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【第80話】フィルの願い
しおりを挟むレガートは三日三晩眠り続けた。
フィルは朝早く、レガートの起きる気配で目を覚ました。長い真っ直ぐな黒髪を撫でる。やはり猫の手触りだ。長い毛の森にすむ猫。
ふと、目を覚ましたレガートは、鬱屈な顔をして身体を起こし、早々に着替えた。
「たくさん寝たね。すっきりした?」
『……恨んで…いるだろう?』
それにはフィルは答えず『お粥出来てるよ』と敢えて明るい声で言った。
『いらない。しばらく独りにしてくれ』
「でも、冷めちゃうよ?」
『いらないと、言ってるだろう!』
差し出した器をレガートは、手で払った。お粥は丁度、フィルの左手にかかった。
フィルはさっと手を隠し、後ろ手に手を拭きフィルは苦笑いした。
「ちょっと冷やしてくるね」
泣きそうな顔をしてレガートはフィルを見つめる。小さな手、
優しい手、
いとしい手。
……レガートはフィルを抱きかかえ、浴室に連れていき水をかけた。
『すまない。……これでは同じだ。あの頃と変わらない。もう二度と悲しい思いも、
つらい思いもさせたくないと思ったのに』
「違うよ。今、レガートは浴室に連れてきてくれたよ。水をかけてくれてる。お粥だってわざとじゃない。大丈夫だから。私、癒しの指輪をもう大分制御出来るの。こんなのすぐ治せちゃうよ。……だから、そんな泣きそうな顔しないで、お粥食べて元気になって」
フィルは笑う。夜着を水で濡らしながらレガートはフィルを見つめ訊く。
『どうして……フィルは、そんなにやさしいんだ?』
そのレガートの問いかけにフィルは、
「レガートが、レガートだから。だからやさしくしたいし、傷ついて欲しくないと思う。王様がレガートと同じ姿でも、私はレガートが好き。レガートを選ぶ。レガートに代わりはいないの。私の特別はレガートなの。誰かを『一番』だって決めてしまうことは、ある意味残酷かもしれない。それでも、私はあなたが好きだよ」
長い髪を水に濡らしレガートは力なく座り込みフィルから顔を背けて言った。
『私を許せないだろう。本当は憎んでいるんだろう?正直に言ってくれ』
フィルの声は心なしか低くなる。
「……憎んだよ。あなたに目の前で羽根を落として欲しかったくらい。毎日痛くて、つらい思いをして、お腹が空いて、クレシェンドと操られたあなたに蔑まれて。傷つけるのを楽しむみたいに扱われて。泣くことも罰せられて、鞭の傷はお風呂も入れないから膿んで。クレシェンドの術の楔で誰にも言えなかった。でも、願った。
『いつか、私をみてくれる』
『いつか、いつものレガートに戻ってくれる』
『悪い夢の時間はいつかは終わる』
ちゃんとその通りになった。心についた灯りはずっと消えなかった。私は……ずっとあなたを待っていた。ずっとあなたを愛してた」
ここまで来るのは、長かったね。来て──。
そうフィルは両手を広げる。
倒れ込むように抱きしめるレガートを受けとめる。浴室の水でフィルの金色の長い髪も、レガートの黒髪も濡れて絡まる。
口づけをする。焦らされて、もどかしい。
フィルはレガートと口づけするのが好きだ。
自分が好色なのか、レガートが格別口づけが上手いのかは解らないが、レガートの絡めて焦らす、食むような口づけでだけで達してしまうときもある。
押し倒されて夜着から水の冷たさが伝わる。
『水の精のようだな。美しい。濡れた髪も、肌も』
「欲しいなら、全部あげる。ただ、ずっと傍にいて」
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