。レガートの好きな花。
甘酸っぱい良い香り。
摘んだ花がフィルに話しかけた。
『おめでとう、フィル。信じるのもいいことでしょ?』
『あなたは……?』
『クレシェンドに撒かれた花びら。あなたの唄で救われた。根づいて子孫も残せた』
『……王宮内の花畑で歌ったのに?』
『あなたの歌には、果てはないの。聴こうと思えば何処でも聴こえる。ドラゴンは何でも知ってるでしょ?もちろん彼らは長寿で賢い。でもそれだけじゃないの、彼らは何でも聴こうとする。知ろうとする。誰かを守るためよ』
『誰かを、守るため……ごめんね。守れなくて』
『そう思うなら、誰よりも幸せになって。美しい花嫁様』
フィルはブーケ用のツェーの花を片手に振り向きながら走り、
レガートに手を振る。
バランスを崩して倒れそうになったフィルを抱きかかえたのはリトだった。
親衛隊の見廻りだと言っていた。
『隊長、ご成婚おめでとうございます』
棒読みに近い礼の言葉にレガートは頭を掻いた。
『いやぁ、よく許してもらえましたね。フィル様だからできたものです。家のカミさんだったら一生許してもらえず下僕扱いですよ。子供が出来たんです。早く会いたい。だから親衛隊最後の仕事です』
「結婚したの?」
『はい。優しくて強い自慢のひとです』
リトは声を潜めフィルだけに聴こえる声で言った。
『秘密だけど、少しだけフィルに似てるよ』
そう言いリトはフィルを見つめた。
『おめでとう、フィル』
「幸せでいて。これからどうするの?」
フィルはリトを見上げながら訊いた。
『実家の酒屋の…特にワインの行商です。用心棒を兼ねて』
「すごいね。リトは剣術がすごく強いもんね。修練も、親衛隊の稽古も、格好良かったよね」
『フィル様、それくらいにして下さい。さっきから隊長が恐ろしい目で見てますので。どうか幸せになってください』
「?」
リトがフィルの肩から手を離すと怖い顔をしたレガートが引き剥がすようにフィルの片手を曳き背の高い草の陰に連れていく。
「痛い、痛いよ。レガート離して」
『あんな男とニコニコして話して、フィル!今日は結婚式なんだ。婚姻の儀だ! 解ってるのか!』
フィルは釈然としない思いをレガートにぶつける。
「リトは祝ってくれたよ。なにがいけないの?色んなひとに祝福されるのが、結婚じゃないの?それにリトは『あんな男』じゃないよ。いい人だよ!」
『下心見え見えだ!肩なんか掴ませて!』
「下心があるなら私が噴水で身体を洗っているときとっくに押し倒してる!困った顔をしてタオルの代わりにマントを貸して暖かい紅茶をくれたりしない!……あの時、唯一の私の味方はリトだけだった! リトを悪く言わないでよ!」
『……なら、力を失った私を助けなければ良かったじゃないか……望み通り、無惨に死んだ』
フィルは悲しくて悔しくてたまらなかった。あの時のレガートへの思いも、穏やかな時間までも全て否定された気がした。
思いっきりレガートの頬をひっぱたこうとしたけれど敢えなく手首を掴まれ引き寄せられた。ぶたれる!そう思い目をぎゅっと瞑る。頬に降りてきたのは口唇だった。
『もう二度とあんな扱いはしない。大切にすると誓った。忘れたか?……怖がらせてすまなかった。まだ、怖いか……』
フィルはレガートの両頬を挟み、背伸びをして無理矢理口づけた。
驚いた様子のレガートをそのままに、絡めて、なぞって、味わって、息つぎが色づくような口づけをした。
そして、抱きしめる。
「怖かったのは、あの頃のせいじゃない。
それと、死ぬなんて言葉、二度と使わないで。空の使者が迎えにくるのはどちらが先か解らないんだから!」
そうフィルは潤んだ声で、言い放ったが、
返ってきたレガートの言葉は、しどろもどろで、頬を染め、目が泳いでいた。
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